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第2話 薬草師の少女と新たな仲間

朝露の輝く草原に、優しい風が吹き抜けていく。昨日までの緊張感は何処へやら、今日はいつもの日課を始めようと思っていた矢先、昨日の出来事が脳裏によみがえる。


「そうだ、俺……異世界に来たんだった」


自分の置かれた状況を思い出し、白石悠真は小さく溜息をついた。元々フリーランスのカメラマンとして風景を撮り続けていた俺が、気づけば異世界で牧場主になっていたのだ。しかも、初めての「家畜」が雷を放つ羊だったという驚きの展開。


「おはよう、ベル。今日も元気そうだな」


ふわふわの白い毛並みを持つ羊は、草をもぐもぐと食べながら、しっぽを振って応えた。


「昨日は本当に驚いたよ。まさか雷を放つとは」


思わず笑みがこぼれる。


「さて、今日も牧場の整備をしなきゃな」


俺は小屋から道具を取り出し、柵の修理や牧草地の整備を始めた。昨日の「牧場経営」スキルで基本的な設備は整ったものの、細かい部分は自分の手で調整する必要があるらしい。


「よし、これで……」


丁寧に柵を修理していると、突然、首筋に冷たい感覚が走った。カメラマン時代に培った直感が、何かを警告している。


「誰かいるのか?」


振り返ると、森の入り口あたりに人影が見えた。


「こんにちは〜!お邪魔します〜!」


明るい声とともに、一人の少女が手を振りながら駆け寄ってきた。亜麻色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。ふわりとした薄い緑の服に身を包み、首から下げた小さな革袋が揺れている。年齢は16、7歳だろうか。


