身長3メートル超えの大男を先頭に、頭にツノを二本生やした一行が近づいてくる。
街道の陽炎の中、その姿が揺らぎわかりにくいが、総勢十名くらいだろうか。
大きいのは一人だけで、あとは普通の人間と変わらない体躯。
彼らはそれぞれに白を基調とした直線的なローブに身を包んでいる。遠くからでも特徴的なのは、青や赤の糸で刺繍された呪術的紋様だ。
「ゲームでも思っていましたが、アイヌやインディアンなどの民族衣装を思わせるデザインですね。とても神秘的です」
「なんのことですか?」
「あ、いえ。すみません独り言でして……」
コホン、と咳払いをしたミューゼア嬢だ。
彼女の意味不明な独り言は今に始まったわけじゃないから、俺もそろそろ慣れてきた。というか気がついた、ミューゼア嬢は思考を吐露する癖がある。あまり気にしてもしょうがないのだ。
「あの大きい身体をした方が、ガリアードレさま……」
ん?
「知っていますよ私、とてもお強いのですよね。巨体で大きな棍棒を振り回し、当たればことごとくを砕くその一撃!」
んんん?
「ミューゼア嬢。先頭を歩いている者のことを言っておりますか?」
「はい。裏モードはまだやりかけ未攻略だったのですが、ガリアードレさまのことくらいは知っております」
確かに先頭を歩くあの巨躯の者も、強い。――だが。
「ガリアードレは、その者の肩に乗っている小さい方です。見えませんか?」
「えっ!?」
ここから見えるかな。ほらあの肩に乗ってる……お、あっちもこちらに気がついたな。手を振ってきた。そうあの――。
「あのいま、手を振っている……お子さんみたいな魔族?」
「そうです。あの幼女、奴がガリアードレです」
「えええええっ!?」
俺は奴に手を振り返しながら、ミューゼア嬢に告げた。
妙に驚いてるな? なんだろ。
「そうだったんですか……そういえば、謎の幼女が肩に乗ってるグラフィックが謎だとは思っていたのです。私がプレイしていたのは、つまりまだ魔族ルートの前哨戦でしかなかった……」
うん。いつもの独り言。
俺はスルーすることに決めて、ガリアードレの方を見た。――あ。
あんにゃろう、巨体の肩の上で屈伸を始めやがったぞ。これはいかん。
「ちょっと下がっていて頂けますか、ミューゼア嬢。奴が挨拶しにくると思いますから」「え? 挨拶って……まだあんな小さくて……だいぶ遠いですよ?」
「この距離はもう、ガリアードレの間合いですので」
彼女は下がった。うーん、でも下がり方が足りないな。仕方ないその分は俺が前に出るか。腰から引き抜いた大剣を片手に構えつつ、前へ。
その途端。
「ギーリーアームーゥッッッ!」
飛んできた。
声と同時に、ガリアードレの奴が飛んできた。巨体の肩から立ち上がり、その巨躯を蹴って空中から飛んできた。小さな二つのツノを銀髪の上に伸ばした小柄な幼女が、自分の頭以上の大きさにもなる巨大な鉄篭手をブンブンと振り回しながら飛んできたのだ。
ガキィィン!
大剣の刃を立てて、その鉄拳を受ける。
迂闊に剣の腹で受けたなら、そのままヘシ折られてしまうほどの一撃だ。受けた瞬間、その衝撃波が大剣と鉄拳を中心にして一気に広がる。
「きゃあぁぁあーっ!」
あ、ミューゼア嬢が圧に負けて転がった。
ていうかこいつ、腕を上げてるな? 見えている拳筋なのに、受けた剣を持っていかれるかと一瞬思ったぞ。
「誰が誰より上じゃと!? ギリアムゥ!」
「ちょ、待てよガリアードレ。ミューゼア嬢が大変なことに」
ガリアードレが巨大な篭手で鉄拳を振るい、俺が大剣で受け止める度に、バチュンバチュンと音を立てて火花が散る。空気が裂け、大地も揺れる。
「キャッ、ひあァッ、むきゅう!」
揺れる大地に翻弄され、ミューゼア嬢が立てないでいる。かわいそう。
「わーははは! なんのことかわからぬ! それより防戦一方じゃのう、誰が誰より上だか、考えなおしてみた方がよいのではないか?」
わーこいつ、前にも増した暴風っぷり。ダメだいったん黙らせないと、挨拶前にしてミューゼア嬢が疲弊しきってしまう。
――じゃあ。
「こっちも少し、驚かせてやるか」
俺は舌なめずりをして。
「
奴の拳に合わせて必殺技を合わせる。
「ふぎゃあぁぁあーっ!?」
ガリアードレの動きが止まった。
「手が、手が痺れるうぅぅぅーっ!」
慌てて巨大な鉄篭手を外すと、真っ赤になった右手をフーフー吹いて涙目になるガリアードレ。
俺の必殺技を受けてこの反応、毎度のことながら奴の頑丈さには辟易する。やっぱりこの技は、ガリアードレ相手だと相性良くないんだよな。そうだと思ってた。
「ははは! 一本取られましたなガリアードレさま!」
他の連中が走ってきていた。
笑ったのは三メートルを超える巨躯の男、デカールだ。ガリアードレの教育係。
「やあデカール、久しぶりだ。ようこそライゼル領へ、歓迎するよ」
「ギリアム殿にはご機嫌もよろしく。ほらガリアードレさまも、まずは挨拶と常々申しているでしょう」
