魔族に交易路となる街道の整備を手伝って貰う。
これは我ながら悪くない案だと思った。何故なら魔族王のガリアードレが俺に懐いている影響で、少なくともあの付近の魔族は俺たち人間に好意的だからだ。
町として彼らを受け入れ、一緒に祭りをした過去も何度かある。
こちらの領民も、ガリアードレたちにはもはや悪感情を持っていない。古い住民には幾らかいるだろうが『ライゼル領の未来のため、延いては孫子のため』という名目があれば、感情を抑えてくれる……のではなかろうか。まあそうなるだろう、うんそうに違いない。
「うまくいくのでしょうか……?」
レグノアが心配そうに、眼鏡の奥で目を細めた。
「おまえもこれまで幾度か行った祭りを見ていたろ? 魔族と我が領民は、互いを称え合って酒を酌み交わした。兄弟町の契りを交わし合った仲だったろ?」
「それはそうですが」
「心配性だなぁ、レグノアさんは」
俺は肩を竦めながら言った。
ガリアードレたちは、気持ちの良い魔族だ。強い者を認めるという気質を持つ彼らは、10数年前のあの戦いで、正面からぶつかって彼らに勝利した俺たちライゼル領の民を尊敬してもいる。
「レグノアさんも、その辺は感じてたはずだろ? そうじゃないと魔族領からパパラ米の輸入を提案してきたりしなかったはず」
「むぅ……」
「レグノアさんのあの発案で、我が領は痩せた大地から復興する一歩を踏み出せたんだ。これでも俺は貴方に感謝しているんだよ」
そうなのだ。この人はパパラ米をライゼル領でも栽培していこうと考えた最初の一人。この人のお陰で今のライゼルは、貧乏ながらもどうにかやっていけている。
「ギリアムさま。つまり今、そんな商人としての才覚に冴えたレグノアさまが、なにかを懸念しているということですよね。もう少し話を聞いてみてもよろしいのではないでしょうか」
ミューゼア嬢の言うことは正論だ。
なにが気になっているのか、俺はレグノアに包み隠さず言ってくれ、と頼んだ。
「……祭りとは規模が違うことが気になりまして」
「というと?」
祭りは非日常の象徴、楽しく騒ぎ、楽しく終わらせることもできる。
だが、街道整備は長い時間と人員を掛ける仕事、いわば日常だ。日常は大変なことも多く、問題も起こる。他領から人を集めての作業でも、現地住民とは当たり前のようにすれ違いや軋轢が生まれるものだ。
そういうことを語ったのちに、レグノアは俺を見た。
「同じ人間でもこうなのです。それが魔族ともなれば、どうなることか私には想像ができません。あえての言葉を使いますが、暮らしの中に入ってくる異端は、人にとって多大なストレスとなるのですよ」
なるほど。俺には薄い感覚だが、彼の言うことを理解はできる。
他領の者が増えた結果、飲みなれたワインを出す店が減って、見知らぬ酒を出す店ばかりが増えてきたらきっとそれはストレスだ。皆が皆、見知らぬ酒を喜々として試す好奇心の持ち主ばかりではない。
横を見ると、ミューゼア嬢もなにか言いたそうだった。
「どうぞミューゼア嬢」
「移民……問題に似てますね」
考え込むように俯き加減で、彼女は語り始めた。
移民問題? 浅学な俺にはちょっとよくわからない。――ので、それがどんなものか彼女に訊ねた。
「人が境界を超えて他の土地に住み着く際に発生する社会的な問題です。文化の違いから、土地に統合するのが難しく、経済的な影響も大きい。大抵の場合は犯罪の増加や文化的な衝突が起こってしまうんです」
なるほどなぁ。
この二人は頭がいいな、色々なことを知っている上で考えてもいる。
だけど、そうだな。
ちょっとだけ魔族のことを知らない。
「その話を聞いた上で俺は確信するんだけど、尚更、他の領地の『人間』を呼び込むより魔族の力を借りた方が問題も起こりにくいんじゃないかな」
「何故ですかギリアムさま?」
