これで何度、奴の
動作の早いヴェガドの攻撃を避けるのは至難だ。だがそれがいい。骨を軋ませ、肉を震わせ、頭の中のイメージ通りに身体を動かせたとき、俺の中に至福が溢れ出る。
剣をこう振れば――そう、奴は鉱石の鱗で受け流す。だから俺は、受け流されること前提で重心をコントロールし一歩深い間合いを奪いに動く。
が、それもヴェガドに読まれていた。奴は俺の接近を嫌って身を捻り、大きな羽根を羽ばたかせることで一瞬空中へと逃れる。
楽しいなぁ、ヴェガド。おまえも楽しんでいるか?
楽しんでいるよな。何故ならおまえは、今もしっかり戦いに縛りを入れている。絶対に、ミューゼア嬢が居る方向へは
なぜおまえが人を殺さないのか、興味はある。
だけど今は、それ以上におまえを叩きのめすことに俺は夢中だ。
楽しむの意味を変えてやろうじゃないか。
余裕を持って戦っているおまえに、本当の意味での楽しみを教えてやる。
何年分もの時間を凝縮したような会話を、いま俺たちはしているんだぜ?
奴を倒すために、俺は研鑽してきた。
おまえにもわかるだろう? この技の意味が。
おまえを倒すために、その為だけに編み出した必殺技だ。
――俺は、おまえに夢中だったんだ。
「
空中に逃れようとしたヴェガドの腹に、俺は必殺技をお見舞いしたのだった。
◇◆◇◆
鋼黒竜ヴェガドは、ギリアムが繰り出してきた『剣による打撃』を受けて知った。
この人間は、『我と戦うために命を費やしてきた』のだ、と。
人間の時間は短い。その短い時間を消費して技を磨いたのだ、我のために。
苦悶に悶えながらも、応えたい、と思った。
全力を出して、森を焼き尽くして、世界を焦土に変えて、その先にあるものが全ての破滅であったとしても、能力の限りで戦いたいと思った。
だがそれは出来ない。
ヴェガドには自分の『役割』として課されたことがある。
自らが存在する意味が、そこにはある。
だから我はそこにいる女に向かっては絶対に
我は『役割』のために生きてきた。この地に居座ったのもそのためだ。
宝を守れと創造神に命を受けた。『宝』――やがてこの地に現れるであろうという『予言の巫女』を。
そのためだけに、我は――!
ヴェガドは大きく羽ばたきなおして、ギリアムから距離を取ろうとした。この人間は、とカツカツと奥歯を鳴らして笑ってみせるヴェガド。
――この男は今、我と対等に会話をしている。手にした剣を翻訳の筆として、種族を超えての対話を申し込んできている。
曰く、おまえを倒す。曰く、おまえの上を行く。
この男は我の行動の先を読み、先を読み、先を読み。
我もまた、この男の行動の意味を読み、意味を読み、意味を読み。
思考を肉体の動きに変えて、会話をしている。肉体言語で会話している。
身が震えた。ああ、全てを放り出して、戦いの快楽に身を投じたい。
全てを焦土と化してもきっとこの人間は我についてくる。もうそれで良いのではないか、すべきことを忘れて、肉体の欲のままに動いても良いのではないか。本気で楽しんでも――。
ああ。ああ。ああああ。――ああ!
鋼黒竜ヴェガドは
その先に、人間の娘がいることを忘れて――思うままに
――しまった! つい!
ヴェガドが気づいたときには遅かった。ミューゼアに向けて炎が迸り出たのだった。
◇◆◇◆
はははははは! 本気になったかヴェガド!
