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月獣(Moon Beast):6

【シカゴ郊外 カントリークラブ】


 本郷のマウスはERB-29に先導されるまま、五十七号線を外れると、打ち捨てられたゴルフ場カントリークラブへ入った。さびだらけのコース案内図マップを前に停車した。月獣を迎えるのに、最適のホールを選ぶ必要があった。


「アズマよりアポロへ。君が勧めてくれたクラブに入った。今、ちょうど案内図の前だ。月獣の針路とマッチするホールはどこかわかるか?」


『アポロよりアズマへ。困難シリアスな注文だな。ヤツの針路を見るに……』


 本郷は上空を見上げた。銀色に光る点が大きく弧を描いていた。


『クラブの入り口から見て東よりだな。ウォーターが二つで、北寄りに砂地バンカーが三つあるコースが適当そうだ。そこなら十分に視界も確保できるだろう。わかるか』


「少し待て」


 すぐに本郷は当たりをつけた。三番ホールがアポロの案内と一致している。


「わかったよ。ありがとう」


『急げよ、ホンゴー。ヤツが到達するまで三十分もない。いつでも連絡がとれるようにしてくれ』


「ああ、そうしよう。ありがとう。以上」


 無線を切るや、間髪入れず、本郷は前進を再開した。


 クラブハウスの塀を突き崩し、一気に場内に進入すると、三番ホールまで一直線の道のりを突き進む。手荒い道程だったが、先行するマウスの履帯によって整地されるため、後方の自動貨車トラックがコースアウトすることはなかった。


 三番ホールは、このゴルフ場で最も広かった。全長八百ヤード約七百メートルほどで、幅は三百ヤード約270メートルの細長いコースだった。ティーイングボックスボールを打ち出す場所から、バッティンググリーンホールがある場所まで、緩やかな丘陵によって構成されている。テーィングボックスの方が高地にあり、バッティンググリーンまで見渡せるロケーションだ。これは本郷にとって好都合だった。彼は反応爆弾の起爆を確実に見届けるつもりだった。


 マウスをバッティンググリーンに乗り込み、荒れ放題の芝生が巻き上げられた。本郷はユナモに慎重に指示を出しながら、自動貨車をグリーン中央、ゴルフボールの終点となる穴の直上へ移動させた。


『ホンゴー、ここでいいの?』


「上出来だ。さあユナモ、降りよう。早く済ませてしまおう」


『わかった』


 本郷は砲手に無線を託し、展望塔キューポラから出て行った。そのまま車体前部まで移動し、操縦手ドライバー専用の天蓋を開ける。


「ホンゴー?」


「おいで」


 手を伸ばし、羽のように軽い身体を引き上げ、車体前部に立たせる。


「さあ、気をつけて」


 本郷は車体から降りると手を広げた。ユナモが不思議そうに見下ろしていた。


「ホンゴーも付いてくるの?」


「もちろんだよ」


「わたしひとりでできるのに」


「知っているよ。だから送り迎えだけするよ。君の足で行って帰るよりも、僕が抱きかかえて行った方が短い時間で済むだろう」


「わかった」


 ユナモはこくりとうなずくと滑るように車体前部を降り、本郷の腕に収まった。せいぜい六、七才くらいしかない背丈だったが、それを差し引いても軽すぎるように思った。子犬を抱いているような重みしか感じない。ひょっとしたら魔導で体重を制御しているのかもしれない。


 ユナモを抱きかかえたまま、本郷は自動貨車の荷台に鎮座する楕円形の球体まで駆け寄った。あと数メートルというとことで、小さく胸を叩かれる。


「ホンゴーおろして……」


「ん? どうしたんだい?」


「あまり、アレに近づいてはダメ。ホンゴーが穢れる」


「だが……」


「わたしは大丈夫。でもにんげんのホンゴーはダメ」


 ユナモは足をじたばたさせ、やむなく降ろすことにした。


「一人でできるのか?」


「だいじょうぶ。おじいさんから、あれの仕組みはきいたから」


 本郷は北米の地で会った独逸人技術者の記憶を呼び起こした。フェルディナンド・ポルシェは確かに反応爆弾について、知っていた。その原理について把握していてもおかしくはないだろう。彼は、その実験の目標にユナモが使われると知り、本郷に託したのだから。


 ユナモは小さな足取りで自動貨車の反応爆弾まで近寄ると、荷台によじ登った。


 本郷は遠目で見守っていたが、ユナモが懐からナイフを取り出しところで駆け寄りそうになった。しかし、ユナモが拗ねたような目で見てきたため、思わず足を止めた。そのままユナモはナイフで自分の指先を切ると、その血を墨汁代わりに方陣を反応爆弾に刻んだ。そして両手を当てると静かに呪文を唱え始めた。小さな声だったため、本郷の耳で聞き取ることはできなかった。仮に聞き取れたとしても本郷には理解できなかっただろう。呪文を唱え終わると、血の方陣がうっすらと緑色の輝き放ち、一回転した。まるで鍵でもかけたようだった。


 ユナモは荷台から飛び降りると、本郷の所までとことこと駆け寄ってきた。まず本郷はナイフで切った指を確かめた。


「指は大丈夫かな?」


「もうなおった」


 ユナモは指先を掲げて見せた。たしかに、ほとんど治っている。傷口がふさがり、薄皮がわずかにめくれている程度だった。


―ユナモほどの子どもですら、この回復力だ。あの月獣は果たして、どれほどのものなのだろうか。生半可な一撃では倒せないだろうな。


 難しい顔をする本郷を不思議そうに、ユナモは眺めていたが、やがて背後を指さした。つられて振り向いた本郷の目に映ったのは、血相変えて展望塔から乗り出した無線手の顔だった。


 どうやらアポロが異常を知らせてきたらしい。


 本郷はユナモを抱えると、マウスまで全力疾走した。




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