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第7話 シミュレーション


 これで何度、奴の火炎息ブレスを躱しただろう。俺を外した炎が背後の森を焼き、瞬時に木々を炭にする。

 動作の早いヴェガドの攻撃を避けるのは至難だ。だがそれがいい。骨を軋ませ、肉を震わせ、頭の中のイメージ通りに身体を動かせたとき、俺の中に至福が溢れ出る。


 剣をこう振れば――そう、奴は鉱石の鱗で受け流す。だから俺は、受け流されること前提で重心をコントロールし一歩深い間合いを奪いに動く。


 が、それもヴェガドに読まれていた。奴は俺の接近を嫌って身を捻り、大きな羽根を羽ばたかせることで一瞬空中へと逃れる。


 楽しいなぁ、ヴェガド。おまえも楽しんでいるか?

 楽しんでいるよな。何故ならおまえは、今もしっかり戦いに縛りを入れている。絶対に、ミューゼア嬢が居る方向へは火炎息ブレスを吐かないよな。


 なぜおまえが人を殺さないのか、興味はある。

 だけど今は、それ以上におまえを叩きのめすことに俺は夢中だ。


 楽しむの意味を変えてやろうじゃないか。

 余裕を持って戦っているおまえに、本当の意味での楽しみを教えてやる。


 何年分もの時間を凝縮したような会話を、いま俺たちはしているんだぜ?

 奴を倒すために、俺は研鑽してきた。


 おまえにもわかるだろう? この技の意味が。

 おまえを倒すために、その為だけに編み出した必殺技だ。


 ――俺は、おまえに夢中だったんだ。


大地を揺るがす一撃レビ・デアドス!」


 空中に逃れようとしたヴェガドの腹に、俺は必殺技をお見舞いしたのだった。



 ◇◆◇◆


 鋼黒竜ヴェガドは、ギリアムが繰り出してきた『剣による打撃』を受けて知った。

 この人間は、『我と戦うために命を費やしてきた』のだ、と。

 人間の時間は短い。その短い時間を消費して技を磨いたのだ、我のために。


 苦悶に悶えながらも、応えたい、と思った。

 全力を出して、森を焼き尽くして、世界を焦土に変えて、その先にあるものが全ての破滅であったとしても、能力の限りで戦いたいと思った。


 だがそれは出来ない。

 ヴェガドには自分の『役割』として課されたことがある。

 自らが存在する意味が、そこにはある。


 だから我はそこにいる女に向かっては絶対に火炎息ブレスを吐かないし、貴様を殺すこともない。決して貴様が費やしてきた『時間』を軽んじているわけではない。我には出来ぬことがある、これを弱さというのならば、受け入れるしかない。


 我は『役割』のために生きてきた。この地に居座ったのもそのためだ。

 宝を守れと創造神に命を受けた。『宝』――やがてこの地に現れるであろうという『予言の巫女』を。


 そのためだけに、我は――!

 ヴェガドは大きく羽ばたきなおして、ギリアムから距離を取ろうとした。この人間は、とカツカツと奥歯を鳴らして笑ってみせるヴェガド。


 ――この男は今、我と対等に会話をしている。手にした剣を翻訳の筆として、種族を超えての対話を申し込んできている。

 曰く、おまえを倒す。曰く、おまえの上を行く。


 この男は我の行動の先を読み、先を読み、先を読み。

 我もまた、この男の行動の意味を読み、意味を読み、意味を読み。

 思考を肉体の動きに変えて、会話をしている。肉体言語で会話している。


 身が震えた。ああ、全てを放り出して、戦いの快楽に身を投じたい。

 全てを焦土と化してもきっとこの人間は我についてくる。もうそれで良いのではないか、すべきことを忘れて、肉体の欲のままに動いても良いのではないか。本気で楽しんでも――。


 ああ。ああ。ああああ。――ああ!


 鋼黒竜ヴェガドは火炎息ブレスを吐いた。

 その先に、人間の娘がいることを忘れて――思うままに火炎息ブレスを吐いた。

 ――しまった! つい!


 ヴェガドが気づいたときには遅かった。ミューゼアに向けて炎が迸り出たのだった。


 ◇◆◇◆


 はははははは! 本気になったかヴェガド!

 ついにミューゼア嬢が居る方向に向かって火炎息ブレスを吐いた!


