キイイイイイイイイイイイイ――――ッ!
結構な広さがある裏庭に、火眼玉兎の
周囲の空気はビリビリと震え、木の枝で羽を休めていた鳥たちが一斉に空へと飛び去って行く。
それでも俺はまったく動じない。
眉1つ動かさず、〈周天〉を維持したまま火眼玉兎をじっと見つめる。
そんな俺を見て、火眼玉兎も本当に理解したのだろう。
自分から5間(約10メートル)先にいる俺が普通ではない武器を持った、半ば仙人の力を有している半仙であることを。
やがて火眼玉兎は、大型の猛獣が獲物を仕留めるときのような深い前傾姿勢となった。
鋭く尖った一本角の先端は、明確に俺へと狙いが定まっている。
今の俺の構えに対抗したつもりか。
俺は〈七星剣〉の壱番目の形状武器を――。
火眼玉兎は長剣のように鋭い一本角を――。
俺たちは十分な距離を保ったまま、互いの武器を見せつけながら向かい合う。
次の瞬間、痺れを切らした火眼玉兎が動いた。
強弓から放たれた矢のように、大量の砂埃を舞い上げながら突進してくる。
いいだろう、まずは最初の形状武器で小手調べだ。
俺は〈七星剣〉の壱番目の形状武器――
あっという間に互いの距離が1間(約2メートル)まで縮まったとき、すかさず俺は間合いを外すために大きく真横に移動した。
すると火眼玉兎は俺の動きに反応して急停止し、再び俺を追い詰めるために身体ごと方向転換して猛進してくる。
――遅いッ!
俺は相手が方向転換した際の一瞬の鈍りを見逃さず、直進してきた火眼玉兎の真上を跳び越すように跳躍した。
そして俺は火眼玉兎の突進を空中で躱しながら、火眼玉兎の背中に向かって電光の如き速さで剣を振るう。
ザシュッ!
風すらも切り裂かんばかりの鋭い音とともに、火眼玉兎の背中に走った傷口から鮮血が噴き出す。
仙獣と言えども、死ぬ前までは肉の身体を持つ獣だ。
傷口から出る血は普通の動物と同じ赤色である。
キイイイイイイイイイイイイ――――…………
俺が地面に着地すると同時に、その場で止まった火眼玉兎はまたしても鳴いた。
しかし、今度の鳴き声は威嚇ではなく悲鳴だろう。
俺は後方に飛んで距離を取ると、破山剣の切っ先を突きつける。
少し拍子抜けだな。
てっきりもっと強いと思っていたのだが、この程度の実力なら〈七星剣〉を破山剣以外に形状変化させるほどではないだろう。
などと俺が火眼玉兎に落胆したときだった。
「キイイッ!」
火眼玉兎は腹の底から鳴いて俺に向き直ると、怒りで全身を震わせながら姿形をさらに変化させていく。
「な、何や!」
「嘘でしょう!」
やがて火眼玉兎が姿形を変化させ終わったとき、アリシアと春花は信じられないとばかりに声を上げた。
当然といえば当然だ。
火眼玉兎は4足歩行の状態から人間のような2本足で立つようになり、そればかりか10尺(約3メートル)を超えるほどの筋骨隆々な人型となったからだ。
しかも体格に合わせて一本角も太く長くなったのである。
どうやら、この姿こそ火眼玉兎の最終形態なのだろう。
そう判断した直後、火眼玉兎は予想外の行動に出た。
火眼玉兎は自分の額から生えていた一本角をねじり取ると、先端の部分を持ち手にして地面に激しく叩きつけたのである。
ドォンッ!
と、けたたましい衝撃音が裏庭全体に響き渡った。
音だけではない。
一種の棍棒のように使われた一本角の威力は凄まじく、まるで火薬でも爆発したように地面には大きな穴が穿たれた。
これにはアリシアと春花も、俺に対する命の危険を感じたのだろう。
「兄さん、アカン! あんな化け物に1人で勝てるわけない!」
「そうよ、龍信! いくら何でも、あんなミノタロウスみたいなヤツと1人で闘うなんて無謀だわ!」
よほど最終形態となった火眼玉兎に恐怖を抱いたのか、2人の慌てぶりは声色からでも十二分に聞き取れることができる。
特にアリシアなどは、長剣を抜いて今にも俺の元へ走ってきそうだ。
しかし、そんな2人に対して俺は冷静に告げた。
「心配するな。すぐに終わる」