目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話 開拓の開始


 二ヶ月が経った。

 あれから一度、冒険者ギルドの力を借りて大規模な魔物狩りを実施した。

 ミューゼア嬢の言う『大黒魔石が魔物を呼びよせている』というのが本当ならば、これで魔物がだいぶ減る。


 なので魔物狩りのあとに、一度触れを出したのだ。


『この狩りの後は魔物が減る、だから商人を呼び込むために街道整備の人員を募集する』


 と。

 しかしそのとき、領民は笑って信じなかった。『いくらギリアムさまが仰ることでも、そりゃあちょっと』、眉唾だと言わんばかりに肩を竦めていた。


 だがこのところ、少し彼らはザワついている。


『あれ? 本当に魔物を見掛けなくなってないか?』


 そうだな、あれから二ヶ月。

 そろそろ実感を伴って理解するはずだ。魔物が減ったということを。


「レン草の収穫時期なのに畑が荒らされないんだよ!」

「なんか森の葉がキラキラしてるんだ!」

「町外れの水留め場に、最近普通の動物が顔を出すんだよね」


 領民たちのざわつきが、我が屋敷にも伝わってきた。

 そして、最初の訪問客が訪れたのである。

 この町の小さな商会をまとめる若き長、レグノア・フリューゲントだ。


 応接間に通されたレグノアは、俺とミューゼア嬢に丁寧な挨拶をしたのち、ソファーへと座った。スラっとした長身に眼鏡、黒髪オールバックの青年だ。


「これはレグノアさん、今日はどのようなご用件でしょう」


 俺がにこやかに笑うと、彼は苦笑いをして居心地が悪そうに応える。


「なんとも意地の悪い、ギリアムさま。用件はもうお判りでしょうに」

「周辺の魔物が減ってきた件に関しての話ですか?」

「その通りでございます」


 レグノアは頭を下げる。彼もまた、俺の告知を笑って聞き流していた一人だった。


「我が不明をお詫び申し上げます。まさか本当にこの領地から魔物が減るとは思っておりませんでした」


 仕方ない。なにせ昔の昔その昔から、この地は魔物に溢れていた。

 この土地を最初に開拓したご先祖さまが魔物を一万匹倒した、などと言う逸話が残ってるほどに過酷な環境だったわけである。信じられなくて当然だと思う。


 特に信じてもらうための努力もしなかったしな、そこは時間が解決してくれると思ってた。たとえば今日、彼がウチを訪れてくれたようにね。


 俺はレグノアに笑いかけ、顔を上げて貰った。

 これでやっと開拓の話を進められる。ついでにここで、ミューゼア嬢の紹介も兼ねて少し彼女の話題を振っておくか。


「信じられなくても仕方ない。俺も最初、ここにいるミューゼア嬢から話を聞いたときには眉唾に思っていたしな」

「ほう、それはどのような……」


 レグノアの注目を彼女に集める。

 ミューゼア嬢も俺の意図を理解してくれているのだろう。ほっこり笑い、控えめな態度で説明を始めてくれた。


「セルベールの家に居た頃、魔物の習性について研究をしていたのです。都ですからね、やはりそういう研究は盛んで。その結果、まだ世間では知られていない魔物の特性をいくつか発見致しまして」


 そこから、大黒魔石に魔物が引き寄せられるという話と、この土地の魔物氾濫ハザードはそれが原因だったことを話してくれた彼女だった。


「なるほど、都での最新研究結果ですか」


 感心するレグノア。

 田舎だと、都で最新、という話は不思議なほど箔がつく。

 鵜呑みにするほど彼も単純ではないだろうが、今回に関しては結果にも表れたことなのだ。説得力もあるだろう。彼女を紹介するための話としては、上々の話題だったな。


「さすがミューゼアさま。セルベール公爵家きっての才媛と呼ばれていたのが伊達じゃないこと、よくわかりました」

「え、そうだったの? 知らなかった」


 見知らぬ情報に不意打ちを食らってしまい、思わず予定外に口を挟んでしまった。

 彼女、そんな凄い肩書の持ち主だったのか。いやまあ、確かに凄い女性だとは思ってたけどさ。

 俺が驚いていると、レグノアが呆れ顔で。


「ギリアムさま、有名な話ですよ? ミューゼアさまが都の第一学園でご活躍をなさっていた才女であらせられることは。学生の身でいくつもの新しい研究を為し、便利な発明もなさってらっしゃったのですから」