 追い打ちの一撃を狙おうとした一瞬だった。一瞬だけ、俺は彼女が隠れている方向を横切ってしまった。そこを狙ったように、ヴェガドが俺への火炎息ブレスを吐いたのだ。


 嬉しかった。やってやった、してやったと思った。だが。

 避けたらミューゼア嬢が無事では済まない。


 しまったなぁ、今度は俺が全てを捨てることができない番だ。


「ギ、ギリアムさまっ!?」

「んがおぉぉおぉおーっ!」


 大剣を回転させて、超高熱の火炎息ブレスを正面から受けてみせる。

 風で膜を作り、防護。熱を横に逃しながら身を焼かれるがままに、防護。空気が足りない、もっとだ、もっと膜を分厚く。大剣が高熱を帯び、持ち手ごと手が焼かれる。ただれた手の平で、俺は剣の振りをさらに大きくする。巻き込め空気を、呼び込め風を。回せ、回せ、焼けた筋肉をブチブチと鳴らしながら大剣を回せ。火炎息ブレスを弾け!


「大丈夫ですかギリアムさまっ!」


 火炎息ブレスを弾き終わった直後、木陰からミューゼア嬢が飛び出してきた。


「や、大丈夫大丈夫、ちょっとコゲただけ」

「少しコゲたどころじゃないです、大怪我ですよこれ! 熱で手がただれています! お待ちください、いま回復魔法ヒールを掛けますから!」

「問題ないよ、全然戦える。それよりミューゼア嬢、済まない。俺は奴に宗旨替えをさせてしまったようだ。これから先は、あなたの身も安全と言えなくなった」


 つい夢中になりすぎた。

 倒すだけなら別に奴を本気にさせる必要なんかなかったんだよな。楽しくなると自分を忘れてしまうことがある点は、大いに反省材料。ごめんなさい。


 ここから先は、彼女を守りながら戦う分だけ俺が少し不利か?

 うーん、でもまあどうにかなるだろ。


 なんて、お気楽なことを考えていたら。


「なにを言っているのですかギリアムさま。言いましたよね、私は運命共同体だと」

「え?」

「危険なのは承知でついてきています。私も一緒に戦わせてください」


 俺の手に回復魔法ヒールを掛けてくれていたミューゼア嬢が、俺の顔を見る。

 俺は苦笑しようとして、身を正した。ミューゼア嬢が真剣な顔をしていたからだ。

 真剣な申し入れには、真剣に答える必要がある。俺は諭すような声で言った。


「気持ちは嬉しいですが、あなたではこの戦いについてこれないと俺は思いますよ?」

「戦えます。言ったはずです、いざという時にギリアムさまを守れるのは、私だけだと」

「んー、なにかなさるおつもりで?」

「はい。見ていてくださいギリアムさま」


 しまったな。興味が湧いてきてしまった。ミューゼア嬢がなにをなさるつもりか、気になって仕方ない。こうなると、俺は自分の欲求に勝てないんだ。


「わかりました」


 俺は笑ってみせた。ミューゼア嬢のイイトコ、見ってみたい! ヒューヒュー!


「その、口笛になってない口笛はやめてください!」


 はいすみません。

 俺はその後、ミューゼア嬢に言われるがまま数歩下がる。

 彼女は前に出て、鋼黒竜ヴェガドと対峙した。


「鋼黒竜ヴェガド。私の言葉を理解できているのでしょう? 喋ってみせたらどうですか」


 え? ヴェガドが言葉を? 竜が?

 どういうことだ、竜は言葉を発したりしない。ましてや人の言葉を理解する竜なんて――。


「……何故、我が人語を解することを知っている?」


 って、えええ!?

 ヴェガドが喋った。竜が人の言葉で喋った!


「私はこの世界のことなら大抵なんでも知っています。だから、あなたが『宝』を守るモノだということも周知しているつもりです」

「……あながちデタラメを言っているわけではなさそうだ。聞こう、貴様は我になにを言おうとしてるのか」

「私たちは、たぶんあなたが食べたであろう『大黒魔石』の力に困っています。その魔石は、魔物を呼びよせてしまう。この土地が魔物だらけなのは、その魔石が原因」


 ミューゼア嬢は語ったのは、要するに平和裏にこの土地から出ていってくれないか、という話だった。魔石を食べたヴェガドがここから去れば、魔石を壊さずとも――つまりヴェガドを倒さずとも、大黒魔石をこの地から排除できるから、という提案だ。


「残念だが人間の娘よ、それは出来ない。我はこの地に宝が現れるのを待っている身ゆえ」


 そらそうだ。断られて当然だろう。

 奴の断る理由には少し驚いたが、さておき横に置いといて、ミューゼア嬢はどうするつもりか。

 腕を組んで二人のやりとりを聞くに徹していると、彼女は少し考えてこう言った。


「でしたら私と戦って貰います」

「貴様が? 我と?」

「はい。もし私が勝ったら、提案を受け入れてください」

「貴様に我と戦えるだけの力があるようには我には見えぬのだが」


 激しく同意。ちょっと無理筋すぎませんかミューゼア嬢?


