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第8話 勇者ギリアム


 鋼黒竜ヴェガド。

 奴が俺たちに語ったところによると、ミューゼア嬢はこの世界を破滅から救える可能性を持つ唯一の存在らしい。創造神カーという者がそう奴に告げたのだという。


「創造神カー、ですか……」


 それを聞いたミューゼア嬢は、大いに眉をひそめていた。

 彼女のあんな顔は初めて見た。目をジトっと細めて唇を突き出して眉間にしわを寄せての、思案顔。いや。……というよりも、あれは、あからさまな疑いのまなざし。


「ギリアムさま。カーという存在を聞いたことあります?」

「いえ……、俺は無学ながら存じません」

「そうですか。私もです」


 と返事をしたまま、あからさまに訝しんだ目でヴェガドを見ているのだ。怖い。


「ヴェガドさま。先にも申しましたように、私はこの世界のことをだいたい知っております。ですが創造神カーという名には記憶がないのです。故にその話をにわかに信じることはできません」

「むぅ……」

「どういう存在なのですか、そのカーという方は」


 訊ねる彼女に、ヴェガドは大きな頭を振ってみせた。


「わからぬ」

「わから……ない? それはいったい」


 納得できないという顔のミューゼア嬢。それはそうだ、俺だってさすがに納得できないぞそんな答え。ワーワー責任者を出せー、とでも茶化したくなる気持ちをグッと抑え、続くであろうヴェガドの言葉を待った。


「声が、聞こえた」


 奴は言った。

 創造神カーという奴の言葉が、頭の中に降ってきたのだという。


「曰く、この地で巫女を待て。曰く、その巫女を守れ。それがこの世界を破滅から救う術だ、と」

「なんだそりゃ。言葉だけで20年以上もこの地に居たのか?」

「貴様にはわからぬだろう。いや、我にもわからぬ。……だがあの声は、我の中に深く刻まれた。それが我の存在意義、そのための我だと確信するほどに」


 抗えない力が、その声にはあったという。

 疑うことすらありえない強制力をその声は持っていて、ヴェガドはこの地に来た。


「なので巫女よ、我に御身を守らせよ。それが我が役目」

「ダメです」


 キッパリと彼女がいった。ハヤ! 断るのハヤ!

 一瞬俺はヴェガドに同情しそうになったが。


「ヴェガドさまがここにおられると、魔物が減らずに私の身も危なくなるのです」


 ああそうだっけ、こいつ大黒魔石を食べて、絶賛魔物を呼びよせる身体になってるのだった。どういうことであるか、と食い下がるヴェガドは大黒魔石のことを知らないのだろう。


 ミューゼア嬢は大黒魔石の効能と今のヴェガドの身体のことを告げると、もう一度、奴の申し出を拒絶した。


「あなたがここにいる限り、この土地に未来はないのです」

「ぬぬぅ……」


 ばっさり切った。

 ある意味で男らしいなミューゼア嬢、有無を言わさぬ迫力がある。ヴェガドの奴もタジタジだ。


「それに」


 と不意に彼女は俺を見た。


「私は、ここにいるギリアムさまの中に可能性を見出しています。そのギリアムさまが、私のことを守ると言ってくださってる。私には、それだけで十分なのです」


 え、なに突然。うん、守るよ? もちろん守る気は満々だけど、急にそんな自信満々な顔でこっちを見られると、少々テレちゃうぞ。


「いや。はは、うん。……そうですね、俺はミューゼア嬢をお守りしますよ」

「はい、よろしくお願いします」


 自然に、ごく自然に俺は笑い、彼女が差し出してきた右手を握り返した。

 で、びっくりした。あれ!? 俺が難なく女性の手を握ってる!?


 いやいや、この俺だぞ? なんでこんな自然なまま彼女の前に立ってられるんだ?