ついにミューゼア嬢が居る方向に向かって
追い打ちの一撃を狙おうとした一瞬だった。一瞬だけ、俺は彼女が隠れている方向を横切ってしまった。そこを狙ったように、ヴェガドが俺への
嬉しかった。やってやった、してやったと思った。だが。
避けたらミューゼア嬢が無事では済まない。
しまったなぁ、今度は俺が全てを捨てることができない番だ。
「ギ、ギリアムさまっ!?」
「んがおぉぉおぉおーっ!」
大剣を回転させて、超高熱の
風で膜を作り、防護。熱を横に逃しながら身を焼かれるがままに、防護。空気が足りない、もっとだ、もっと膜を分厚く。大剣が高熱を帯び、持ち手ごと手が焼かれる。ただれた手の平で、俺は剣の振りをさらに大きくする。巻き込め空気を、呼び込め風を。回せ、回せ、焼けた筋肉をブチブチと鳴らしながら大剣を回せ。
「大丈夫ですかギリアムさまっ!」
「や、大丈夫大丈夫、ちょっとコゲただけ」
「少しコゲたどころじゃないです、大怪我ですよこれ! 熱で手がただれています! お待ちください、いま
「問題ないよ、全然戦える。それよりミューゼア嬢、済まない。俺は奴に宗旨替えをさせてしまったようだ。これから先は、あなたの身も安全と言えなくなった」
つい夢中になりすぎた。
倒すだけなら別に奴を本気にさせる必要なんかなかったんだよな。楽しくなると自分を忘れてしまうことがある点は、大いに反省材料。ごめんなさい。
ここから先は、彼女を守りながら戦う分だけ俺が少し不利か?
うーん、でもまあどうにかなるだろ。
なんて、お気楽なことを考えていたら。
「なにを言っているのですかギリアムさま。言いましたよね、私は運命共同体だと」
「え?」
「危険なのは承知でついてきています。私も一緒に戦わせてください」
俺の手に
俺は苦笑しようとして、身を正した。ミューゼア嬢が真剣な顔をしていたからだ。
真剣な申し入れには、真剣に答える必要がある。俺は諭すような声で言った。
「気持ちは嬉しいですが、あなたではこの戦いについてこれないと俺は思いますよ?」
「戦えます。言ったはずです、いざという時にギリアムさまを守れるのは、私だけだと」
「んー、なにかなさるおつもりで?」
「はい。見ていてくださいギリアムさま」
しまったな。興味が湧いてきてしまった。ミューゼア嬢がなにをなさるつもりか、気になって仕方ない。こうなると、俺は自分の欲求に勝てないんだ。
「わかりました」
俺は笑ってみせた。ミューゼア嬢のイイトコ、見ってみたい! ヒューヒュー!
「その、口笛になってない口笛はやめてください!」
はいすみません。
俺はその後、ミューゼア嬢に言われるがまま数歩下がる。
彼女は前に出て、鋼黒竜ヴェガドと対峙した。
「鋼黒竜ヴェガド。私の言葉を理解できているのでしょう? 喋ってみせたらどうですか」
え? ヴェガドが言葉を? 竜が?
どういうことだ、竜は言葉を発したりしない。ましてや人の言葉を理解する竜なんて――。
「……何故、我が人語を解することを知っている?」
って、えええ!?
ヴェガドが喋った。竜が人の言葉で喋った!
「私はこの世界のことなら大抵なんでも知っています。だから、あなたが『宝』を守るモノだということも周知しているつもりです」
「……あながちデタラメを言っているわけではなさそうだ。聞こう、貴様は我になにを言おうとしてるのか」
「私たちは、たぶんあなたが食べたであろう『大黒魔石』の力に困っています。その魔石は、魔物を呼びよせてしまう。この土地が魔物だらけなのは、その魔石が原因」
ミューゼア嬢は語ったのは、要するに平和裏にこの土地から出ていってくれないか、という話だった。魔石を食べたヴェガドがここから去れば、魔石を壊さずとも――つまりヴェガドを倒さずとも、大黒魔石をこの地から排除できるから、という提案だ。
「残念だが人間の娘よ、それは出来ない。我はこの地に宝が現れるのを待っている身ゆえ」
そらそうだ。断られて当然だろう。
奴の断る理由には少し驚いたが、さておき横に置いといて、ミューゼア嬢はどうするつもりか。
腕を組んで二人のやりとりを聞くに徹していると、彼女は少し考えてこう言った。
「でしたら私と戦って貰います」
「貴様が? 我と?」
「はい。もし私が勝ったら、提案を受け入れてください」
「貴様に我と戦えるだけの力があるようには我には見えぬのだが」
激しく同意。ちょっと無理筋すぎませんかミューゼア嬢?
