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悪役令嬢、転生しても筆は止めない!
悪役令嬢、転生しても筆は止めない!
雨宮徹
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年05月05日
公開日
4,775字
連載中
売れっ子ミステリー作家の私が転生したのは、古代エジプト風の乙女ゲームの中。しかも悪役令嬢!? 婚約破棄に冤罪……こんな人生、やってられるか! 小説の筆は止めても、真実を暴く筆は止めない! 砂漠の謎と陰謀に、元作家の推理力で立ち向かう悪役令嬢の物語。

Episode.1

「売れっ子作家も辛いわね……」


 駅のホームでつぶやく。夜遅くまで編集者と打合せでは、ろくに睡眠をとることもできない。たまには息抜きも必要よ。バッグに入ったゲームをチラッと見る。新作の古代エジプト風乙女ゲーム『ナイルの誓い〜砂上の恋と神々の契約〜』。これを楽しむために缶詰めで原稿を仕上げた。数日間、仕事を忘れられるのは最高ね。


「まもなく、ホームに電車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ちください」


 はいはい、分かってますよ。もう一歩下がる……はずだった。


「あ」


 バランスを崩し、気がつくと線路に落ちていた。これは死んだな。薄れゆく意識の中でそう思った。





「お……。おい……るのか」


 遠くから声がする。もしかして、死んでない? それとも、ここはあの世? 目を開けると、目の前に一人の男が立っていた。顔にはオレンジ色の顔料が塗られ、目の周りは黒や灰色でアイラインが引かれている。そして、腰に巻かれた布。


「アイシャ、もう一度言う。お前との婚約を破棄する」


「は?」


「これ以上、言うことはない。とっとと出ていけ」


 いや、そう言われても。ここ、どこですか?


 周りにあるのは、質の高そうな木製の収納箱や腰掛け。ただ、日本のものとは明らかに違う。そう、まるで古代エジプトのような……。そして、気がついた。目の前にいる男は貴族のカーミル。『ナイルの誓い〜砂上の恋と神々の契約〜』の攻略対象の一人。


「あれ、まさか……私はゲームの世界に転生したの!? それに、アイシャって悪役令嬢じゃない!?」


 その瞬間、全てが繋がった。私はゲームのヒロインを邪魔する悪役令嬢、つまり、この世界では嫌われ者だということに気がついた。最悪のタイミングで転生してしまった……。


 ここに留まっていても、いいことはない。だが、言うべきことがある。


「絶対に後悔するわよ!」


 見返してやる。そして、結婚破棄したのは間違いだったと土下座させる。それが、私の生きざまよ!





 啖呵たんかを切ったのはいいものの、砂漠の夜は寒い。さっさと家に帰らなくては凍え死ぬ。確かアイシャの家はこっちにあったはず。あ、松明が見えてきた。


「お帰りなさいませ、アイシャ様」


 そう、仮にも令嬢なのだから世話係がいる。


「えーと……」


 この人の名前知らないわ。


「ありがとう、ダリア」


「私の名前はレイラですよ?」


「そうだったわね」


 よし、情報ゲット。世話係の名前は「レイラ」。


 高貴な身分でも、叩けば埃の一つや二つ出てくるはず。


「レイラ、カーミルのことを徹底的に調べ上げるわよ!」


「アイシャ様?」


 レイラは、きょとんと見上げてくる。婚約者の悪事を暴くなんて、普通じゃないから当然の反応ね。事情を話せば、私の沽券こけんに関わるわ。


「いいこと、私の命令は絶対よ!」





 レイラに身辺調査をさせること数日。何にも出てこない。偉い奴は、何か不正をして今の地位を築きあげたんじゃないの? もしかして、それは現実世界だけ?


「アイシャ様、あの……」


 レイラは何かを言うか言うまいか迷っているらしい。


「非常に申し上げにくいのですが……カーミル様から婚約破棄されたと聞きました」


 あ、バレた! 終わったわ……。


「大丈夫です、私は味方です。何があっても、お役に立ってみせます!」


 レイラ、いい子じゃない。他の侍女からは、赤ちゃんの頃、捨てられていたところ、父が引き取り世話係として雇ったと聞いている。それが、彼女の原動力なのかもしれない。恩返ししようと。


「早速ですが、ご報告です。カーミルですが、ミイラ室の隣の部屋で誰かと密会されているようです」


 密会?


「次は、明日の夜のようです。いかがいたしましょうか」


「決まってるわ、その場に乗り込むわよ」





 レイラの言う通りなら、もうそろそろのはず。レイラを伴って部屋の前に着くと、すでに明かりがともっている。誰かいるの? 密会相手かしら。


 入り口から中を見ると、そこにあったのは――倒れたこんだ女だった。


「きゃぁぁぁ」


 ドタバタとした足音と共にカーミルがやってきた。


「アイシャ、お前がなんでここにいる!」


「カーミル、衛兵を呼びに行くわよ。部屋の中で人が倒れているわ!」


 どうやら、事情を察したらしい。カーミルは素早く走り去る。砂埃を立てて。


 レイラとともに衛兵室へ駆け込むと、「人が倒れてる!」と告げて部屋に戻った。しかし、そのには女の姿はなかった。


「アイシャ様、これは一体……?」


 嘘でしょ。女が消えてる!?


「アイシャ、お前は嘘をついたな」


 振り返ると、そこにはカーミルの姿があった。


「婚約破棄された腹いせに俺をからかったのか? この嘘つき女め!」


「違うの。本当にあったのよ」


「アイシャ様の言う通りです。私もしっかりと見ました」


 レイラが援護する。


「それは本当か!? だが、現に人はいないわけだが……」


 衛兵は戸惑っている様子だが、カーミルから何かを受け取ると、態度が一変した。


「カーミル様、このような女に付き合う必要はありません。帰りましょう」


 必ず消失の謎を解いてみせる。ミステリー作家のプライドにかけて。

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