朝日が牧場の広い草原を黄金色に染め上げる。白石悠真は納屋の前に立ち、伸びをしながら深呼吸した。聖なる泉を救った冒険から数日が経ち、牧場の生活はまた平穏な日々を取り戻していた。
「よし、今日もがんばるか」
悠真は腕まくりをして、納屋の中から餌入れの桶を取り出した。最近購入した鶏や乳牛も含め、動物たちの世話は日に日に増えている。
「悠真さ〜ん!おはようございます!」
振り返ると、ミリアムが薄緑色のワンピースをひるがえして駆けてくるところだった。亜麻色の髪が朝の光を受けて輝いている。
「おはよう、ミリアム。今日も早いな」
「はい!村から新しい種の薬草を持ってきたんです。これを育てたら、効果の高い回復薬が作れるかもしれません!」
ミリアムは両手に小さな布袋を掲げ、誇らしげに笑った。その瞳のエメラルドグリーンが朝日に照らされて輝いている。
「それはすごいな。薬草園のスペースがあるから、試してみるといい」
悠真が言葉を交わしているうちに、牧場の動物たちが次々と集まってきた。ベルが「メェー」と鳴きながら悠真の足元にすり寄り、トレジャーがカラスらしからぬ愛らしさで肩に止まる。
「みんな元気だな」
悠真が言うと、アクアが地面から跳ね上がり、悠真の腕に飛び乗った。水色の毛並みを持つリスは、悠真の頬に小さな鼻先をつけてあいさつする。
「もう、朝からみんな悠真さんが大好きで大変ですね」
ミリアムは笑いながら、サクラの桜色の毛並みを優しく撫でた。
――――――
牧場の朝の作業は多忙だ。鶏小屋では新しく迎えた鶏たちが卵を産み始め、牛舎では乳牛のミルクを搾る作業が加わった。ヘラクレスは角から小さな炎を出して挨拶してくる。
「少しずつ賑やかになってきたな」
悠真が牧場を見渡していると、突然頭の中に青い文字が浮かび上がった。
【牧場経営スキルがLv2に上昇しました】
【新機能「自動給餌システム」が解放されました】
【新機能「環境最適化」が解放されました】
その瞬間、牧場全体に柔らかな光が広がった。目を開けると、納屋や小屋などの設備が一新されていた。鶏小屋には時計仕掛けのような装置が取り付けられ、牛舎には新しい給水システムが現れた。納屋の壁に並んでいた手作業の道具も、より洗練されたものに置き換わっていた。
「え?これは……」
悠真は驚いて目を丸くした。
「わぁ!何が起きたんですか?」
ミリアムが驚きの声を上げて駆け寄ってきた。
「牧場経営のスキルがレベルアップしたみたいだ。それに伴って設備も一新されたようだ」
「設備まで変わるなんて、魔法みたいですね!」
ミリアムは目を輝かせながら、新しくなった鶏小屋に近づいた。小屋の壁に取り付けられた木製の装置から、時間が来ると自動的に餌が出てくるようになっていた。
「これが『自動給餌システム』……か」
悠真は不思議そうに首を傾げた。彼が手をかざすと、装置の使い方が頭の中に浮かんできた。
「ここに一日分の餌をセットしておけば、時間ごとに自動で配給されるみたいだ」
「すごい!これで朝の餌やりが楽になりますね!」
ミリアムは新しい装置を触りながら感嘆の声を上げた。
「『環境最適化』はもっと不思議だ。動物たちが最も快適に過ごせるように、空気や地面の状態を調整してくれるらしい」
改めて牧場を見回してみると、草がより鮮やかな緑色になり、空気がさらに清々しくなっている気がする。
「言われてみれば確かに、この辺の草木も瑞々しさが増しているような気がします」
近くにいたベルも嬉しそうにジャンプし、背中から小さな電気の火花を散らしていた。
「これは便利だな。家畜たちの健康状態もよくなりそうだ」
悠真は新しい設備を見回しながら感心していた。納屋の中も整然と整理され、作業効率が格段に上がりそうだ。
「スキルが上がると、こんなに変わるんですね!」
ミリアムは新しい水槽で手を洗いながら、その仕組みに感心していた。
「自分でも驚いたよ。この世界では、能力が成長すると現実にも影響するんだな」
悠真が答えると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。
「誰か来たみたいだ」
――――――
牧場の入り口に到着したのは、立派な荷馬車だった。その車体には「アスターリーズ商会」の文字が刻まれている。馬車から降りてきたのは、中年の髭面の男性だった。
「こちらが噂の『白石牧場』でしょうか?」
男性は悠真とミリアムに向かって丁寧に一礼した。
「はい、そうですが……どちらさまですか?」
悠真が尋ねると、男性は胸を張った。
「アスターリーズ商会の取引担当、ドミニク・バレルと申します。この度は特別な取引のご相談に参りました」
「取引……ですか?」
ミリアムが不思議そうに首を傾げた。
「そうです。実はアスターリーズの市場で、この牧場の卵や牛乳が大評判なのです。『魔力を含んだ食材』として、貴族たちから引っ張りだこなのですよ」
「え?」
悠真は驚いた。確かに最近、ミリアムが市場に卵や牛乳を出荷してくれていたが、特別なものだとは思っていなかった。
「当商会と契約いただければ、安定した取引と高値での買取を保証いたします。いかがでしょう?」
悠真は契約書に目を通した。確かに好条件だ。牧場の収入が安定すれば、さらに家畜を増やしたりもできるかもしれない。
「ミリアム、どう思う?」
「すごいチャンスだと思います!もっと牧場を発展させられますよ!」
ミリアムの目は輝いていた。悠真はうなずいて契約書にサインした。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ!さっそく今日は大量の注文をいただいております。卵と牛乳を中心に……」
こうして、俺の牧場は思わぬ形でアスターリーズ商会を正式に契約を結ぶことになった。