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第三十話   仙獣との対決 其の一

 キイイイイイイイイイイイイ――――ッ!


 結構な広さがある裏庭に、火眼玉兎の威嚇いかくとも取れる鳴き声が轟いた。


 周囲の空気はビリビリと震え、木の枝で羽を休めていた鳥たちが一斉に空へと飛び去って行く。


 それでも俺はまったく動じない。


 眉1つ動かさず、〈周天〉を維持したまま火眼玉兎をじっと見つめる。


 そんな俺を見て、火眼玉兎も本当に理解したのだろう。


 自分から5間(約10メートル)先にいる俺が普通ではない武器を持った、半ば仙人の力を有している半仙であることを。


 やがて火眼玉兎は、大型の猛獣が獲物を仕留めるときのような深い前傾姿勢となった。


 鋭く尖った一本角の先端は、明確に俺へと狙いが定まっている。


 今の俺の構えに対抗したつもりか。


 俺は〈七星剣〉の壱番目の形状武器を――。


 火眼玉兎は長剣のように鋭い一本角を――。


 俺たちは十分な距離を保ったまま、互いの武器を見せつけながら向かい合う。


 次の瞬間、痺れを切らした火眼玉兎が動いた。


 強弓から放たれた矢のように、大量の砂埃を舞い上げながら突進してくる。


 いいだろう、まずは最初の形状武器で小手調べだ。


 俺は〈七星剣〉の壱番目の形状武器――破山剣はざんけんを下段に構えると、地面を強く蹴って火眼玉兎に疾駆する。


 あっという間に互いの距離が1間(約2メートル)まで縮まったとき、すかさず俺は間合いを外すために大きく真横に移動した。


 すると火眼玉兎は俺の動きに反応して急停止し、再び俺を追い詰めるために身体ごと方向転換して猛進してくる。


 ――遅いッ!


 俺は相手が方向転換した際の一瞬の鈍りを見逃さず、直進してきた火眼玉兎の真上を跳び越すように跳躍した。


 そして俺は火眼玉兎の突進を空中で躱しながら、火眼玉兎の背中に向かって電光の如き速さで剣を振るう。


 ザシュッ!


 風すらも切り裂かんばかりの鋭い音とともに、火眼玉兎の背中に走った傷口から鮮血が噴き出す。


 仙獣と言えども、死ぬ前までは肉の身体を持つ獣だ。


 傷口から出る血は普通の動物と同じ赤色である。


 キイイイイイイイイイイイイ――――…………


 俺が地面に着地すると同時に、その場で止まった火眼玉兎はまたしても鳴いた。


 しかし、今度の鳴き声は威嚇ではなく悲鳴だろう。


 俺は後方に飛んで距離を取ると、破山剣の切っ先を突きつける。


 少し拍子抜けだな。


 てっきりもっと強いと思っていたのだが、この程度の実力なら〈七星剣〉を破山剣以外に形状変化させるほどではないだろう。


 などと俺が火眼玉兎に落胆したときだった。


「キイイッ!」


 火眼玉兎は腹の底から鳴いて俺に向き直ると、怒りで全身を震わせながら姿形をさらに変化させていく。


「な、何や!」


「嘘でしょう!」


 やがて火眼玉兎が姿形を変化させ終わったとき、アリシアと春花は信じられないとばかりに声を上げた。


 当然といえば当然だ。


 火眼玉兎は4足歩行の状態から人間のような2本足で立つようになり、そればかりか10尺(約3メートル)を超えるほどの筋骨隆々な人型となったからだ。


 しかも体格に合わせて一本角も太く長くなったのである。


 どうやら、この姿こそ火眼玉兎の最終形態なのだろう。


 そう判断した直後、火眼玉兎は予想外の行動に出た。


 火眼玉兎は自分の額から生えていた一本角をねじり取ると、先端の部分を持ち手にして地面に激しく叩きつけたのである。


 ドォンッ!


 と、けたたましい衝撃音が裏庭全体に響き渡った。


 音だけではない。


 一種の棍棒のように使われた一本角の威力は凄まじく、まるで火薬でも爆発したように地面には大きな穴が穿たれた。


 これにはアリシアと春花も、俺に対する命の危険を感じたのだろう。


「兄さん、アカン! あんな化け物に1人で勝てるわけない!」


「そうよ、龍信! いくら何でも、あんなミノタロウスみたいなヤツと1人で闘うなんて無謀だわ!」


 よほど最終形態となった火眼玉兎に恐怖を抱いたのか、2人の慌てぶりは声色からでも十二分に聞き取れることができる。


 特にアリシアなどは、長剣を抜いて今にも俺の元へ走ってきそうだ。


 しかし、そんな2人に対して俺は冷静に告げた。


「心配するな。すぐに終わる」

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