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第10話 ウィンド飛翔!聖なる泉へ

輝くような朝日が牧場全体を包み込み、草の露が宝石のように光っていた。悠真は腰に手を当てながら、ウィンドのための特別な練習場を眺めていた。昨日までかかって作り上げた小さな障害物コースは、まだ粗削りながらも仔馬の訓練には十分だろう。


「これで大丈夫かな…」


悠真が呟いた瞬間、背後から元気な声が飛んできた。


「わぁ、すごいですね!昨日よりもっと立派になってる!」


振り返ると、ミリアムが両手に籠を持って立っていた。籠の中には色とりどりの薬草と、何か小さく輝くものが見える。


「おはよう、ミリアム。早起きだな」


「悠真さんこそ!夜明け前から作業してたんでしょう?」


ミリアムは籠を地面に置くと、中から小さな水晶のような石を取り出した。それは手のひらに乗るほどの大きさで、内側から青い光を放っている。


「これ、覚えてますか?あの時の魔石です。昨日の話を聞いて、もしかしたらって思って…」


「魔石?ああ、あの森で見つけた…」


悠真は目を細めて魔石を見つめた。確かに水の精霊が見せてくれた映像に似た輝きを持っている。


「聖なる泉の伝承には、『光る石が道を示す』って記述があるんです。もしかしたら、これが手がかりになるかも!」


ミリアムが魔石をウィンドに見せると、仔馬は興味深そうに首を伸ばしてきた。魔石が仔馬の鼻先に近づくと、石の光が強まり、ウィンドの翼がわずかに震えた。


「おお…反応してる」


「やっぱり!ウィンドちゃんと魔石には何か繋がりがあるんですね!」


ミリアムの目が輝き、悠真も思わず身を乗り出した。翼を持つ仔馬と魔石の関係性。水の精霊が示した映像。全てが繋がりつつあるように感じられた。


――――――


その日から悠真とミリアムは、ウィンドの特訓と魔石の研究を始めた。仔馬の飛行訓練は、まずは背中の筋肉と小さな翼を強化することから。


「よーし、ウィンド!もう一回だ!」


悠真が手を叩くと、白い仔馬は小さな丘を駆け上がり、飛び跳ねた。その瞬間、背中の翼がバタバタと動き、通常の馬よりも高く、そして長く滞空した。


「すごい!さっきより長く浮いてました!」


ミリアムが興奮して叫ぶ。午前中からの練習で、確かにウィンドの滞空時間は伸びている。森での出来事から一週間が経ち、驚くほど成長している。


「水晶を食べてから、成長が早くなった気がするな」


悠真が言うと、ミリアムは頷いた。


「薬草の知識から考えると、あの水晶には成長を促す魔力が含まれていたのかもしれません。でも…」


彼女は少し困った表情を見せた。


「でも?」


「この調子だと、ウィンドちゃんが本当に飛べるようになるのは、あと数ヶ月かかるかも…」


魔石を手に取りながら、ミリアムは考え込んだ。悠真も腕を組み、遠くの山々を見つめた。水の精霊が助けを求めていたのは今。数ヶ月も待っている余裕があるのだろうか。


「なにか、成長を早める方法はないのか…」


悠真が呟いた時、牧場の方から騒がしい声が聞こえてきた。見ると、サクラとアクアが慌てた様子で駆けてくる。


「どうしたんだ?」


悠真が駆け寄ると、アクアは小刻みに震えながら、牧場の方向を指さした。サクラも不安そうに鳴いている。


「なにか問題が…行ってみましょう!」


二人は動物たちと共に牧場へと急いだ。


――――――


牧場に着くと、驚きの光景が広がっていた。牧場の中央に開いた小さな穴から、青白い光が漏れ出している。周囲には牧場の動物たちが集まり、警戒するように円を描いていた。


「これは…」


恐る恐る近づくと、穴の中から水が湧き出していることが分かった。しかも、普通の水ではない。森の泉で見たような、光を帯びた水だ。


「聖なる泉の水…ここにも?」