「簡単ですよミューゼア嬢、彼らの強者に対する尊敬は、もはや信仰なのです。我欲にまみれてそうな他領の人間を呼び込むより、きっと魔族の方が軋轢を生みません」
ガリアードレへの信仰。
そして、奴を倒した俺への尊敬。彼らは絶対、そこに泥を塗るような行為はしない。その上ガリアードレの話では、彼らの多くはライゼル領に興味を持っているらしいのだ。
俺が色々と土地を変えていったことが、あちらでは評判になっているとのこと。
荒れ地を田畑に開墾してきた領民の強さも、尊敬している者が多いらしい。
「それでも心配でしたら、少しづつお試しで雇っていきましょう。彼らはだいたい魔法も使えるから、一人あたりに期待できる作業量は多い。そんな作業員が、スペックから考えたら格安と言える値で雇えてしまうんですよ? これはフリューゲント商会にとっても大きなコスト削減になるはずです」
「……なるほど」
レグノアが計算を始めた顔で黙り込む。
その間に俺は、セバスを呼んだ。
「何用でしょう、ギリアムさま」
「ちょっとガリアードレに連絡を取ってくれ、用件は――ゴニョゴニョ」
「え、そのようなことを? よろしいのでしょうか」
「構わない。大げさに煽っておいてくれ」
「承知致しました」
セバスが部屋を後にした。
よし、これで準備は整ったかな。
「ガリアードレさまに、なにをお伝えになったんですか?」
「仕上げを御覧じろ、だよミューゼア嬢。きっとすぐに結果はわかるんじゃ――」
ないかな? と言おうとしたとき。
さっそくセバスが苦笑しながら部屋に戻ってきた。
「ガリアードレさまがお怒りです。早速こちらに顔を出す、とのことでした」
「お怒りです、って……ギ、ギリアムさま!? いったいセバスさまに何をお伝えさせたのですか!」
大したことじゃない。
「こないだ鋼黒竜ヴェガドと戦って奴を森から追い出したわ。これで俺の方が、おまえより上だよなって」
悔しかったら魔族何人か連れてこっちに来い、ウチの土地開拓を手伝ってみろ――と締めくくった。
「前後の繋がりがなさすぎませんか!?」
「いいんだミューゼア嬢、ガリアードレは単純だから、これでちゃんと手伝ってくれる。なあセバス?」
セバスは表情を殺して頷くと。
「そうでございますなぁ。たぶん、手伝いに参加してくださるかと。それも、ご自身が自ら先頭に立って」
だよな。セバスも俺と同じ見解らしくてなによりだ。
なんか楽しくなってきたな、ガリアードレと会うのも久しぶりだし。
「さっきも言った通り、魔族はガリアードレの強さに信仰にも似た物を持っている。奴自身が率いての仕事で、妙な真似をすることはないよ」
ミューゼア嬢とレグノアは、しばらくあっけに取られていたようだったが、やがて俺の主張の優位性を理解したようだ。二人で頷きあって意見を擦り合わせ始めた。
「確かに……、他領に流れて仕事をしようなんて者は、人間だとあぶれ者が多いものです」
「そうですね、残念ながらミューゼア嬢の見解が正しいかと。そう思ってみれば、王の下で統率された魔族の方が受け入れリスクは少ないかもしれません」
「しかも一人あたりの労働力が高く、賃金も平均的に抑えられる……」
「労働力が高いから、最初の受け入れは少数で様子を見てもいける」
「「理想的、かもしれません」」
二人が俺を見た。
理解して頂けたようでなにより。俺は晴れ晴れとした気持ちで胸を張ってみせたのだった。
「それじゃ、あいつらが到着する前に突貫で宿泊施設を作ってしまおう」
◇◆◇◆
そして一週間後、魔物の森の前でガリアードレの到着を待っている俺とミューゼア嬢がいた。
「ガリアードレさまご一行は、今日こちらに到着するのですよねギリアムさま」
「たぶんね。昨日使い魔がそれを伝えにきたから」
荒涼とした大地に、からっ風が吹いている。
