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月獣(Moon Beast):9

【シカゴ郊外上空 駆逐艦<宵月>】


 本郷との通信を終えると、儀堂は興津へ向き直った。


 艦橋から応急班が撤収する姿が目に入る。


「副長、砲身冷却の具合はどうなっている?」


「たった今、応急班より冷却完了の報告が来ました。素手で触っても支障ない程度には下がったらしいです」


「よろしい。砲撃を再開しよう」


 儀堂は喉頭式マイクに手を当てた。


「ネシス、聞いているな。砲撃再開だ。ただし気をつけてくれ。徹甲弾の残りが少ない。先ほどのように景気よく撃つとあっという間に尽きるぞ」


『承知じゃ。妾とて長引かせるつもりはない。そろそろ終わりにしたいのじゃ』


 怒りともとれる口調でネシスは応えた。静かに儀堂は肯いた。


「ああ、そうだな」


 <宵月>が砲撃を開始した。射撃の間隔テンポはゆっくりとしたものだったが一発も外さず、頭部へ命中弾をたたき出した。


 月獣は叫び声を上げながら、果敢に反撃を行おうとしたが、いずれも失敗に終わった。複数の頭部がお互いにかばい合いながら火炎を発射しようと足掻くも、間髪入れず徹甲弾で叩き付されていく。


 間もなく地上の本郷から安全圏へ退避が完了したと報告が来た。


「ネシス、もう十分だ。反応爆弾を起爆させる。退避行動に移るぞ」


 ネシスから応答はなかった。砲撃は継続されている。


『ギドーよ。刹那じゃ』


「なに?」


『刹那に終わらせねばならぬ。お主等の爆弾ならば可能であろう』


「ああ、恐らくな。シカゴBMと違い、月獣は生身だ。こちらの通常兵器で損害を与えられている。反応爆弾の威力はお前も知っての通りだろう。街一つを吹き飛ばすような、凄まじい熱と衝撃波だ。そいつを零距離で食らったら、さすがに……」


 その先について儀堂は明言しなかった。見る影もないとは言え、月獣はネシスの同胞のなれの果てなのだから、彼女らに凄惨な体験をさせることに変わりは無い。


『ギドーよ。妾たちはあのものを確実に葬らねばならん。もしここを妾たちが離れた隙に、あのものたちが何処かへ行ったらどうする?』


「ネシス、はっきりと言え。お前は、どうしたいのだ?」


 耳当てレシーバーの先で、息をつくのがわかった。


『妾は、ここで最期を見届けたい』


 予想はしていたが、儀堂にとっては容易に賛同できないものだった。


「わかっているのか? <宵月>も反応爆弾に巻き込まれる」


『わかっておるぞ。そのことならば、案ずるな。妾に任せよ。ギドー、頼む。妾はあのものたちの最期を看取らねばならぬ。頼む、看取らせてくれ』


 二人の間に、僅かな沈黙が訪れた。別段、儀堂に迷いが生じたわけではない。彼は既に決心していた。反応に時間を要したのは、ある事実に気がついたからだった。


―こいつに何かを頼まれたのは、これが初めてではないか。


 振り返れば、ネシスが儀堂に懇願したことはなかった。この鬼の姫様は、たいてい好き勝手に振る舞うか、大上段から命じるかどちらかでしかなかったのだ。


『ギドー?』


「わかった。お前に任せる」


 耳当てから吐息が漏れてきた。


『ああ、ギドーよ。我が誓約者がお主で良かったぞ』


「そうか。では、早く終わらせてくれ」


『……任せよ』


 <宵月>の全砲門が火を噴き、再び活火山のように鋼鉄の雨を月獣に降らせた。月獣の全ての頭部が吹き飛ばされ、さらに追い打ちをかけるように五式連装噴進砲が発射される。赤い軌跡を描きながら、炸薬の楔が巨体に打ち込まれ、破裂、月獣は前脚のひざをつくようになった。


 すかさず<宵月>は月獣の直上へ移動し、眼下に捉える。


―どうするつもりだ?


 月獣を攻撃しようにも、真下にいては砲撃もできない。それどころか、こちらは無防備な船底をさらすことになっている。


 躊躇いがちに、儀堂は喉頭式マイクに手をかけた。一度任せたからには、ネシスを待つべきだろうと思っていた。しかしながら、艦の安全が確保できていない事実を無視するわけにもいかない。


 スイッチを入れるべきか否か、幸いなことに選択の時間は強制的に中断された。


『ギドー、妾が魔方陣を展開し終えたらホンゴーへ伝えよ』


 言い終えるや<宵月>の真下、月獣を覆い被せるように赤い方陣が展開された。それは今まで儀堂が目にした中でも最大規模のものだった。直径だけで優に五百メートルは超えそうだった。方陣は淵から赤い光の幕を下ろし、月獣の周囲を包み込んだ。さながら円筒の檻に入ったようだった。


