(シュパッ!) 俺はチームメイトからバスケットボールのパスを受けた。
(ダムダムダム!) 誰にも取れない程の低いドリブルと瞬間的なダッシュの速さでディフェンスを2人抜いた。
(タッ!) もう一人のディフェンスを少し後ろに飛びながら避けると共に正しい姿勢と真っすぐに伸びた右手でボールを投げた。
その瞬間、体育館中を支配していたキュッキュッという音が消えた。みんなも放物線を絵描き宙を舞うボールに注目していた。
(タシュッ!) まるでそこに吸い込まれることが最初から決まっていたかのようにゴールのリングにもかすらず、バスケットボールは内部のネットを揺らした。スリーポイントシュートだ。
「やったー! 豊田くんがシュートまた決めた!」
「鈴木と本田はバスケ部だろ! なんで止められないんだよ!」
「まじか、あそこからスリーポイントとか!」
「あのジャンプショットってNBAかよ! ステフィン・カリーかよ!」
この世界に再び音が戻ったかのように急にみんなが歓声を上げた。
クラスメイト達が喜んでくれている。ただ勝つだけじゃなくて、その中であっと言わせる技とか動きを盛り込めた。
(ピピ―っ!) おっと、ここでタイムアップ、試合終了だ。
俺はチームメイトとハイタッチして勝利を喜んだ。……とはいえ、これは体育の授業の一環。ここは学校の体育館だし、広い体育館の三分の一ほどを使っての試合は相手チームもクラスメイトだ。
相手チームともグータッチでいい試合ができたことを喜び合った。
「ほらっ!」
松田が俺にタオルを投げてくれた。試合に負けたことはそれなりに悔しかったらしく、口元は一文字に結ばれている。それでも、納得している部分もあるのだろう。わざわざ俺にタオルを渡してくれるその行動にその辺りの心情が込められているようだ。
「サンキュ」
俺はそれを受け取り、汗を拭う。
「「「きゃー!」」」
それだけで黄色い感性が周囲から聞こえた。
ここまでで、俺は間違いなくクラスの人気者と言っていいだろう。実際青春してるし背が179!
ただ、俺は知っている。これが本来俺がいた世界とはまるで違うことを。そして、俺は生まれ変わった……転生なのか、転移なのかよく分からない。
最後には病院で動けなくなっていた俺がある日、目を覚ますとこの世界にいたのだから。
そして、俺に都合のいい世界。絶対、この世界は物語みたいなもので、そこには「作者」がいて俺はそこの主人公だろう。「作者」が意図的に俺が活躍できる場を準備している節がある。
今日のバスケだってうちのクラスにはバスケ部が2人もいる。それなのに2人とも相手チームとかあり得ない。絶対的に不利な状況を作り出されていて、そして俺はバスケ未経験で何の知識も経験もないときた。絶体絶命だ。
それでも、俺にはこれがあった。
俺は首の後ろ、うなじの辺りから一つの「デバイス」を取り出した。
これがこの世界では当たり前の「アビリティ」。
能力が詰まったカセット……それが「アビリティ・デバイス」だ。
この世界は俺の知る世界と基本は変わらない。ただし、この「アビリティ・デバイス」が違う。
人は素養がある人間とそうでない人間に分けられている。素養がある人間はうなじの辺りに「スロット」と呼ばれるアビリティ・デバイスを入れるデバイス・リーダーを身体に取り付ける。
外科手術的に! ダメだろ! アウトだろ! 炎上案件だろ!
でも、この世界ではアリとなっている。「作者」はそこら辺、恐れなかったのか……。
デバイス・メーカーはココモ、アウ、アビリティバンクの大手3社に加え、新興のイージーデバイスの4社がある。なんか、微妙に携帯メーカーみたいだ。
それでも、人間のうなじにデバイスリーダーを直接付けるって! 脊髄に直接アビリティを流し込む仕様らしいけど、もー、怖いわ!
あと、手術費用が割と高額なので、アビリティ・デバイスを使えるのは、素養があって、かつお金持ちである必要がある。
そして、この「アビリティ第一学園」にはデバイス・リーダー持ちばかりが集まっている。いわば、エリート高校だ。
それで、俺に都合のいい設定として、俺にはリーダー・スロットがない。ただし、アビリティ・デバイスはうなじの辺りで吸い込まれるように入っていき、通常通り読み取れる。
人はアビリティ・デバイスで自分に合った能力を一つ高めることができる。それに対して、俺は2つのアビリティ・デバイスを同時使用できるってチートがある。
どうせなら、剣と魔法も付けてくれたら良かったのに、作者はそこら辺が分かってない! なんだよ! アビリティ・デバイスって!
リアリティ! お前はうなじにデバイス・リーダーが付いてた経験があるのかよ! 拒絶反応とかでかぶれたり、痛くなったりするエピソードとか書けるのかよ!? 編集の人、なんか言わなかったのか!?
うなじにデバイス・リーダー付いた女の子がかわいいとか思えるのかよ!?
「作者」はその辺り分かってない!
「雄大! 早く着替えてジュース飲みに行こうぜ!」
おっと、「作者」バッシングに思いを馳せてたら、鈴木に肩をたたかれた。なんだよ、このいかにも青春してます的な状況。
中身は引きこもりの寝たきりの中年だっつーの! 高校時代なんか丸ごと黒歴史みたいなもんだったし、こんなリア充に囲まれた世界観はどうにも落ち着かない。
「私も!」
俺の体育着のシャツの裾を引っ張るのはアルノ。いや、これはアルト……から来てないか!? 「作者」は車好きか!? アルトにしたかったけど、女の子名で「アルノ」か!?
栗色のショートボブは妹属性も感じられ人気のクラスメイトだ。
大体、俺は生前に幼馴染の女の子とかいなかったし! なんだよ、このご都合主義! ラノベか!? この世界、マンガかと思ってたけど、ラノベなのか!?
「私も行く!」
また増えたよ。こっちはリーフさん。学園主席入学の才女であり、黒髪ロングヘアーの正統派ヒロイン枠だろう。
この人は俺の転生前の世界にもいた人で雲の上の人すぎて、同じクラスってだけで恐れ多い。俺が主人公であるなら、この人には近寄れないからヒロインとしての役割は満たせない可能性が高い。高嶺の花も高嶺すぎて俺では到底たどり着けない高さってところか。
ここで転生前の俺について確認しておきたい。