「おお～、すげえ！ あれだけ回らなかった肩が嘘のように動くぜ！ 兄さん、ありがとよ！」
「いえいえ、それではお大事に……はい、次の人どうぞ」
俺は肩の調子が悪いと言ってきた中年男の肩こりを治すと、その中年男の次に並んでいた老人の病状を聞くため、手前の椅子に座るように促す。
そろそろ未の刻（午後1時～午後3時）も終わる頃だろうか。
現在、俺はまだ広場の端っこにいた。
すでに水連さんの腰の施術は終わっており、その水連さんはぴんと伸びた姿勢と満面の笑みで俺の後ろに立っている。
それはさておき。
俺の目の前には20人以上の老若男女たちが長い列を作っていた。
見物人たちではない。
この20人以上の老若男女たちは、俺の施術を希望して並んでいる患者たちである。
しかもこの場には俺と患者用の2つの椅子と、うつ伏せにならないと施術できない患者用の長卓まで用意されている有様だ。
当然ながら椅子と長卓を用意したのは、俺がこれから診る患者たちである。
さて、なぜこんなことになったのか。
事の発端は、俺が行っていた水連さんの腰の施術だ。
最初はふらりと1人の年配の女性が近づいてきて、俺の水連さんに対する施術を興味深く見つめていた。
そして施術が終わって水連さんの身体を整えると、その年配の女性は私もして欲しいと言ってきたのだ。
そこで軽く「いいですよ」と安請け合いしたのがマズかった。
年配の女性の施術中に今度は若い男がやってきて、次は俺の身体も診て欲しいと頼んできたのである。
それからはあれよという間に人だかりができて、その人だかりが行列になるのにあまり時間は掛からなかった。
特に腰の施術の要望が圧倒的に多かった。
それぐらい、この街の人々は腰の負担になっているような仕事を長時間しているのだろう。
そんな事の経緯を思い出していると、目の前の老人が「先生、ワシは腰もそうじゃが膝も痛くてのう」と症状を訴えてくる。
俺は医術者じゃなくて道士なんだけどな。
などと考えていても埒が明かない。
それにやろうと思えばここで中断することも可能だが、こうして赤の他人に奉仕して感謝されるのは実に新鮮で嬉しかった。
なので俺は求める人間がいる限り、今日は施術を止めるつもりはない。
つまり、俺がやることは1つである。
よし、来るなら来い！
俺は覚悟を決めて片っ端から施術をしまくった。
一方、その頃――。
私は道中で入手した薬草を売るために、薬家行へと足を運んでいた。
基本的にこの華秦国では道家行も薬家行も似たような造りになっているので、場所さえ分かってしまえば辿り着くのは簡単だ。
そして私は路銀の調達によく色々な街の薬家行を利用していたため、この初めて来た中農でも簡単に薬草の売買が出来ると高を括っていたのだが……。
「正直に言うんだ。一体、これらの薬草はどこの誰から盗んできた？」
「だから、何度も言っているではありませんか！ どの薬草も私と私の仲間で採ったものです！ 盗品なんかじゃありません！」
現在、私は受付口で薬家長と揉めに揉めていた。
どれぐらい揉めているのかと言えば、午後1時半ぐらいに薬家行に来てから、そろそろ午後3時を過ぎる今になっても続いている。
ただし、実際に薬家長と口論している時間はまだわずかだったけど。
それはさておいて。
では、どうしてこんなことになったのか。
事の発端は、最初に私が受付嬢に薬草を売りたいと申し出たことだった。
それだけなら、何らおかしいことではない。
薬師ギルドに通じる薬家行では、薬や医術に関する特別な資格がない者でも薬草の売買が可能だ。
それはすでに他の街の薬家行で知っていたことである。
だからこそ、私は龍信さんと一緒に採った薬草を売って路銀の足しにしようと薬家行を訪れたのだ。
けれども私がいくつもの薬草を見せた直後、受付嬢は青ざめて奥の部屋に引っ込んでしまった。
それからかなりの時間を待たされた末に私の前に現れたのは、薬家行のリーダーの薬家長だった。
そう、目の前にいる40代後半と思しき男が薬家長だ。
特徴的な獅子鼻に、脂肪がたっぷりと詰まった酒樽のような身体をしている。
そんな事の経緯を思い出していると、ついに限界を迎えたのか薬家長は鼻息を荒げて言い放った。
「嘘をつくな！ 貴様、これらの薬草がどれほど貴重で採取が難しいのか分かっているのか！」
薬家長はバンッと勢いよく受付台を叩く。
「
そ、そんなに貴重な薬草だったんだ。
私は受付台の上に置かれた、主に龍信さんが採ってきた薬草を見る。
受付台の上には薬家長が言葉に並べた薬草以外にも、私がいつものように採っていた
などと私が思っていると、薬家長は私に人差し指を突きつける。
「しかも貴様と連れは、最低等級である第5級の道士と言うではないか！ だとしたら、どう考えてもこれらの薬草を自力で入手できるなど不可能だろうが！ いいから本当のことを言うんだ！ どこの誰から盗んできた！ 本当のことを言わないのなら、
「――――ッ！」
街卒（警察官）のことは私も知っている。
私の祖国で言うところの警邏隊のことだろう。
風の噂によると王国騎士団ほど厄介な存在ではないらしいが、それでも盗難の容疑で留置場に拘留という形になれば非常に面倒なことになる。
もしかすると、道士の資格を剥奪されることもあるかもしれない。
なぜなら、私はこの国であまり歓迎されない異国人だ。
もちろん龍信さんのような人種を気にしない人もいるだろうが、少なくとも目の前で激高している薬家長は違う。
街卒（警察官）などを呼ばれたら最後、自分の立場と権力も利用して私に対するあらぬことを吹き込むだろう。
目の前にいる薬家長がそういう性格だということは、その横柄な態度からひしひしと感じられる。
「……分かりました。もう結構です」
これ以上、ここいるのは時間の無駄だ。
私は大きなため息を吐くと、受付台に置かれていた薬草を再び荷物入れに仕舞おうと手を伸ばす。
そしてその中の一つである、龍信さんが仙丹果と呼んでいた卵型の果実を荷物入れに仕舞ったときだ。
「待て。これらの薬草はこのまま置いていくんだ」
「は？」
私は薬家長が何を言っているのか理解できなかった。
そんな私に薬家長は、下卑た笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「これらの薬草が盗品かどうかまだ分からないからな。もしも盗品だった場合、うちだけではなく他の薬家行にも迷惑が掛かる。つまり――」
その後、薬家長は意味不明なことを喋り続けた。
やがて最後まで話を聞いたとき、私はようやく薬家長の言い分を理解した。
要するに「お前が持ってきた貴重な薬草の数々は、俺の独断と偏見で没収する」ということらしい。
それだけではない。
もしも俺の提案にケチをつけるなら、問答無用で街卒（警察官）に逮捕してもらうぞ、とも暗に匂わせてきたのだ。
「ちょっと待ってください！ それはあまりにも――」
酷すぎます、と私が薬家長に伝えようとしたときだ。
「薬家長、そろそろお時間です」
と、今まで黙っていた受付嬢が口を挟んできた。
「おお、そうか。もう、いつもの定例会議の時間か……だったら、グズグズしている暇はないな」
薬家長は私を見て「そういうわけだ」と言った。
何がそういうわけか分からなかったが、ほどしばらくして私は薬家行から追い出されてしまった。
貴重な薬草の数々を没収された上、二度とこの薬家行に来るなと念を押されながら――。