「マジか!」


 素になってしまう。これにはレグノアも失笑するしかなかったようだ。それでも彼から、悪い感情は伝わってこない。微笑ましいといった表情で、俺のことをみていた。


「まったくギリアムさまは呑気な方だ。ミューゼアさま、こんなご領主さまですがお見捨てなきように願いますよ?」

「見捨てるなんてとんでもない。今回の件だって、ギリアムさまのご活躍があって初めて成すことができた話なのです」

「ほうほう? それもまた、興味深い。いったいどのような」


 ミューゼア嬢は、森での冒険譚――鋼黒竜ヴェガドと俺の戦いを、迫力ある描写で語った。横で本人が聞いてると気恥ずかしい物があるけど、なんか自分事とは思えないやたらドラマチックな話術に、第三者として引き込まれてしまった。


「えええ!? ギリアムさま、あの鋼黒竜を森から追い出したのですか!?」

「あ、うん。邪魔だったから」

「邪魔だったから、で成せる業ではありません! なにそんな平然な顔で、貴方は。まったく!」


 そういや、ギルドにもこのことは報告してなかったっけ。

 すっかり終わった話と認識してしまっていたので、忘れてた。


「となると、魔物も減り鋼黒竜も居なくなったあの森は、我がライゼルにとって資源の宝庫じゃないですか!」

「そうなるかな? ミューゼア嬢?」

「はいギリアムさま。ですが、資源として森を枯渇させない為に、森の狩りや開発には一定の法や税を課すのがいいと思います」

「ぜ、是非とも我がフリューゲント商会に仕切りをお任せ願えませんか!?」


 レグノアが目を煌めかせながら身を乗り出してくる。

 しかしミューゼア嬢が、ピシャリと彼の言葉を遮った。


「森の件はもう腹案を作ってあります。こちらは冒険者ギルドの方に仕切りをお願いしようと思っておりまして」

「私たちにお任せ願えれば、今ならこれくらいの増収入をお約束できるかと――!」

「慌てないでくださいレグノアさま。フリューゲント商会にも、お頼みしたい案件はしっかりありますので」


 彼女はレグノアを窘めるような笑顔を閃かせて続ける。


「それにもともとは、こちらの案件でギリアムさまの元にやってきたのではないでしょうか」

「と、仰いますと……」

「他領との交易です」


 ああそうだ。

 その件で来たのだろう、と俺たちは当初から予想していたのだっけ。危うく脱線するところだった。


「魔物が減ってきたことに気づいて、これなら他領と本格的な交易をできるとお思いになり相談へやってきたのではないですか?」

「……そ、そうです」


 目ざとい商人が、最初にウチへとやってくるのだろうなということは、俺も予想していた。そろそろかな? と思い、昨晩丁度セバスとミューゼア嬢に相談を持ち掛けたところだった。


 二人から意見を貰い、商人――つまりフリューゲント商会に、交易の窓口役をやってもらうことは既に内定させていた。その方針に従って、ミューゼア嬢はレグノアを今、説得しているのだ。


 俺が彼に課そうとしていた条件は、一つ。

 窓口役を任せる代わりに、街道整備の資金を出すこと。それくらいは負担して貰っても、バチは当たらないだろう。公共事業として出金することも考えたのだけど、利権を餌にフリューゲント商会を動かす方が無駄もない。


