さて、これからどうするか。

　ふあ～、とあくびをしながら孫龍信こと俺は大きく伸びをした。

　現在、俺は街の大通りの中にいる。

　そして、すでに太陽の光は真上から容赦なく降り注いでいた。

　つまり、今はもう朝を通り越して昼なのだ。

「意外と安宿でもぐっすり眠れるもんなんだな」

　孫家の屋敷から笑山に追い出されたあと、俺は自分で場所を調べて素泊まりの安宿に泊まった。

　屋敷の布団の寝心地に比べたら下の下だったものの、手持ちの金が銅貨五両（約5000円）ほどしかなかったので仕方がなく一泊したのである。

　しかし、これでほとんど手持ちの金は無くなってしまった。

　せいぜい、あとは一食分の飯代ぐらいしか残っていない。

　その銅貨五両（約5000円）も手荷物を入れた袋にたまたま入っていただけで、何か仕事を見つけなければ今日から浮浪者の仲間入りだ。

　だが、今まで食客だった者に仕事など簡単には見つからない。

「残る手立てはこの〈無銘剣むめいけん〉を売り払うぐらいか……」

　俺は腰帯に差していた長剣をちらりと見る。

　森の中で気づいたときから片時も離さず持ち歩いている剣だった。

　というか、どこかに置き忘れたかと思っても気づいたら手元にあるときが多い。

　自分で言うのも何だが、奇妙で不思議な剣だ。

　どうして柄の先端部分に【壱】と書かれているのかもまた謎である。

　だが、孫家の屋敷にいたときは謎のままでも一向に構わなかった。

　別に頻繁に使う物でもなかったし、それこそ俺は名前が分からない剣――〈無銘剣〉と単に呼んでいたぐらいだ。

　けれども、こうして孫家の屋敷を追い出された今なら話は別だった。

　普通の人間ならば、真っ先に金になりそうなこの剣を売り払うだろう。

　しかし、俺の本能が明確に告げている。

　この〈無銘剣〉は手放せないしお前の手元から離れない、と。

「安心しろ。これまでずっと一緒にいたんだ。飢え死にしそうになってもお前は手放さないさ」

　と、俺は〈無銘剣〉の柄をポンポンと叩きながら言った。

　やはり、ここは真っ当な働き先を探すのが確実で早い。

　そうなると俺に出来る仕事といえば、武術の家庭教師か昔取った杵柄の道士になることぐらいか。

　などと考えていると、「どけどけ！」と後方から野太い声が聞こえてきた。

　俺が振り返ると同時に、先端に木箱が付いた長細い木の棒を担いだ男が俺の横を疾走していく。

　郵便配達人の1人だ。

　仁翔さまの話によると、近年の華秦国では紙の流通と街道の整備によって人と物の交易が非常に盛んになったという。

　手紙もその盛んになった中の1つだ。

　しかも手紙を管理する郵便施設は街道沿いに距離を開けていくつもあり、その点在する郵便施設に待機させている人間と馬を利用しながら遠くへと迅速に運ぶのだという。

　もちろん数十人しかいない片田舎の村ではこうはいかず、それなりの規模で発展している街でなければいけない。

　そして王都の東安ほどではないが、ここ西京も中々に発展している街だ。

　周囲を見渡せば、飲食店を始めとした様々な店が軒を連ねている。

　それだけではない。

　他の街から来た行商人が開く露店も多く出ており、ちょっとした広場では旅芸人の一座が見せる芝居や演劇小屋も開かれていた。

　当然と言えば当然である。

　ようやく長い冬が終わって、草花が咲き乱れる暖かい季節になったのだ。

　頬を撫でる風にも気持ちの良い温かさを感じる今日この頃、人間たちも陽気になりたいと思うのも無理はない。

　……うん？　人間たち？

　ふと俺は自分自身に対して疑問符を浮かべた。

　なぜ、人間の俺が同じ人間に対して上から目線になったのだろう。

　別に俺は人の上に立つ身分や職業にも就いていないにもかかわらずだ。

「これはあれだな。きっと腹が減りに減っているせいだ」

　グウウウウウウウ…………。

　その通り、とばかりに俺の腹が盛大になる。

　まあ、昨日の夜から何も食べてないからな。

　なので俺は視界の端に入った露店の饅頭まんじゅう屋に向かった。

「いらっしゃいませ！　美味しい饅頭はいかがですか！」

　露店の前に行くと、看板娘らしいお嬢ちゃんが快活に話しかけてきた。

　隣には父親で店主とおぼしき男がいたが、無愛想なのかムスっとしている。

　それはさておき。

「饅頭を1つ……いや、ここは思い切って2つくれ」

「ありがとう、お兄さん。じゃあ、饅頭2つで銅貨半両（約500円）ね」

　俺は金を払ってアツアツの饅頭を2つ貰った。

　これで残りの金も銅貨半両（約500円）か。

　などと思っていても金が増えるわけでもないので、とりあえず俺は腹を満たすことに全力を注ぐことにした。

　腹が減っていると頭も身体も上手く働かないしな。

　俺は露店から少しだけ離れ、饅頭をまず1つ口に入れようとした。

　その直後である。

　首筋を通り過ぎる風の中に、ピリピリと肌を刺激する冴えた冷気を感じた。

　殺気だ。

　俺は顔だけを振り返らせると、そこには体格の良い6人の男たちがいた。

　ボサボサの髪や身なりからして、暴力が得手の破落戸ごろつきなのは間違いない。

「小僧、お前の名前は孫龍信か？」

　破落戸のいきなりの問いに、俺は思わず馬鹿正直に答えてしまった。

「そうだが……何だ、あんたら？」

「やっぱりそうか。その腰に差している奇妙な剣は珍しいからな。すぐに見つけられたぜ」

　破落戸たちは獲物を見つけたようにニヤリと笑った。

　そして――。