俺がまだ転生する前……。俺は病院のベッドにいた。歳はいくつだっただろう……40代だったことくらいまでは覚えているのだけど。
四人部屋で白を基調とした室内。ベッドの上だけが俺の空間だった。音はほぼしなくて時折遠くのナースステーションがあわただしくなる程度。においも病室では薬品のにおいすらもしなかった。
医者が言うには「閉じ込め症候群」だったか「施錠症候群」だったか……。俺の首から下は動かない。全身麻痺ってやつだ。暑いも寒いも感じない。
つねられて痛いとか、くすぐられてくすぐったいとか、そんなのも一切なかった。
指の一本も動かせなかったから、ご飯もトイレも全部病院の人にやってもらわないと生きていけなかった。身体の感覚がないと恥ずかしいとかも緩和されるのな。俺の見えない所でごそごそされていても意識を別に逸らせることができる。それだけが唯一の救いだった。
たとえ鼻の頭が痒くなったとしても誰かにかいてもらわないといけない存在。俺は毎日自分の存在意義について考えていた。
何かを生み出すわけじゃない。楽しい話をするわけじゃない。日々弱って行って、死ぬのをただ待つだけの存在。
俺が1日生きるためには実に多くの人の苦労が必要だった。費用だって普通の入院とは桁違いに高いだろう。
人間、動かないと筋肉や骨も次第に弱っていく。そして、いつかは死ぬ。俺はただその時を待つ……そんな存在だった。
人は死ぬ前に走馬灯を見るという。これまでに経験した色々な場面を一瞬のうちに思い出して、その場面を見ているような感覚だという。
大学は行けなかったし、行くのが怖かった。なんとか入った会社は絵に描いたようなブラック企業で、ここでも毎日死ぬことを考えていたかもしれない。
毎日短睡眠でボヤーっとしてたから、それすらもあやふやだ。
俺の高校時代なんて丸ごと黒歴史。3年間イジメられて過ごした。人間不信を拗らせたのはあそこだろう。
死ぬことなんか毎日考えていたし、それができないのは単に意気地がないからだと思ってた。
小中高となんのスポーツもしなかったし、趣味と言えばマンガとアニメ。小説すら読まなかった。
考えてみたら、友達らしい友達もいなかったし、幼馴染なんてものもいなかった。
毎日毎日、あのとき、ああしていれば、このときは、こうしていれば……と、俺の思考は過去に過去に向かっていた。新しく入ってくる情報は少ない。過去のことを悔いるのが俺の日常だった。
死んでないだけの屍……。結局、全身麻痺で動けないのは俺にお似合いの最期だったのかもしれない。
絶望が心を支配したとき、それは起こったんだ。
目を開けたら……いや、気づいただけかもしれない。瞬きをした次の瞬間だったのかもしれない。目を瞑って、また開いた瞬間には全てが変わっていたんだ。
そこは、高校の入口……校門前だった。俺はそこに立っていた。
春のやわらかい日差しは確実に俺の頬に温かさを伝えていたし、風で舞い散る桜の花びらは晴れた日の午前中に降る雪のようにも見えた。新緑のにおいも俺の胸に届いていたし、周囲の喧騒も俺の耳に届いていた。
震える手を見てもちゃんと動く。自分の足で立っている感覚もある。
それは夢じゃなかった。俺の五感の全てが現実を理解していた。
桜が舞い散る中、俺は今日からこの「アビリティ第一学園」に入学することになっていたんだ。
いやいやいや。「作者」よ! もう少し説明がないと分からないから! いきなり高校の前に立たされている俺の身にもなってみろ!
高校の外観は俺が通学した高校と同じだった。でも、校門に書かれた学校名は全然違う。
「アビリティ第一学園」
制服も学ランだったのが、ブレザーだし! 憧れのブレザーだから! 俺の願望を盛り込み過ぎだから!
普通、入学式だったら親が一緒に来るでしょう!? そして、校門の前に行列を作って記念撮影が今の日本のリアルでしょ!?
「作者」は子供とかいないのか!? 経験がないから知らないんだな!? 高校の入学式を知らないってことは、中学生!? 「作者」は中学生だな!? あー、確かにこの世界観は中二病真っ盛りって感じ。ちょっと待って! 「作者」は中学生なの!?
いや、単に高校の入学式に行かなかったか、入学式とかどうでもいいとか思ってるやつってことか!? そんなことはどうでもいいから、とにかくリアルさを求めろよ! 追及しろよ!
そうだ。ここら辺で俺は「作者」の存在を気にし始めたんだ。最初は俺が「作者」で俺の妄想とか、幻想とかだと考えもした。俺にとってあまりにも都合のいい世界だったから。
でも「アビリティ・デバイス」とかって発想は俺の中にはなかった。考えつかないものが俺の世界にあるわけがない。ここは俺ではない「作者」が作り出した俺の住む世界に比較的近いけど、同じではない別の世界だと判断した。次第に俺はそう思う様になっていったんだ。
だから、そういうときは「ゲームの中の世界」にするべきだろって! 分かってないな「作者」! 多少あり得ない設定も、取って付けたみたいに「ゲームの中の世界」ってことにしたら、読者にも受け入れられやすいだろうに……。
おっと、入学式。俺は運命に導かれるみたいに校舎に吸い込まれて行った。