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第六十一話  五火神焔剣

 私はハッと目蓋を開けるなり、機敏な動きで立ち上がった。


 隣にいた春花が「うわッ」と驚いた声を上げる。


 そんな春花を一瞥したあと、私は自分の身体と周囲を見回した。


「ここは……」


 私の視界に飛び込んできたのは、幽玄のような世界ではなく現実感に溢れている大広間の光景だった。


 ……元の世界へ無事に帰ってきたのね。


 私が胸をなで下ろしたのも束の間、すぐに自分の肉体に著しい変化が起こっていたことを察した。


 力である。


 下丹田を中心に、自分の身の内に凄まじいほどの力を感じたのだ。


 それだけではない。


 気を失う前までにあった、打撲などの痛みが無くなっていた。


 事実、手足を自由に動かしても痛みはまったくない。


 それどころか、清々しい爽快感と活力が全身を駆け巡っていく。


 1度も死んだことはないが、まるで生まれ変わったような感覚だ。


 このとき、私はあの体験が夢ではなかったことを明確に悟った。


 だとすれば今の私はあの実を食べたことにより、龍信と同じくあの力を使えるようになっているはず。


 ――汝、覚醒したり


 私は太上老君さんの言葉を思い出す。


 ――そなたはこれで〈宝貝〉使いとなった。そして、その〈宝貝〉をどう使おうがすべて自由だ。善悪関係なく、な


〈宝貝〉。


 それは龍信の〈七星剣〉と同じ、不思議な力を持った仙道具と呼ばれるアイテムのことだ。


 私は最後に太上老君さんに掛けられた言葉も思い出す。


 ――願わくば、我が愛すべき弟子……龍信の良い助け手になってくれ


 もちろんです、と私は意を決した。


 その直後、私は右手を胸の前まで持ってきて、おもむろに掌を見つめる。


 すると――。


「――――ッ!」


 私は大きく目を見開いた。


 下丹田の位置ではなく、右手の掌の上に黄金色に輝く光球が出現したのだ。


 私はその光球を食い入るように見る。


 右手の掌の上に現れた光球は、やがて火の粉を噴出する火の玉へと変化していった。


「おい、アリシア! な、何やそれは!」


 春花は何が起こったか分からなかっただろう。


 無理もない。


 本音を言えば、私自身もすべてを理解しているわけではなかった。


 この火の玉もそうだ。


 神仙界であの実――〈宝貝〉の実を食べたあと、私の脳裏には自分の〈宝貝〉の名前とともに、この火の玉の姿が鮮明に思い浮かんだのである。


「あ、熱くないんか?」


 おどおどとした様子で春花が尋ねてくる。


 うん、と私は簡潔に答えた。


 熱くはない。


 なぜなら、この火の紛を噴出している火の玉は本物の火ではないからだ。


 では、一体何か?


 それは私の本能が語り掛けてくる。


 これは体内から溢れてくる生命力の結晶だ。


 そう認識した瞬間、右手の掌の上に浮いている火の玉に変化があった。


 とてつもない生命力が感じられた火の玉は、瞬く間に今度は一振りの剣へと姿を変えたのだ。


 本物の剣ではない。


 刀身の先から柄頭まで炎で形作られた異形の剣である。


五火神焔剣ごかしんえんけん〉。


 それが、この〈宝貝〉の名前であった。


「こ、これが私の〈宝貝〉……」


 私はごくりと口内の唾を飲み込んだ。


 そして、おそるおそる〈五火神焔剣〉を手に取る。


 次の瞬間、私は声を出すことも忘れて瞠目した。


 柄の部分を両手でしっかりと握った直後、全体を包んでいた大量の火の粉が一気に刀身の部分へと集まり始めたのだ。


 何てエネルギーなの!


 私は歯を食いしばって両手に力を込める。


 刀身全体からは凄まじい勢いの炎が噴き上がり、間違いなく斬った相手を灰塵と化すほどの炎の刃が形成されていく。


 祖国で見た魔法とは違う驚異的な力に、私は心の底から震えた。


 同時にこう強く思った。


 ――これなら私も魔王と闘える!


 などと思った私だったが、同時にこの〈宝貝〉を使う際の危険の高さも感じ取った。


 今の私ではそんなに長い時間は使えない。


 おそらく、5分も持てば良いところだろうか。


 なぜなら、こうしている間にも私の生命力がどんどん〈五火神焔剣〉に吸い取られている感じがするからだ。


 となると、そんなに悠長にしている時間はなかった。


 私は大広間の一角に視線を移す。


 そこには依然として死闘を繰り広げている龍信と魔王がいた。


 凄まじい攻防である。


 今の魔王と闘っている龍信に比べれば、祖国の冒険者たちなど子供に等しい。


 だが、そんな龍信も余裕というわけではなかった。


〈宝貝〉を使えるようになったからだろうか。


 徐々に龍信が押されていっているのが分かる。


 それほど龍信と闘っている魔王の猛撃がとてつもないのだ。


 おそらく、少しでも手傷を負ったが最後。


 魔王はその隙を見逃さず、龍信の息の根が止めるまで怒涛の如き攻撃を続けるだろう。


 そんなことはさせない。


 私は〈五火神焔剣〉を、顔の右横に立てるようにして構えた。


 八相と呼ばれる、師匠から習った剣術の構えである。


 コオオオオオオオオオオオ――――…………


 そして私は猛獣の唸り声に似た独特な呼吸――息吹を上げる。


 すると私の息吹に呼応するように、〈五火神焔剣〉の熱量はさらに増した。


 私の練り上げた精気を吸収し、さらなる力の奔流と化しているようだ。


 だとしたら、もうやることは1つである。


「チェエエエエエエエエエイ――――ッ!」


 私は両目を見開くと同時に猿叫という独特な気合を発し、八相の構えを崩さず龍信と魔王に向かって突進した。

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