「道家行か……久しぶりに来たな」
俺は街の中央から少し離れた場所にあった、西方などの異国では冒険者ギルドと呼ばれている道家行へとやってきた。
一見すると堅苦しい雰囲気のある寺のような外観だが、建物からは仏僧ではなく道士たちが使いこなせる〝精気〟がひしひしと感じられる。
すでに数十人の道士たちが中に集まっているのだろう。
そして、俺が会いたい金毛剣女もここにいるはずだ。
よし、と俺は意を決して道家行の正門をくぐった。
そのまま正門の奥にあった本館の扉を開けて中へと入る。
俺は入り口の場所で立ち止まり、ざっと周囲を見渡した。
寺のような外観とは打って変わり、内部は酒場のような光景が広がっている。
実際に中に入った直後、鼻腔の奥を刺激する油と酒の匂いが漂ってきた。
う～ん……やっぱり、ここは破落戸の溜まり場とあまり大差ないな。
ただ、先ほど絡んできたような破落戸然とした見た目の人間は1人もいない。
いたのは大まかに2種類の見た目をしている道士たちだ。
すなわち俺と似たような格好をしている道士か、戦場に行くような武装をしている道士である。
そんな道士たちはそれぞれの卓子に座って飲食を楽しんでいた。
それだけではない。
ジャラジャラと音を鳴らして麻雀を打っている道士たちもいる。
しかし、俺は他の道士たちのことなど眼中になかった。
さて、1階にいないとすると金毛剣女は……。
上か、と俺は2階に通じる中央の階段へと目線を移す。
すると――。
「私に冒険者の資格が与えられないとはどういうことですか！」
先ほど耳にした凛とした声が聞こえてきた。
この道家行は1階部分が飲食店になっていて、中央の階段を上がった2階部分が道士たちに仕事を斡旋する場所になっている。
なので俺は早足で階段を上がって2階へと向かった。
「だから、この国では冒険者じゃなくて道士という名称だって受付嬢が何度も言ってんだろうが！ それに、てめえのような異国人の女に俺たちのような道士の資格なんて与えられないってよ！」
2階へと辿り着くなり、俺の視界に2人の人物の姿が飛び込んできた。
1人は俺が会いたかった金毛剣女。
もう1人は皮甲と呼ばれる、皮革製の鎧で武装した髭面の大男だった。
「しかも、道士の仕事の中でも特に危険な妖魔討伐を希望するだぁ？」
はん、と髭面の大男は鼻で笑った。
「無理に決まってんだろ。それとも、てめえは西方の異国人が使えるという魔法使いなのか？」
魔法使い。
その特殊な力を持つ者のことは、俺も仁翔さまから聞いたことがあった。
西方などの異国では何やら呪文という言葉を連ね、様々な超常現象を起こすことが出来る人間がいるという。
この国では近しいところで道士がそれに当たる。
へそから3寸（約9センチ）下にある
もちろん、道士の中にはさらにそれ以上の力を発揮する者たちがいる。
それはさておき。
「いえ……私は……魔法は使えません」
どもりながら金毛剣女が答えると、髭面の大男は自分の優位性が高まったとばかりに大声で笑った。
「だったら、なおさら道士になんざなれねえよ。大体、異国の人間が俺たちのような優れた道士になりたいってのが間違いなんだよ。道士ってのは普通の人間では出来ない危険な仕事をしているんだ。分かるか？ 正式な道士の資格を持っているだけで偉いんだよ」
そんなわけあるか。
俺は髭面の大男に対して心中で言い放った。
この世には道士よりも優れた人物など腐るほどいる。
寛大な心で俺を養ってくれた仁翔さまを始め、孫家の屋敷で働いていた仁翔さまの懐刀と呼ばれていた人たちなどだ。
他にも仁翔さまと交友が厚かった、はるばる王都の東安から訪ねてくるご友人の方々も立派な人たちばかりだった。
では、異国人に対して自分の凄さを訴えている髭面の大男はどうか？
どこからどう見ても一角の人物とは思えない。
そもそも、嘘をついている時点でそれは一目瞭然だった。
道家行で決められている規定において、異国人には道士の資格を与えないなどという項目はなかったはずだ。
などと俺が思っていると、髭面の大男は金毛剣女にシッシッと手を払う。
「理解したならさっさと自分の国へ帰りやがれ。それとも、そんなにこの国で働きたいなら花街で自分の身体を売る妓女にでもなれよ。珍しいから客が押し寄せるかもしれねえぜ」
黄色い歯を見せつけながら、高らかに笑う髭面の大男。
そんな髭面の大男に同調するように、周囲にいた人相と性格が悪そうな道士たちから嘲笑が沸き起こった。
「で、ですが道家行には異国人に冒険者……もとい道士の資格を与えないという明確な規定はないはずです。それにこの街の道家行では、過去に異国人にも道士の資格を与えたという前例があると聞きました。だから私はこの街に来たのです」
間違いありませんか、と金毛剣女は先ほどから黙っていた受付嬢に尋ねた。
「確かに過去にそのような例はありましたが……その、近年ではやはり異国人に道士の資格を与えるのはいかがなものかという風潮がありまして……それに、道符の発行のためにはこちらが指定した妖魔討伐の依頼を達成していただかなくてはなりません」
そして、と受付嬢は罰の悪そうな表情で付け加えた。
「その妖魔討伐には目付け役として、正式な道士を必ず1人は同行させることが条件でして……」
なるほど、髭面の大男が言いたかったことはこれか。
確かに俺のときもそうだった。
そうなると、少しだけ状況が変わってくる。
俺は金毛剣女から髭面の大男に視線を移す。
ほら見たか、と髭面の大男は得意げな顔を浮かべた。
同時に髭面の大男は、周囲の道士たちに大声で訊き始めた。
「おい、誰かこの中で異国人に手を貸す奴はいるか？ いるわけねえよな？」
周囲の道士たちからは「いるわけねえだろ」とか「誰が異国人なんかに手を貸すかよ」とか金毛剣女を否定する声が返ってくる。
これには金毛剣女も顔をうつむかせてしまった。
無理もない。
他の大陸の国よりも民族意識の高い華秦国では、相当の理由がない限り異国人を手助けすることはない。
昼間から道家行でくすぶっている低級の道士たちならなおさらだ。
こうなると、金毛剣女には成す術がなかった。
どんなに熱望しようと個人だけの力では限界がある。
「分かったら、さっさとここから消え失せろ。ここにはお前に手を貸す道士なんざ1人も――」
いないんだよ、と髭面の大男が言葉を紡ごうとしたときだ。
「だったら、俺がその妖魔討伐に同行しよう」
俺は無理やり話に割って入った。
全員の視線と意識が俺に集中する。
「はあ？ 誰だてめえは？」
「俺の名前は孫龍信」
髭面の大男からの睨みを受けつつも、俺は平然とした態度で答える。
「今からこの金毛剣女の目付け役になると決めた道士だ」