ミリアムが驚いた声を上げる。悠真は眉をひそめ、手持ちの魔石を取り出した。すると魔石が強く反応し、まるでそれ自体が生き物のように震え始めた。


「なんだ、これは…」


魔石を湧き水に近づけると、さらに強く輝き、水面も呼応するように波打った。その時、ウィンドが駆け寄り、ためらうことなく湧き水に鼻先を浸した。


「ウィンド、危ないかもしれな…」


悠真の言葉が途切れた。ウィンドの体が光に包まれ、背中の翼が目に見えて大きくなっていく。小さかった翼は今や背中全体を覆うほどに広がり、輝きを増していた。


「信じられない…」


光が収まると、そこには一回り大きくなったウィンドの姿があった。まだ完全な成馬ではないが、翼は確かに機能しそうなほど立派に成長していた。


「これが聖なる泉の力…」


ミリアムが畏敬の念を込めて呟く。悠真も言葉を失い、ただ目の前の奇跡に見入っていた。


「試してみよう、ウィンド。飛べるか?」


悠真の問いかけに、ウィンドは嬉しそうに鼻を鳴らした。そして後ろに下がると、助走をつけて駆け出し、大きく飛び上がった。


その瞬間、広がった翼がゆっくりと羽ばたき、ウィンドの体は地面から離れ、空中に浮かんだ。不安定ながらも、確かに飛んでいる。


「飛んだ…本当に飛んだよ!」


ミリアムが歓声を上げる。牧場の動物たちも興奮した様子で鳴き声を上げた。ウィンドは空中で一周すると、ゆっくりと地面に降り立った。


「すごいぞ、ウィンド!」


悠真は駆け寄り、仔馬の首筋を抱きしめた。ウィンドも嬉しそうに体を寄せてくる。


「やった!これで聖なる泉に行けるかもしれません!」


ミリアムが飛び跳ねながら喜ぶ。しかし悠真は少し冷静さを取り戻し、考え込んだ。


「でも、どこに行けばいいんだ?山々は広大だし…」


「そうですね…でも魔石があります!それに…」


彼女は湧き水を指さした。


「この水、聖なる泉に繋がってるんじゃないでしょうか?」


悠真も頷き、再び魔石を水に近づけた。すると魔石の中に映像が浮かび上がる。遠くの山々、峡谷の間に輝く湖、そしてその周辺の特徴的な岩の形状。


「これは…湖への道だ!」


「地図みたいなものですね!」


二人は顔を見合わせ、決意を固めた。


「準備をしよう。明日、聖なる泉を探しに行くぞ」


――――――


翌朝、まだ日が昇る前から牧場は活気に満ちていた。悠真は旅の準備を整え、ミリアムも手作りの薬とハーブを詰めた袋を持っていた。


「悠真さん、これも持っていってください」


ミリアムが差し出したのは、小さな布に包まれた何かだった。開くと、乾燥した葉と花の混合物が入っている。


「これは?」


「緊急時の治療薬です。万が一の時に」


悠真は感謝の意を示し、それを鞄に入れた。ウィンドも準備ができた様子で、背中には小さな鞍が取り付けられている。


「本当に乗せてくれるのか?」


ウィンドは頷くように首を振った。昨日の飛行練習では、短時間ながらも悠真を背中に乗せて飛ぶことができていた。


「気をつけてくださいね!帰りを待ってます!」


ミリアムが見送る中、悠真はウィンドの背に乗った。魔石を首にかけ、仔馬の首を優しく撫でる。


「よし、行くぞ、ウィンド!」


白い仔馬は力強く地面を蹴り、一気に空へと飛び上がった。翼が大きく羽ばたき、二人の姿は朝焼けの空へと溶け込んでいった。


ミリアムはその姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。牧場の動物たちも、それぞれの鳴き声で見送りをしている。悠真はそれらが見えなくなると前を向き、目の前に広がる地上の景色に感動を覚えた。


「これは…凄いな…」


しかし、少しして自分の使命を思い出し、遠くで自分達を待っているであろう聖なる泉と水の精霊を考えて気を引き締めた。

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