 思わず自分で驚いていると、ミューゼア嬢が突然笑った。


「ふふ。やっと手を繋ぐことができました」

「え?」

「ギリアムさま、すぐ逃げちゃいますから」

「あああ、申し訳ありません!」

「いいんですよ、ゆっくり慣れていって頂ければ。私も最初はご無礼してしまいましたし」


 ピリッ、と手の皮が軽くつる痛み。

 ああそうだ、先ほど彼女に回復魔法ヒールを掛けて貰ったばかりだっけ。

 あのときこの方は、危ない戦場だとわかっていて俺のために飛び出してきたんだ。


 運命共同体、――彼女は自分のことを、そう言った。

 俺と運命を共にする者だと。


 そうだよな、そうだ。運命を共にしてくれると言ってくれる人を、いつまでも怖がっているなんてありえないことだよな。

 なんとなく、俺が彼女の手を握れている理由がわかってきた気がする。そうか、俺はこの人を信頼してきているんだ。ポーズでなく義務でなく、心の底から。


「わかって頂けますかヴェガドさま」


 ミューゼア嬢がヴェガドを見上げて言う。


「私は今、この方と一緒に自分たちの破滅を回避する為だけで精一杯。世界の破滅がどうとか、そんなことにまで気を遣っていられないのです」

「そうか……そうであるな。どうやらまだ、そのときではないらしい」


 ヴェガドは頷き、今度は俺の方を見た。

 いやこっちを見られても? それこそ俺は、世界の破滅とかわからん話だぞ? 理解が及んでいない、チンプンカンプンだ。


「今は貴様がこの方の騎士であるのだな」


 奴の声が響いた。

 よかったちょっとホッとした。世界が云々の話を振られなくて良かったぜ。ややこしい話は苦手なんだ。


「騎士というか……まあ、彼女を大事にしたいとは思っている」

「ふむ……。貴様は強かった。我とあそこまで渡り合った人間は初めてだ」


 あ、思い出した。俺はこいつを倒しにきたんだっけ。


「そうだよ。おまえがミューゼア嬢に負けたのはいいけどさ、俺との決着はどうなるんだ。面倒だったけど、おまえの為に必殺技まで用意してきたのに」

「我はもう貴様とは戦わぬ」

「はあぁぁぁあ?」


 なに言ってくれてんだこいつ。


「巫女の騎士と戦えるはずがないではないか」


 ふざけたこと言ってやがる。無理やり戦ってやろうか。


「目を細めて殺気立てても無駄だ。貴様は貴様の役目を果たせ」

「ぐぬぬぬぬ!」


 役目、つまり今はミューゼア嬢のことを考えろということか。

 彼女のことを優先し、彼女のために動く。

 その為には、彼女のなにかを知っているらしいコイツを、いま倒してしまうのは良くない……気もする。ぐぬぬ。


「はあぁぁあ……」


 俺は大きく溜め息をついた。

 まあいいか。当初の目的はどうやら成った。こいつはたぶん、この地から離れるつもりだろう。さっきからの話の流れで、それくらいは俺にもわかる。


「わかったよ。で、おまえ、いつここから出てってくれんだ?」

「今にも去ろう。だがそのまえに……巫女の騎士よ、手を出せ」


 手を伸ばすと、奴は手の平大の竜鱗を一枚、俺に渡してきた。

 なにこれと問うと、答える。


「これがあれば貴様の呼び声はいつでも我に届く。ペンダントにでも加工して、身につけておくがいい。我の力が必要なときは使うのだ」

「別におまえの力なんか……」

「そう言うでない。我なりの敬意だ、強き人間よ。貴様は確かに強者であった」

「……ふん」


 ――まあ? 見事な竜鱗ではあるし? 加工したならとても綺麗そうだし?

 貰ってやらなくもないんだからね!?


「似合うと思いますよ、ギリアムさま」

「そ、そう?」

「勇者としての証です。鋼黒竜ヴェガドとしっかり渡り合ってしまうなんて、ただの人間だなんて言えませんもの。ギリアムさまのそれは、勇者と書いて原作ルールブレイカーと読む物ですが」


 勇者、勇者か。ミューゼア嬢に笑顔でそう言われると、どうにもこそばゆい。

 いやそんな大層なものではないですよ。キリッ。


「ふふ、それでよい。貴様の名、ギリアムという音を我は忘れぬ。巫女よ、そなたの意志もまた、いずれこの世界の命運を握ることだろう」


 鋼黒竜ヴェガドが、低く響く声で告げた。

 その赤い瞳が、俺とミューゼア嬢を交互に見つめる。まるで俺たちの魂になにかを刻み込むかのような視線。ドラゴンの表情なんかわからないはずなのに、何故か俺には奴が優しく笑ってるような気がした。


 広場の空気が一瞬静まり、ヴェガドの巨体がゆっくりと動き出す。


 ゴウッ! その巨大な翼が広げられ、広場を覆うほどの影が生まれた。

 風が巻き起こり、焼け焦げた草と土が渦を巻いて舞い上がる。


 戦いで荒れ果てた広場が、まるで俺たちの激闘の記憶を刻む碑のようだった。その荒々しい景色の中で、ヴェガドの鱗が陽光を捉え、黒い星のように一瞬輝いた。


「さらばだ、巫女とその騎士よ! 世界に破滅が迫る時、我は再びそなたらの前に現れよう!」


 咆哮が森を震わせ、広場の瘴気がまるで奴の意志に応えるように揺らぎ始めた。

 バサァッ! 一打ちの羽ばたきで、奴の巨体が地を離れ、空へと舞い上がる。衝撃波が広場を駆け抜けた。ミューゼア嬢の金髪と俺のマントを激しく揺らす。


 上空で、ヴェガドは大きく弧を描くように旋回した。

 その瞬間、まるで奴の存在が瘴気を引き裂いたかのように、周囲の重い気配が霧散する。


「あ……」


 声が漏れる。

 春の陽光が広場に降り注いでいたことに、そのとき俺は気がついた。

 焼け焦げた地面に光が反射しキラキラと。

 瘴気が霧散した森の木も、葉に陽光を照らして光っている。


 綺麗だった。


「ギリアムさま、あの光……」

「はい?」


 ミューゼア嬢が目を細めてそれらを指さす。俺もまた、その眩しさに目を細めた。


「まるで、私たち未来を照らしてるみたいですね」


 ――ああ。

 なるほどこの気持ちは、そう表現すればいいのか。

 確かにキラキラと光を反射させた森の木々が、ライゼル領の新たな始まりを祝福するかのようだった。そうか、今日が始まりか。


 巨大な黒竜が去った空はどこまでも青く、雲一つない清らかさに満ちていた。

 奴は遥か彼方に小さくなり、やがて俺たちの視界から消えていく。


 だがその最後の咆哮が、俺の中に響き続けていた。――「再び会おう」という約束と共に。


 ははん。そのときは見てろヴェガド、今より強くなった俺の姿で驚愕させてやる。

 俺は大剣を鞘に納めたのだった。


 ――――。


 こうして俺たちは、大黒魔石の脅威を排除した。

 ライゼル領からはこの先魔物が減っていくだろう。

 町を発展させるための第一歩を、踏み出すことができたのだ。


「これから忙しくなりますよ、ギリアムさま」

「そうだな。まずは魔物の残党狩り、自然に減るのを待ってたら時間掛かるしな」

「街道整備の予定も立てましょう。人足を集めないとなりません」

「はは。金も掛かる。大変だ、だけど――」


 明日への希望に満ちている。

 俺たちは足取りも軽く、町へと戻っていったのだった。




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