「戦士の同士の挨拶じゃ、武具を交える以上のそれがあるとでも言うのかデカール!」
「あります。まずは言葉です、我々は魔物じゃないのですから」
相変わらず理知的な男だ。
これでいて、武勇はガリアードレに続く二番手を誇る。デカールはガリアードレの懐刀にして戦士なのだった。
彼に叱咤され、ガリアードレの奴かわいそうにどんどん小さくなっていく。
ただでさえ体躯は銀髪幼女なのだ、これ以上小さくなったら風で吹き飛ぶぞ。
「それくらいにしといてやれって、デカール。ガリアードレだって解ってるさ、ただちょっと、ハシャいでみたくなっただけって奴だよ。――な?」
「そ、そうなのじゃ! そーゆー気分での? 決して言葉を軽視したわけではなくてだな? まあギリアムには解って貰えてるようで何よりじゃよ、わっはっはー!」
両の手を腰に当てて、めっちゃふんぞり返る幼女、ガリアードレ。
俺とデカールはチラと目を合わせる。困ったものです、とばかりに彼は肩を竦めて苦笑したが、ガリアードレを見る目は優しい。まるで孫でも見るかのような目だ。
人となんら変わらない。
なのに、中央の連中は、彼らを怖がりすぎなんだよな。
それが迫害と排斥を生み、戦争の原因となった。――少なくとも、俺たちライゼル領の人間はそう認識している。まあ10年ほど前までは、ここが人間対魔族の最前線だったわけなのだが。
魔族とは、先天的に魔法を使える一族のことだ。九割の者が、誰に教わるわけでなくなにかしらの魔法を習得する。
寿命が人間より少し長く、二本のツノを頭に有しているのが特徴だ。
吹聴して歩きたいもんだよ。魔族と人間なんか大した違いもないって。戦時中に言われていた、『奴らは狂暴で人を食う』なんていうのもデマでしかなかったしな。
「ところでギリアム殿、そちらの綺麗なご婦人は?」
デカールが訊ねてきたので、俺は答える。
「婚約者だよ。ミューゼア嬢だ」
「おお、婚約者とな? 女性嫌いで有名なギリアム殿に」
「そう、この俺に。笑っちゃうか?」
苦笑しながらミューゼア嬢に手を差し伸べてみせた。すると、デカールの後ろに控えている魔族たちが「おお」と小さな感嘆をする。俺の女性恐怖症は
「いや笑わぬ!」
そう言ってニカッと笑顔を閃かせたのは、ガリアードレだ。
「そうか、ヤッたか! 人は人と
いやまだそこまでは。
あまり早合点してくれるな、ミューゼア嬢の顔がみるみるうちに赤くなってしまったではないか。
それでも彼女は咳払い一つ。
「ミューゼア・セルベールです。……えっと、その、婚前ですが、今はギリアムさまのお屋敷でお世話になっております」
スカートの裾を摘まんで、優雅な仕草で挨拶をした。
「魔族を治めておる王、ガリアードレじゃ」
ガリアードレは、手を払うとミューゼア嬢に握手を求めた。二人が手を取り合う。
「
「おまえ幼女も幼女じゃないか。女性とかそういう話じゃない」
「いずれ背も伸び、出るトコは出て引っ込むトコは引っ込む予定じゃわい」
うーん。そしたら俺、きっとコイツに勝てなくなってたな。
あぶないあぶない、女性恐怖症を克服できてよかった。
「では、ガリアードレさまのご挨拶も終わったところで」
とデカールが大きな――それこそ大人一人の身長ほどもありそうな大きさの――斧を構えた。
「ああ、わかってるよ」
「え? いったいなにをですか、ギリアムさま」
「ミューゼア嬢は横で見ててよ、これから彼らがどれだけ体力あるか、つまりは労働力として優秀かをあなたに証明して差し上げますから。商人であるレグノアに、ちゃんと報告してください」
そう言って俺は、デカールたちの挑戦を受けた。
「皆で一斉に掛かってこい! 俺は前より、ちょっとばかし強いぞ!?」
「うははーいくぞー! 皆の者ー!」
「あ、ガリアードレは見学な。おまえも一緒じゃさすがにツラい」
「ガリアードレさまはもう遊んだじゃありませんか」
俺とデカールの同時たしなめに、ガリアードレはホゾを噛んだようだったが、やがて頬を膨らませたまま横に退いた。
「ふんだ! いくのじゃミューゼアとやら、わしにギリアムの面白い話でも聞かせい!」
こうして俺は、魔族の体力というものをミューゼア嬢に見せつけた。
試武が終わる頃、彼女はあっけに取られていたと言っていい。
疲れ果てた魔族の皆が倒れている夕焼けの中、呟くように。
「結局、一番凄い体力の持ち主はギリアムさまだった、と報告すればいいのですか?」
「いや違うでしょ、ミューゼア嬢」
俺が苦笑で返すと、彼女もまた苦笑した。
「はい、わかっています。それでもつい、言いたくなって」
「ギリアムは体力オバケじゃからのぅ」
おまえに言われたくないけどな、
「うふふ、お二人は本当に仲がよろしいみたいで」
「言ったろう、懐かれているんだよ」
「この体力の方々が街道整備を担当してくれるなら、思った以上のスケジュールで事が済みそうです!」
嬉しそうに彼女は声を上げたのだった。