「私の力は戦闘力ではありません。『知っている力』です」

「なんだと? 『知っている力』?」

「はい。ヴェガドさま、ぜひ私の土場での勝負をお願いします」


 ヴェガドは何かを考えているようだった。

 しばらく返事をせず、虚空を見続ける。


「……我は人の不殺を自らに課していた。それは、この地にいずれ現れる『宝』の信頼を得るため」


 そう言って俺を見た。


「その枷を忘れて、つい戦いに夢中になり娘の存在を忘れて火炎を吐いてしまった。そこの人間が居なければ、きっと人を殺めてしまったことだろう」


 わかっていた。別にミューゼア嬢を狙ってのことではなかったことくらい。

 夢中になりすぎただけ。俺との戦いに。

 力いっぱい戦うことへの誘惑は果てしない、その誘惑が、一瞬奴の自制心を超えてしまったわけだ。


「貴様たちには借りがある。不殺を貫くことができた借り、だから乗ってやろう娘よ。どう我と戦うというのだ」

口頭疑似戦闘シミュレーションで」


 なにそれ? 初耳。ヴェガドもそうだったらしい、すぐに聞き返した。


口頭疑似戦闘シミュレーション? それは、どういうものだ?」

「はい。口で戦闘の行動を言い合います、私が使うユニットはギリアムさまです。その行動が適正に可能かどうかの判断が揉める場合は協議にて成否を決めます」

「……ふむ、面白い。やってみようじゃないか」

「本気の戦いでお願いします」

「ふふん、生意気なことを言う娘だ」


 ミューゼア嬢とヴェガドの戦いシミュレーションが始まった。

 大丈夫なのか? と思っていると。


 彼女は一瞬俺の方を振り向き、


「大丈夫です。すぐ終わりますよ」


 そう言った。すぐ終わる? どういうことだろう。

 俺が目を丸くしていると、彼女は大きな声で言った。


「一手。ヴェガドさまの用意している、『鉱鱗爪撃』を避けざまに大地を揺るがす一撃レビ・デアドス

「ふむ。……先の戦いの初手を見ておっただけあるな、その攻撃受けよう。それでは次はこちらの一手であるか、さてどうするか」


 思案するヴェガド。そのとき、ミューゼア嬢が声を出した。


「そちらの攻撃は、突進攻撃でございましょう? ヴェガドさま」

「……なに?」

「違いますか。違う予定だったのでしたら、そう言ってくだされば」

「いや……、突進するつもりであった」

「こちらの二手。突進攻撃を読んで大地を揺るがす一撃レビ・デアドス


 なんだこれ? なんか様子がおかしい。

 なんで彼女は、ヴェガドの行動を読むことができたんだ?


「むむぅ、では次の一手は……」

大地を揺るがす一撃レビ・デアドスを警戒した羽ばたきで距離を取ろうとなさいます」

「ぐぬっ!?」

「違いますか?」

「……違わぬ。その通りだ」


 首を落としたヴェガドに向かって、ミューゼア嬢は朗々とした声で告げる。


「三手。羽ばたきで距離を取ろうとするヴェガドさまの行動を先読みして、距離を詰めた上で大地を揺るがす一撃レビ・デアドス


 俺は言葉を失った。ヴェガドもだ。奴は喋らなくなった。しばらくして、ミューゼア嬢が口を開く。


「四手。|火炎の息を吐く前に大地を揺るがす一撃レビ・デアドス


 ヴェガドも俺も、動けない。ミューゼア嬢だけが口を開いて続けた。


「五手――」


 続けた。


「六手――」


 続けた。


「七手――」


 続けた。森の広場に、滔々とうとうと響き渡るミューゼア嬢の声。俺はいつの間にか、それに聞き入っていた。


「八手――」


 そして。


「九手。最後の力を振り絞って、死力技『最終戦争ラグナロク』を繰り出そうとするヴェガドさまに――」

「何故だ!」


 鋼黒竜ヴェガドが吠えるように叫んだ。


「何故貴様は、我の考えた行動の先を全て読み切ることができる!?」


 彼女の予測は全て当たっていたのだ。

 言葉も出ない。


「しかも『最終戦争ラグナロク』は、我が死を賭す最大の技、何故知っておる!?」

「言ったはずですよ。私は『この世界のことなら大抵なんでも知っている』と」

「それは……どういう意味なのだ」

「ゲームの攻略法――プログラムされた行動パターン、と言ってもヴェガドさまにはお分かりにならないでしょう。今回のは予知、とでも思って頂ければ。あなたが本気になったときの攻撃を、私は知っています」

「予知……、まさか貴様、いえ、あなたは……予言の巫女?」


 明らかに動揺したヴェガドが、巨体を一歩下がらせた。


「そのような者ではありません。ただ運命に抗おうとする、小さな娘です」

「間違いない……そうですか、あなたが」


 ヴェガドが頭を地に伏せた。


「我は鋼黒竜ヴェガド、創造神カーの命によりあなたをこの地にてお待ちしておりました」


 えええ。

 ど、どういうことだ!?



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