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第六十二話  勇者の役目

 俺は一瞬の合間に魔王から大きく跳び退った。


 今まで距離を取れるほどの隙を与えてくれなかった魔王が、なぜかここにきて攻撃の手をぴたりと止めたのだ。


 そんな魔王は、不意に顔を俺から別の場所に向ける。


 釣られて俺も魔王の視線の先を見た。


「――――ッ!」


 それを見た瞬間、俺は思わず我が目を疑った。


 俺と魔王の視線の先――大広間の端にはアリシアが毅然とした態度で立ち上がっていたのだ。


 それだけではない。


 アリシアの両手には、火焔剣と言えるほどの奇妙な剣を持っていたのである。


 あれは……まさか〈宝貝〉!


 間違いない。


 刀身の先から柄頭まで燃え盛っていた火焔剣は、遠くからでも分かるほどの尋常ではない精気の力を感じる。


 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。


 おそらくアリシアは気を失っている間に体内から生魂が抜け出て、そのまま〈宝貝〉の実がある神仙界へと行けたのだろう。


 なぜ行けたのかは分からない。


〈宝貝〉の実がある神仙界へ行くには、一般的には〈精気練武〉の修行中にしか行けないと言われている。


 心身を極限まで追い込む過酷な修行をしている最中こそ、肉体という束縛から魂が解放されやすくなるからだ。


 そして〈精気練武〉とは、本来は神仙界の仙人のみが使えた特殊な技だった。


 しかし神仙界でも重鎮的な存在だった太上老君さまが妖魔が蔓延るようになった現世を哀れに思い、その〈精気練武〉の技を人間たちへと伝えたという。


 けれども人間たちは〈精気練武〉の技だけでは上位の妖魔たちに立ち向かうことができず、やがて太上老君さまは〈精気練武〉よりも強力な力を発揮する〈宝貝〉の実を人間たちに食させることを決めた。


 その一種の条件が〈精気練武〉を修めることだ。


〈精気練武〉を一定の域まで修めた人間が生魂の抜け出た状態になったとき、神仙界へと来るように太上老君さまは神仙界と現世の間に術を掛けているのだという。


 いや、それは術というよりも太上老君さまの〈宝貝〉の力だった。


〈太極図〉。


 普通の〈宝貝〉よりもさらに上の力を持つ、〈真・宝貝〉の中でも最上級と言われている太上老君さまの力。


 その〈太極図〉は天地陰陽を操作し、この世にあるどのようなことも打ち負かせるほどの無敵の力を持つという。


 太上老君さまはその力の一端を使い、見所のある人間(善人悪人関係なく)の生魂を神仙界へと呼び寄せて〈宝貝〉の実を食べさせる。


 きっとアリシアは神仙界で太上老君さまと出会い、〈宝貝〉の実を食べて独自の力を開花させたのだ。


 あの火焔剣がまさにその証拠である。


 だとしたら非常に心強かった。


〈宝貝〉を現出させたアリシアがいれば、劣勢に傾いていた魔王との勝敗が一気に優勢へと回るだろう。


 そんなことを考えていると、アリシアは火焔剣を顔の右横に立てるようにして構えた。


 八相と呼ばれる、師匠から習った剣術の構えである。


 コオオオオオオオオオオオ――――…………


 そしてアリシアは猛獣の唸り声に似た独特な呼吸を発した。


 するとアリシアの持っていた火焔剣の熱量はさらに増していく。


「チェエエエエエエエエエイ――――ッ!」


 直後、アリシアは大気を震わせるほどの独特な気合を発した。


 続いて八相の構えを崩さず、大きく動揺している魔王へと疾駆していく。


 間合いを詰めたアリシアは、魔王へと火焔剣を振るった。


 魔王は咄嗟に蝙蝠の翼で防御する。


 しかし――。


 ごうッ!