「私の力は戦闘力ではありません。『知っている力』です」
「なんだと? 『知っている力』?」
「はい。ヴェガドさま、ぜひ私の土場での勝負をお願いします」
ヴェガドは何かを考えているようだった。
しばらく返事をせず、虚空を見続ける。
「……我は人の不殺を自らに課していた。それは、この地にいずれ現れる『宝』の信頼を得るため」
そう言って俺を見た。
「その枷を忘れて、つい戦いに夢中になり娘の存在を忘れて火炎を吐いてしまった。そこの人間が居なければ、きっと人を殺めてしまったことだろう」
わかっていた。別にミューゼア嬢を狙ってのことではなかったことくらい。
夢中になりすぎただけ。俺との戦いに。
力いっぱい戦うことへの誘惑は果てしない、その誘惑が、一瞬奴の自制心を超えてしまったわけだ。
「貴様たちには借りがある。不殺を貫くことができた借り、だから乗ってやろう娘よ。どう我と戦うというのだ」
「
なにそれ? 初耳。ヴェガドもそうだったらしい、すぐに聞き返した。
「
「はい。口で戦闘の行動を言い合います、私が使う
「……ふむ、面白い。やってみようじゃないか」
「本気の戦いでお願いします」
「ふふん、生意気なことを言う娘だ」
ミューゼア嬢とヴェガドの
大丈夫なのか? と思っていると。
彼女は一瞬俺の方を振り向き、
「大丈夫です。すぐ終わりますよ」
そう言った。すぐ終わる? どういうことだろう。
俺が目を丸くしていると、彼女は大きな声で言った。
「一手。ヴェガドさまの用意している、『鉱鱗爪撃』を避けざまに
「ふむ。……先の戦いの初手を見ておっただけあるな、その攻撃受けよう。それでは次はこちらの一手であるか、さてどうするか」
思案するヴェガド。そのとき、ミューゼア嬢が声を出した。
「そちらの攻撃は、突進攻撃でございましょう? ヴェガドさま」
「……なに?」
「違いますか。違う予定だったのでしたら、そう言ってくだされば」
「いや……、突進するつもりであった」
「こちらの二手。突進攻撃を読んで
なんだこれ? なんか様子がおかしい。
なんで彼女は、ヴェガドの行動を読むことができたんだ?
「むむぅ、では次の一手は……」
「
「ぐぬっ!?」
「違いますか?」
「……違わぬ。その通りだ」
首を落としたヴェガドに向かって、ミューゼア嬢は朗々とした声で告げる。
「三手。羽ばたきで距離を取ろうとするヴェガドさまの行動を先読みして、距離を詰めた上で
俺は言葉を失った。ヴェガドもだ。奴は喋らなくなった。しばらくして、ミューゼア嬢が口を開く。
「四手。|火炎の息を吐く前に
ヴェガドも俺も、動けない。ミューゼア嬢だけが口を開いて続けた。
「五手――」
続けた。
「六手――」
続けた。
「七手――」
続けた。森の広場に、
「八手――」
そして。
「九手。最後の力を振り絞って、死力技『
「何故だ!」
鋼黒竜ヴェガドが吠えるように叫んだ。
「何故貴様は、我の考えた行動の先を全て読み切ることができる!?」
彼女の予測は全て当たっていたのだ。
言葉も出ない。
「しかも『
「言ったはずですよ。私は『この世界のことなら大抵なんでも知っている』と」
「それは……どういう意味なのだ」
「ゲームの攻略法――プログラムされた行動パターン、と言ってもヴェガドさまにはお分かりにならないでしょう。今回のは予知、とでも思って頂ければ。あなたが本気になったときの攻撃を、私は知っています」
「予知……、まさか貴様、いえ、あなたは……予言の巫女?」
明らかに動揺したヴェガドが、巨体を一歩下がらせた。
「そのような者ではありません。ただ運命に抗おうとする、小さな娘です」
「間違いない……そうですか、あなたが」
ヴェガドが頭を地に伏せた。
「我は鋼黒竜ヴェガド、創造神カーの命によりあなたをこの地にてお待ちしておりました」
えええ。
ど、どういうことだ!?