目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第六十三話  追撃

 私は龍信にすべてを託すと、腹の底から気合を発して魔王へと疾走していく。


「忌々しい女め! どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ!」


 魔王は全身から邪悪な闘気を放出し、私に向かって猛進してくる。


 蝙蝠の翼の1枚を失っても重心の位置など関係ないのだろう。


 魔王は瞬く間に私の眼前へと迫ってきた。


 だが、以前のような身が震えるほどの恐怖は感じない。


 私の両手には燃え盛る炎の刃が握られているからだ。


「セヤッ!」


 裂帛の気合一閃。


 私は〈五火神焔剣〉を縦横無尽に振るった。


 大気を切り裂く炎の刃を、あらゆる角度から魔王へと放つ。


「チッ!」


 魔王は舌打ちすると、私が繰り出した攻撃を黒狼の機動力で回避していく。


 さすがに〈五火神焔剣〉を生身で受けることは危険だと判断したのだろう。


 何撃目かの私の斬撃を躱した魔王は、後方に大きく後退して距離を取った。


 すると魔王は不可解な行動に出た。


 残っていた蝙蝠の翼で自分の肉体を傷つけたのだ。


 魔王の上半身には元からあった裂傷とは別に、同じぐらいの深さの傷が出来上がった。


 見方によっては魔王の肉体に「×」の字が浮かび上がっているように見える。


 もちろん人間の肉体に憑依しているため、その傷口からはドクドクと激しく出血していた。


 何をするつもりなの?


 そう私が思った直後だった。


 魔王は蝙蝠の翼の先端に、自分の身体から出ている血をべったりと付けたのだ。


 それだけではない。


 そのまま魔王は私に向かって蝙蝠の翼を薙ぎ払った。


 蝙蝠の翼に付着していた大量の血が私に飛んでくる。


「――――ッ!」


 身の危険を感じ取った私は、すかさず〈五火神焔剣〉を振るった。


 大量に飛んできた血の大半を空中で焼き切ることはできたが、それでも数滴の血だけは焼き入れずに私の衣服へ付着するのを許してしまった。


 すると――。


 ジュウッ、と音を立てて衣服の一部が焼け焦げたのだ。


 信じられなかった。


 今や魔王の血は普通の血ではなく、触れれば衣服や肉体を焼き切るような異形の力を持っている。


 では、なぜここにきて魔王はそのような攻撃に切り替えてきたのか。


 決まっている。


 間違いなく、私の〈五火神焔剣〉の対抗策だ。


 うかつに近づいて攻撃すれば逆に〈五火神焔剣〉で肉体を焼き切られる恐れがあるため、遠く離れた状態で私に攻撃する策に切り替えたのだろう。


 もしかすると、私の〈五火神焔剣〉が長く現出できないと本能で悟ったのかもしれない。


 こうなると闘いの優位性は明らかに魔王のほうが高くなってしまう。


 いくら私の〈五火神焔剣〉の威力が凄まじいとはいえ、遠距離にいる相手にはどうしようもできない。


 どうすればいいの。


 私は苦々しく歯噛みした。


 せめてこの〈五火神焔剣〉も龍信の〈宝貝〉のように、魔王を一時的でも捕縛できるような形状の武器に変化できたら……。


 いいのに、と考えたときだった。


 私は手元にある〈五火神焔剣〉を見て驚愕した。


 なぜなら火焔剣と形容するのがぴったりだった〈五火神焔剣〉が、突如として別の形状へと変化していったからだ。


 それはさながら炎の鞭だった。


 両手で握っていた柄の部分はそのままで、そこから先の刀身の部分が異様に柔らかに伸び、あっという間に16.5尺(約5メートル)はあろう鞭の形状へと変わったのである。


 まさか、と思ったのは私だけではない。


 魔王も明らかに私の武器の形状が変わったことに驚いている。


 でも、一体どうして?


 このとき、私は自分の〈宝貝〉の名前にハッとした。


〈五火神焔剣〉というのは私が付けた名前ではない。


 神仙界で〈宝貝〉の実を食べたときに、おのずと心の中に浮かんできた名前である。


 だとすると、名前自体が〈宝貝〉の特性を表しているのではないだろうか。


 龍信が使っている〈宝貝〉――〈七星剣〉がその良い例だ。


 この華秦国の数字である〝七〟が付いており、その特性は7つの武器に形状変化できるという。


 そして私の〈宝貝〉――〈五火神焔剣〉には、この華秦国の数字である〝五〟が付いている。


 ……つまり、この〈五火神焔剣〉は名前の通り、5つの武器に形状変化できるということなの?


 私の予想が合っているかどうかは分からない。


 実際に5つの武器に形状変化させたわけではないからだ。


 だが、そうとしか考えられないような現象が起こったのも事実である。


 剣の状態だった〈五火神焔剣〉が、魔王を遠くからでも捕縛できるような鞭に似た武器に変化したのだから。


 どちらにせよ、こうなったらやってみるしかない。


 私は魔王を捕縛するようなイメージを強く抱き、鞭のような形状になった〈五火神焔剣〉を振るった。


 するとどうだろう。


〈五火神焔剣〉は獲物に飛び掛かる大蛇のように動き、その場で固まっていた魔王の肉体に巻きついたのだ。


「ギャアアアアアアアアアアア――――ッ!」


 これには魔王も喉が張り裂けんばかりに絶叫した。


 肉の焼け焦げる匂いと、大量の黒煙が魔王の肉体から立ち上っていく。


 さすがの魔王も生命の危機を如実に感じ取ったのだろう。


 私の〈五火神焔剣〉で半分だけ焼き切られていた蝙蝠の翼を使ってまで、この場から逃げるように天高く飛翔し始めたのだ。


 やがて魔王が天井に飛翔していくにつれ、〈五火神焔剣〉を握っていた私の身体も浮き上がった。


 一瞬、〈五火神焔剣〉を手放そうかとも考えた。


 しかし、柄の部分から手を離したと同時に〈五火神焔剣〉の効果が消えてしまうことを懸念した。


 それゆえに私の身体は、半ば魔王に連れ去られるような感じで浮き上がったのである。


 絶対に手放さない!


 おそらく魔王はこの場から逃走しようとしている。


 大広間の天井の一部は硝子製になっていたのだが、先ほどの紅蓮水晶の爆発で粉々になっていた。


 そこから魔王は外へと逃げ出そうとしてるのだ。


 だとしたら、絶対に逃がすわけにはいかない。


 この場から逃がしてしまえば、魔王は今回の教訓を最大限に生かして完全に表舞台から姿を消すだろう。


 そして、次からは絶対に自分の正体がバレないように苦心するはずだ。


 そうなれば完全に打つ手が無くなる可能性が高い。


 ここで魔王を倒すんだ!


 ここで私の勇者としての役目を終わらせるんだ!


 私は力の限り体内に残っていた精気を、〈五火神焔剣〉へと送り続けた。


「お、おのれえええええ! 離せ、離せええええええええ――――ッ!」


 魔王は全力で私を振り解こうとする。


 その力は凄まじく、さすがの私でも長時間耐えられるものではなかった。


 やがて私の体内からは精気が、両手からはみるみると握力が失われていく。


 も、もう駄目……。


 と、抵抗を諦めかけたそのとき。


「アリシア!」


 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「あとは俺に任せろ!」


 このとき、私の視界にはっきりと飛び込んできた。


 巨大な大砲のような武器を担いでいる龍信の姿が――。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?