 大量の火の粉を噴出させながら、火焔剣は蝙蝠の翼を断ち切った。


 いや、焼き切ったというほうが正しい。


「ギャアアアアアアアアア――――ッ!」


 魔王は苦痛の叫びを上げ、アリシアから大きく距離を取った。


 床に落ちた蝙蝠の翼の一部は、そのまま灰も残さず消滅する。


 何という威力だろう。


 一般的な武器の形状では無いことといい、もしかするとアリシアの〈宝貝〉は俺の〈七星剣〉と同じ〈真・宝貝〉なのかもしれない。


 などと思っていると、アリシアは魔王に火焔剣を向けたまま駆け寄ってくる。


「龍信、大丈夫?」


 それは俺の台詞だった。


 魔王に吹き飛ばされて分厚い柱に激突したのである。


 常人ならば、打ち所が悪ければ死んでいるところだ。


「お前のほうこそ大丈夫か?」


 うん、とアリシアは頷いた。


「神仙界から帰ってきたら、いつの間にか怪我が治っていたの」


 やはり、アリシアは神仙界で〈宝貝〉の実を食べたのか。


 俺はちらりとアリシアの〈宝貝〉――火焔剣を見る。


「〈五火神焔剣〉……それが私の〈宝貝〉の名前よ」


 間近で見るとさらに凄まじかった。


 この〈五火神焔剣〉で攻撃された妖魔は、よほどの耐性が無い限りは成す術もなく灰塵と化すだろう。


 だが、その威力の高さは危険の高さも意味する。


「アリシア、その〈宝貝〉は長く出し続けられないだろう?」


「分かるの?」


「分かるに決まっている。俺も伊達に太上老君さまの元で修行していたわけじゃないからな」


 明らかに〈周天〉よりも精気を消費しているのだ。


 今のアリシアでは長く出し続けられないことは火を見るよりも明らかだった。


 けれども、その力があれば〈七星剣〉をあれに形状変化するまで時間を稼いでくれるかもしれない。


「アリシア、頼みがある。少しの間だけ時間を稼いでくれないか?」


 俺はアリシアにあれ――〈七星剣〉の最終形状である神火砲について端的に説明した。


「本当はさっき俺が使った遁龍錘をもう1度使って魔王を捕縛し、アリシアの〈五火神焔剣〉でとどめを刺すのが確実なんだろうが、それだとアリシアの精気がおそらく持たない」


 そうである。


 間違いなく遁龍錘に形状変化させて魔王を捕縛しようとする間に、アリシアの精気が尽きて〈五火神焔剣〉は少なくとも今日中は再び出せなくなるだろう。


 そうなれば2人とも一巻の終わりだ。


 精気が尽きた俺とアリシアは魔王になぶり殺しになる。


 となれば残る手段はこれしかない。


〈五火神焔剣〉を出せている間にアリシアに時間を稼いでもらい、その間に俺は破山剣を神火砲へと形状変化させる。


 そして残りすべての精気を精気弾へと変えて魔王に撃ち込むのだ。


「危険な賭けだがやってくれるか?」


 アリシアは「もちろん」と即答する。


「本当は魔王を倒すのは勇者だった私の役目なのだけど、この状況を見る限り龍信の提案を飲むのが1番確実のようね。だったら、たとえこの〈宝貝〉が消えても絶対に時間を稼ぐ」


 だから、とアリシアはにこりと笑った。


「あとは任せたわね」


 そう言うとアリシアは、〈五火神焔剣〉を八相に構えて魔王へと駆けていく。


 アリシア、お前の役目……俺が引き受けた!


 直後、俺は破山剣の状態の〈七星剣〉に精気を集中させる。


 リイイイイイイイイイン――――…………


 すると破山剣は、鈴の音を鳴らしながら全体的に黄金色に光り出した。


 それは〈七星剣〉が形状変化する際の独自の合図。


 俺は心中で〈七星剣〉の中でも最強の形状武器――神火砲の姿をはっきりと思い浮かべた。

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