この街道を、俺たちはこれから整備していく。
「……私が初めてギリアムさまとお会いしたのも、確かこの場所でした」
「ああそうでした。確かあのとき、ミューゼア嬢は俺のことを怖がってらっしゃいましたね」
「はい。どんな残虐な方かと、絶望しておりました」
当時を思い出してなのだろう、クスリと笑って彼女は柔らかい目をこちらに向けた。
「ですが私を待っていたのは、私の運命を変えてくれる素敵な
「未来は変えられる。それを俺に教えてくれたのはミューゼア嬢、あなたなんですけどね」
俺も彼女に合わせて笑った。
そして、今胸の内にある思いを口にする。
「実は今、もう一つ未来を変えたいと思っているのです」
「と、おっしゃいますと?」
「ガリアードレの治める魔族領は、ウチとは比べ物にならないくらいに今でも過酷で、貧民が多いと聞き及んでいます。それを変えてやりたい。その為の助けとして、彼らの一部を、我が領で恒久的に受け入れられないか、と思っているのですよ」
「魔族を……移民として受け入れたい、と仰るのですか?」
「はい」
俺は頷いた。
「ミューゼア嬢の予知(?)では、魔族が人間を滅ぼしてしまうルートもあったらしいじゃないですか。それって、やっぱり生きるのが大変だから、生まれてしまった可能性だと思うのですよね」
それが無ければ、絶対に未来は変わるはずだ。
俺の知っている魔族たちは、皆気持ちがいい奴らばかり。彼らが、良い環境で生きていけるように手助けをしたい。
「それは、同情からですか?」
「まさか」
俺は笑った。同情からじゃない、その方がきっと俺が楽しく生きれるからだ。
ガリアードレと、気楽に腕を競い合いたい。
それがまだ出来る今を、もっと伸ばしていきたい。
鋼黒竜ヴェガドとの戦いは面白かった。
俺はあのとき、思わず最後まで決着を着けたいと考えてしまったが、もし奴をあそこで倒してしまっていたらどうなっていたか。
その先に、腕を試せる相手が一人居なくなるだけだ。
あとになって、このことに気がついた。
この世界にいっぱい居るであろう強い奴らが、ただ『戦いのことだけ』を考えていける世界なんてのは、なかなかに余裕があって洒落てると思う。
うちの領民にも強い奴はけっこう多い。
祭りで打ち解けられてるんだ、実際魔族の連中とも気が合うと思うんだけどなぁ
「というわけで、俺は俺の幸せのために、『見える範囲』の生存環境を良くしていきたいのですよ。余裕ができて初めて人は人に優しくできるんじゃないかなって」
ウチの領民には、優しさを持った人間であって欲しい。
行きつくところはそこなのかもしれない。
「ギリアムさまは、びっくりするくらいお甘い方なんですねぇ」
クスクスと笑われてしまった。
「い、いや! 必要なら俺は幾らでも戦いますし、冷徹にもなれる男ですよ!? ほら!」
キリっと冷徹フェイスを作ってみせたら、もっと笑われた。
「良いんです。そういう生ぬるい考え方、私は好きですわ。私の魂は平和にまみれた国のもの、メイドインジャパンですし」
「メイド……さん?」
「こちらの話です」
よくわからないが、よくわかった。
どうやらミューゼア嬢は俺の考えに賛同してくださったみたいだ。
「大変な道だとは、思いますけどね」
「そうですね、ミューゼア嬢」
「特に、ライゼル領と魔族との協調をセルベール家が知ったとき、どう動いてくるか。原作にないルートなので、私にもわかりません」
「あー」
そうか、彼女の言う『破滅エンド』。それの回避も考えなきゃな。
と、そのとき街道の彼方に、大きな人の影が見えてきた。
頭にツノがある。魔族だ。
「おっと、来たみたいだ」
「あれ、ですか? 人よりだいぶ大きな身体の方がいらっしゃるようですが」
「そう、魔族には色々な体形の奴がいるんだよ」
――ガリアードレ一行が、やってきたのだった。