目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

Episode.2

 翌日になると、すでに「アイシャは嘘つきだ」という噂で持ちきりだった。カーミルかあるいは衛兵が昨日の出来事を言いふらしたに違いない。


「アイシャ様、いかがなさいますか?」


「決まっているでしょう? レイラ、もう一度現場に行くわよ」






「問題は『どうやって女が消失したか』ね」


 顎に手をやり考え込む。


「あの……私たちが衛兵を呼びに行った間に、女が起き上がって立ち去ったという可能性があるのでは?」


 レイラの推理にも一理ある。


「でもね、ここを見て」


 部屋は砂漠に面している。そして、女が部屋を出た時の足跡がない。代わりに、カーミルのものと思われる足跡がある。あいつ、助けを呼ぶと言って何か細工をしたわね。


「なるほど」


「この足跡、隣のミイラ室に続いているわ。きっと、ここにヒントがあるはずよ。私を貶めた罠の」


 その時、老人がよぼよぼと歩いてくると、胡散臭そうに見てくる。


「ミイラ職人のジャミルさんです」


 レイラが耳打ちしてくる。


 この態度からするに、噂を知っているに違いない。


「一つ聞きたいのだけど、このミイラ室に何か違和感はないかしら」


 カーミルが何かを仕組んだのなら、ミイラ室に痕跡が残っているはず。


「違和感か。そうだな……。待てよ、これはおかしい!」


「何がですか?」


「ミイラが一つ増えている!」


 ジャミルがミイラに近寄ると「これは素人が巻いたな。それに防腐処理がされていない!」とカンカンだ。


「巻き直さなきゃならん。いくら新入りとはいえ弟子なのだから、適当なのは許せん!」


 どうやら、ジャミルには弟子がいるらしい。それも、新入りの。


 ジャミルが包帯を解き終えると、そこに現れたのは、私が見た幻の女だった。そして、首には人の手の跡が残っている。殺されたのは明らかだった。


「さては、あんたが殺した上に、ミイラにしたな!」


「ちょっと、待って! それは誤解よ!」


「これはカーミル様の侍女だ。神官に報告だ」


 事態は最悪。でも、私はやっていない。冤罪よ。おそらくカーミルが殺したのだろう。どうやって証拠を集める?


 その時、カーミルの足跡を見ると不思議なことに気づいた。ミイラ室に出入りした時の足跡の深さが違う。行きは深く、帰りは浅い。


「なぜ? これはどういうこと?」


 謎は深まるばかりだ。





「さて、アイシャよ。『裁きの間』に呼んだのは、カーミル様の侍女殺しの犯人としてだ。犯行は明らかだが、ファラオの意向に従って弁解の時間を与えよう」


 「裁きの間」には、多くの民衆が押し寄せている。おそらく、令嬢である私が死刑になるのを楽しみにしているのだ。「他人の不幸は蜜の味」だから。


 弁解の時間をうまく引き延ばせば、逆転できる。別行動をしているレイラを信じるしかない。


「では、いくつか述べさせてもらいます。まず、私は人殺しをしていません」


「嘘つき!」「往生際が悪いぞ!」


 罵詈雑言ばりぞうごんは無視すればいい。


「そして、二つ目にミイラ室には足跡がありました。それも、カーミルの」


「アイシャ、貴様は俺が犯人だとでも言いたいのか?」


 カーミルの冷たい視線が刺さる。


「ええ、そうよ。足跡は行きは深く、帰りは浅かった。おそらく、殺した侍女を運んだから、その分行きは足跡が深くなったのよ!」


「出鱈目だ! それだけで、犯人呼ばわりするのか? 嘘つき女め!」


 大丈夫、落ち着いて。もう少しだけ、引き延ばせば勝てる。


「あなたは、なぜタイミングよく現れたのかしら? 私が侍女を見つけた時に」


 カーミルは必死に言い訳を考えているらしい。反論しないのは、そういうことだ。


「私は噂を聞きました。カーミルが密会をしていると。その相手は侍女だったのでは?」


「カーミル様に限って、そんなことをするはずがない!」


 野次が飛んでくる。


「静粛に。仮にそうだとして、殺すことはなかろう」


 神官の口調は穏やかだが、呆れた様子だ。


 その時、レイラが「裁きの間」に駆け込んでくる。


「アイシャ様、お持ちしました!」


 彼女の手には砂と容器に入った水がある。この勝負、もらったわよ。


「先ほど、私は足跡からカーミルが犯人だと言いましたね? これから、あることをすれば、それが明白になります」


 レイラは砂に多少の水をかけると、カーミルに差し出す。


「おい、奴隷から受け取れと? 冗談じゃない」


「あら、犯人だとバレるのが怖いのかしら?」


「そんなわけあるか! お前の自信をぶち壊してやる」


 カーミルは湿った砂を握って受け取る。


「そこまでよ! 死体には首を絞められた跡があったわ。そして、今あなたが持っている砂。それについた手の跡を比べれば大きさが一致するはずよ」


 古代エジプトでは指紋調査はできない。でも、手のひらの大きさから犯人を割り出すことはできる。誰一人として、同じ大きさの手のひらの持ち主はいないのだから。


 カーミルの顔が歪む。


 あとは、徹底的に叩きのめすのみ。ミステリー作家、なめるんじゃないわよ!


「事件の流れはこうです。まず、カーミルは密会しているという噂を流して、私を誘き出した。そして、倒れた侍女を見つけさせて、一時的に現場から離れさせた。その間に、侍女を持ち運んでミイラの中に混ぜた。だから、ミイラ室への行きの足跡は深かった。侍女の分、重かったからよ」


 カーミルは無言を貫いている。


「どう? 何か異論はあるかしら?」


「……。じゃあ、俺が侍女を殺す理由はなんだ? わざわざ人殺しになる必要はない!」


「私を人殺しの罪で処刑に持ち込みたかったのよ。婚約破棄を正当化すると同時に、レイラの捜査を続行させないために。あなた、これまでもお金で悪事を揉み消してきたんじゃなくて? あの晩も衛兵にお金を渡して買収していたじゃない」


 レイラは優秀だから、あと数日あればカーミルの悪事にたどり着いたに違いない。


「まさか、カーミル様が買収行為を!?」「そんな……信じていたのに」


 カーミルを見ると、自分の地位が崩れるのを感じ取ったのか呆然としている。


 その時、誰かが「裁きの間」に入ってきた。その人物は冠をしていて、コブラの飾り物がついている。間違いない、ファラオだ。


「不思議な事件の裁きをするからと来てみたら、犯人はカーミルだったとはな」


 突然の登場にあたりがざわめく。


「カーミル、お前を砂地獄の刑に処する。これは決定事項だ!」


「お待ちください。それだけは、ご勘弁を。お願いいたします」


 カーミルの額からは汗が流れ、顔は真っ青だ。


 私を怒らせた報いを受けるがいいわ! ざまあみろ!





 カーミルが連行されると、ファラオが私をじっと見つめてくる。


「アイシャよ、おまえの行動力は素晴らしい。そして、論理的な思考も。従って、お前を法を司る神官に任命する」


 神官への任命!?


「精進するがいい」


 ファラオはゆっくりと、「裁きの間」を立ち去る。


 いいわ、私の推理力でエジプト中の事件を解いてみせる! それが、私の生きる道よ!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?