「あの、どちら様で?」


「私はミリアム!この辺りの薬草を採りに来たんです。あなたが新しい牧場主さんですね?」


屈託のない笑顔で答える少女に、俺は戸惑いながらも頷いた。


「ああ、白石悠真だ。昨日来たばかりでな」


「噂は聞いてましたよ!異世界から来た人が牧場を始めるって」


ミリアムは興味津々といった様子で、俺の周りをくるくると回りながら観察してくる。


「わぁ、羊さんもいるんですね!かわいい!」


彼女はベルに近づき、その毛並みを撫でようとした。


「あ、ちょっと気をつけて!あの羊は——」


「メェ〜♪」


予想に反して、ベルは嬉しそうに鳴き、ミリアムの手に頬をすりよせた。


「なんだ、人によって態度が違うのか」


「羊さんはとっても賢いんですよ。悪い人にだけ警戒するんです」


ミリアムが言うと、ベルは嬉しそうに鳴いた。


「そうなのか。……ところで、ミリアムさんは何をしてるんだ?」


「私は見習い薬草師です!村の人たちの薬を作ってるんですよ」


胸を張って答える彼女の姿に、思わず微笑んでしまう。


「そうか、それは大変だな」


「いえいえ、好きなことですから。あ、そういえば……」


ミリアムは首から下げていた革袋の中から、小さな布袋を取り出した。


「これ、よかったらどうぞ。牧場の動物たちの健康に役立つ薬草です」


「ありがとう、助かるよ」


「それじゃ、私はこれから薬草を集めに行きますね。また寄らせてくださいね!」


手を振りながら走り去るミリアム。


「元気な子だな」


俺は微笑みながら、再び柵の修理に戻った。


――――――


正午過ぎ、空腹を感じた俺は小屋で昼食の準備をしていた。


「うーん、やっぱり料理は得意じゃないな……」


簡素な野菜スープを作っていると、何か掻くような音が門のほうから聞こえてきた。


「今度は何だ?」


警戒しながら外に出ると、柵の外で一羽の大きな黒い鳥が地面を掻いていた。ワシほどの大きさがあり、全身が漆黒の羽毛で覆われている。


「なんだこの鳥……」


驚いて見ていると、黒い鳥は俺に気づいたのか、首を傾げてこちらを見た。


「カァ?」


甲高い声で鳴くと、柵の中に飛び込んで来た。慌てて後ずさる俺を無視して、鳥は地面に降り立ち、何かを掘り始めた。


「おい、何してるんだ?」


恐る恐る近づくと、土の中から何かを引っ張り出していた。よく見ると、それは……


「なんだこれ?」


キラキラと輝く黄色い塊。まるで……


「金?まさか金の塊?」


驚いて目を見開く。黒い鳥は、掘り出した金塊を俺の前に置くと、誇らしげに胸を張った。


「カァカァ!」


「どういうことだ?」


異世界とはいえ、鳥が金塊を掘り出すなんて、あまりにも常識外れだ。だが、昨日の雷を放つ羊を見た後だと、何が起きても不思議じゃない気がしてくる。


「よし、とりあえずお前にも名前をつけないとな」


黒い鳥はじっと俺を見つめている。


「宝物を見つけるから……『トレジャー』でいいか?」


「カァ!」


嬉しそうに鳴く黒い鳥。どうやら気に入ったらしい。


「これからよろしく、トレジャー」


俺が微笑むと、トレジャーは翼を広げて、近くの木の枝に舞い上がった。そこからじっと牧場を見下ろしている様子は、まるで見張り番のようだ。


「随分と頼もしい仲間ができたな」


金塊を眺めながら、俺は呟いた。


――――――


午後、俺はミリアムからもらった薬草を調べていた。


「これは……動物の健康を保つのに良いらしいな」


知らない植物ばかりだが、付箋に用途が書かれているため、何とか理解できる。


「ベルとトレジャーの健康管理に使えそうだ」


細かく刻んだ薬草を水に溶かし、柵の中に設置した水場に入れてみる。ベルはゆっくりと近づいて匂いを嗅ぐと、ペロペロと舐め始めた。


「良かった、気に入ってくれたみたいだ」


牧場の整備に戻ろうとしたその時、突然地面が揺れ始めた。


「地震か?」


身構えていると、揺れは徐々に強くなり、柵の向こうから土煙が立ち上がった。


「……!」


土煙の中から、巨大な角を持つシルエットが現れた。姿が明らかになると、それは……


「牛?いや、バッファロー?」


漆黒の体に、左右に長く伸びた角。普通の牛の二倍はあろうかという巨体。その前足で地面を掻き、鼻から熱い息を吐いている。


「大丈夫か……?」


おそるおそる近づくと、巨大な牛は俺をじっと見つめた。そして——


「モォ!」


轟音とともに、その角から炎が噴出した。柵の外の木が燃え上がる。


「うおっ!こいつも普通じゃない!」


驚いて後ずさるが、牛はゆっくりと柵の中に入ってきて、草を食べ始めた。まるで最初からここにいたかのように。


「これも『牧場経営』スキルの効果か?」


こんな危険な動物が集まってくるなんて、予想外の展開だ。しかし、不思議と恐怖よりも好奇心が湧いてくる。


「お前にも名前をつけないとな……」


巨大な牛を眺めながら考える。


「その角と力強さから……『ヘラクレス』でいいか?」


「モォ!」


返事をするかのように鳴いた牛に、俺は微笑んだ。


「これで牧場の仲間が三匹になったな」


「メェ〜」

「カァ!」

「モォ!」


三匹の返事に、俺は思わず笑った。


「みんな個性的すぎるぞ」


夕暮れ時、俺は小屋の前に置いた椅子に座り、沈みゆく太陽を眺めていた。空は赤く染まり、牧場全体が温かな光に包まれている。


「こんな日常、元の世界では想像もできなかったな」


ベルは柵の中で眠り、トレジャーは木の上で羽を休め、ヘラクレスは悠々と草を食んでいる。星空を見上げながら、俺は小さく笑った。


「牧場経営、これからが本番だな」

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