「なるほど、我が商会が窓口役に……」

「代わりに街道の整備を。悪いお話ではないと思いますが」


 細かい金銭勘定は、俺じゃあ時間が掛かる。

 そんなのはセバスやミューゼア嬢に任せてしまうのがいい。

 ミューゼア嬢とレグノアの交渉を、横から無責任な気持ちで眺めるだけの俺だった。


 しばらく二人のやりとりは続いたが、どうやらバランスを取ることに成功したようだ。少し悔しそうな顔をしながらも、そこそこは満足げな表情という、表現しずらい顔をしたレグノアがミューゼア嬢と握手をした。


「まいりましたな、ミューゼアさまは良い商人でもおありだ。絶妙なラインをついてくる。このような交渉術は、どちらで?」

「第一学園では何故か喧嘩の仲裁などを仕切る経験が多くありまして。そのときに学びました」

「ああ。なるほどそれも『噂』の」


 噂? なんだろ。


「お聞き苦しい話を耳になされたことと存じます」

「はは。確かに素行の悪い生徒との絡みなども聞き及んでおりましたが、実際にこうやって顔を合わせてみれば、それらがきっとやっかみから生まれた話であろうことなど、すぐに想像できますよ。さぞやあなたは、ハードな交渉人ネゴシエーターだったのでしょうね」

「いえまあ……、本当にその中心にはいたのですがゴニョゴニョ」


 あとから彼女に聞き直したところによると、ミューゼア嬢は学校でワル軍団の長的な立場をしていたとのことだ。でも、ホンモノのワルにはならないようにと頑張ってはいたとのことで、自分の配下の生徒を守る為に各方面のワルワル組織との軋轢を交渉で解決していたとかなんとか。

 じゃあワルといっても、そんなにワルいグループじゃなかったんだね。と聞くと、『いえ、それがやっぱりワルいグループでして』をミューゼア嬢は頭を抱えていた。最終的には『ゲームのフラグが!』とか『運命システムの強制力が働いてどうあがいても!』とかワケのわからないことを言っていたな。


 だからギリアムさまが最後の光なんです! と俺のことを真顔で見つめてくる彼女からは目を逸らしてしまった。恥ずかしいし、変なプレッシャーがあるとまた女性恐怖症に戻ってしまいそうな気がしたからだ。


 ――話を戻そう。

 ミューゼア嬢と良い感じに話をまとめて帰ったレグノアだったが、二週間後にまた屋敷へとやってきた。困り顔で頭を抱えて。


「人手が集まらない?」

「そうなのです、ミューゼアさま」


 街道整備のための人員が集まらないのだそう。

 ライゼルの町はちょうど初夏の野菜を収穫している時期だ、間が悪かったらしい。


「なるほど……。ではレグノアさま、多少の賃金上昇は受け入れる形で、他領から人を集めるというのは?」

「もちろんそれも試みましたが……」


 ライゼルから魔物が減ったということを信じて貰えず、半端ない賃金を要求されることになってしまったらしい。


「確かに他領の方々では実感もありませんでしょうから、理解して貰うのが難しいというのもわかります」

「わかって頂けますか、ミューゼアさま。それに、他領から人を集める場合は宿泊所も作らないといけませんから」

「さらに相場よりお賃金自体が高いとなると、予算のメドすら立たないという感じですか」

「はい」


 二人は共に腕を組み始めた。

 なるほどね、確かにこの時期はウチだと人手が足りない。他領の奴らがライゼルの変化を理解できるとも思わない。

 安い、とは言わずとも適正な賃金で雇うことのできる、有能な働き手かぁ。


「困りましたね……。ギリアムさま、なにか良い案はありませんか?」

「あるよ」

「そうですか、そうそう良い案など――え?」

「あるよミューゼア嬢、悪くない案が」

「ええっ!?」


 ミューゼア嬢が少し飛び上がるように驚いた。相変わらずオーバーな人だ。


「あるのですか!?」


 と、これは同時に驚き顔を見せたレグノアの声。こっちは一見冷静そうに見えて、身を乗り出してきている。うーん食いついてるな。あるとも、あるぞ。


「ええと、……魔族に手伝ってもらう、なんて案はどうだろう?」


 俺が言うと。


「「は?」」


 二人は同時に目を丸くしたのだった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?