『今じゃ! 疾くせよ!』


 儀堂はネシスへ短く応答すると、マイクの回線を切り替えた。


 十数秒後、シカゴにおける二度目の反応爆発が生じた。



【シカゴ郊外 VIII号戦車マウス】


 ユナモが反応爆弾の起動術式を発動させた。


 間髪入れず、背後から眩い閃光を焚きつけられ、本郷は思わず振り向いた。視察窓から網膜に危害を及ぼすほどの光が差し込んでいる。彼はゴーグルをかけた。砂埃を防ぐ機能しか持たなかったが、裸眼で見るよりも幾分かましに感じられた。


 ゴーグル越しに捉えたのは巨大な光のモニュメントだった。円柱状で高さも幅も数百メートルに及び、表面は禍々しい模様で覆われていた。内部の閃光が模様を周囲に映し出し、まるで走馬灯のように怪しい図画を地表に描いていた。


「なんだ、あれは……」


 反応爆弾によるものだろう。しかし、明らかにおかしかった。まるで爆発を巨大な円筒の容器に閉じ込めているかのようだ。その証拠に反応爆発時に生じるはずの、逃れようのない衝撃波を感じることが出来なかった。


 円柱の色は眩い白から鮮やかな橙色へ遷移していった。



【シカゴ郊外 グラウンド・ゼロ】



 アイアンメイスと名付けられた反応弾頭は爆縮インプロージョン方式だった。


 弾頭の中心核には反応物質として天然ウランとプルトニウム239が用いられている。その周囲を二千五百キロの爆薬が取り囲み、それらは複数の種類に分けられていた。


 RDXとTNTの混合爆薬コンポジションとトリニトロトルエンと硝酸バリウムによって構成されたバラトールだ。それら二種類の爆薬は三層にわたって、中心核を包み込んでいる。


 まず中心核の周辺を混合爆薬が、さらにその外側をバラトールが包み、最後に表層部を再び混合爆薬が包んでいる。これら爆発速度の複数の違う火薬を多層的に取り込むことで、起爆時に生じる爆風(圧縮力)のむらを調整、同時かつ均等に中心核にぶつける仕組みだった。


 ユナモの魔導術式は弾頭に満遍なく取り付けられた三十二個の点火プラグを同時に起動させた。


 次の瞬間に、連鎖爆発が生じる。点火プラグ近く、第一層の混合爆薬がコンマ以下の秒単位でいち早く燃焼し、中心核に向う。しかしバラトールの第二層に達したとき、燃焼作用の歩みが遅くなり、周辺の燃焼速度が均一化された。


 最終的に中心核周辺、第三層の混合爆薬に達したとき、爆発の衝撃は光を凝集するレンズのように圧縮され、反応物質の原子核を崩壊させた。


 崩壊したプルトニウム239の原子核から中性子が飛び出し、別の原子核に吸収、崩壊させる。崩壊の波は連鎖的に発生、数千レムの放射線が放たれ、反応爆発を引き起こした。


 爆発高度はゼロだ。


【シカゴ郊外上空 駆逐艦<宵月よいづき>】


 <宵月>が反応爆発の衝撃を受けることはなかった。ネシスの結界によって、ほぼ完璧なまでに防がれていたからだ。


 眼下で展開されている光の奔流、そして灼熱の業火の嵐は十分じゅうぶんすぎるほど伝わってきていた。<宵月>の将兵は視覚的に、そして聴覚的に感じとっていた。


 眩いばかりの光と連続的な爆裂音が艦底から突き上げてきた。


 将兵達は沈黙をもって堪えた。


 艦長の儀堂とて例外ではなかった。


 彼は耳当てレシーバー越しに漏れてくる苦悶の声を聞きながら、終わりを待っていた。ネシスが魔導の結界を維持すべく、堪えていた。文字通り身体を焦がすような痛みに貫かれながらも、結界の締め付けをより強くしていった。


 反応爆発は強力だが、数万トンの質量を消滅させるには不十分だ。爆心地グラウンド・ゼロから広範囲に破壊をもたらすことができるが、それは衝撃波によるもので原型を留めぬほど完全に消滅させるわけではなかった。塵芥と化すのは、爆心地を中心としたほんの数百メートル・・・・・・の範囲でしかない。


 彼女は、異形と化した同胞達を完全に消滅させる覚悟だった。そのためには反応爆発の威力をあますところなく封じ込める必要があった。爆心地で生まれる灼熱の光球を閉鎖空間に密封しなければ、月獣へ与えるダメージは限定されていただろう。


 ネシスは仕留め損なうことを最も恐れていた。それは死よりも堪え難い苦痛の中に、同胞を放置するに等しい。


 全く幸いなことに、彼女が恐れていた事態は訪れなかった。




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