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第3話:入学式とリーフさん

 俺の知る限りこの入学式は問題があり、この後大騒ぎになる。


 俺の知っている世界……「従来世界」とここ「アビリティ世界」では似ているところもあるし、違うところもある。


 例えば、俺が通ったのは「私立福岡大鶴高等学校」だった。ところが、今は「アビリティ第一学園」にいる。どうやら全然別の学校らしい。


 ところが、校舎は俺が知っている「私立福岡大鶴高等学校」のそれと同じだ。俺としては懐かしい。でも、思い出みたいにセピアな状態じゃなくて、リアルに「今」なのが心を落ち着かせないでいた。


 校門を通って新入生はバカでかい体育館に通されるのも同じ。校内には大きな桜の木があり、新入生の視界に春に降る雪のように舞っていた。


 下を見ると地面も桜色の絨毯が体育館前で新入生達を歓迎しているようだった。


 入学式には新入生だけで300人以上いて全校生徒では1000人を超えるマンモス校であるのも変わらないようだ。


 目の前の光景はあのときと変わらない。校長の長い話が始まるのも同じだ。


『ええー、当学園は中高一貫で才能のある人材を集め、さらに育てて世に輩出し続けています。そもそも、アビリティとは、その個人が元々持っている能力とそれを引き出すデバイスの性能の両輪により最大限の結果が引き出せます。我が学園では主に個人の能力を高めるカリキュラムが……』


 長い長い長い! 内容的にはこのアビリティ世界の内容が入ってるから、今初めて聞く内容だろう。校長も見たことが無い。もっとも以前の世界でも校長になんか興味はなかったので、覚えてすらいないのだけど。


 おっちゃんの話が眠くなるのは、その内容のつまならさなのか、声質なのか、調子なのか……。そういえば、ブラック企業務めのときも会議のとき、部長の話は聞いてて眠かった。


 そして、俺の生きていた「従来世界」では、この後新入生代表が校長に入学の挨拶をする。その新入生代表は貧血で倒れて頭を打つんだ。よりによって目の前の教卓の角で。


 その後しばらく動かなくて、みんなも何が起こったか理解するまでに随分時間がかかった。


 しばらくして、我に返った教師が保健室の先生を呼んで来るまでにまた時間がかかり、後に障害が残ったんだ。


 彼女は自信を無くして、目の光がない暗い顔になった。俺とは別のクラスだったけど、それでも遠くで見ていただけでそれが分かるほどには激変した。


 そして、1年生のカリキュラムが終わる頃には彼女は学校に来なくなっていたんだ。


『謝辞! 1年A組ヤマトリーフ』


 そよ風に揺れる風鈴の鈴の音の様な心地いい声音。広い体育館に彼女の声が通った。マイクを通しても分かるほど緊張しているのは伝わるけれど、第一声で惚れた。多分、彼女はこの物語のヒロイン。誰もが好感を持つ素質を備えた特別な存在だろう。


 彼女の名前はヤマトさんか。ヤマト、ヤマト……そんな車の会社はないな。宅配便しか思い浮かばない。でも、リーフ……。日産か? 日産……日本産業……日本……ヤマト!? いや、それは遠いだろ「作者」! 日産のことはヤマトとか言わないし!


 そんなバカなことを考えつつも、俺は比較的前の席を確保していた。幸い、新入生の席はどこでもいいみたいで俺は前の方を選んでいたのだ。普通は真ん中とか後ろから埋まっていく。だから、教師たちは前から詰めるように言うはずだけど、この世界はゆるいらしい。「作者」、こういうとこだぞ。お前はリアルを分かってない。


『私達、新入生312人はこの新しい学び舎で、勉強や新しい生活を始めることに心を踊らせています。また、先輩方の……』


 こういう式とかで言うセリフって誰が考えてるんだろう。言う人は主席ってことだから、成績一番の人ってこと。入学前に「入学生挨拶をお願いします」とか事前に申し出とかがあるんだろうか。俺にはそんな連絡来たことがないぞ。優秀なんだろうなぁ、リーフさん。


『ときには迷うことも……ことも……あると……』


 瞬間、ヤバいと感じた。俺の記憶でも彼女はそんなことを言ってるときに倒れたのだから。


『あ……』


 ガタッと姿勢が崩れた次の瞬間、俺は彼女の身体を支えていた。もちろん、体育館の一番前の席から前方のステージまで走ってきて、段を上がって彼女の後ろに立ち、彼女の頭が教卓に当たるより前に少し後ろに引いて身体を支えたのだ。


 俺は片手で彼女の身体を支えつつ、入学生挨拶の続きを言ってその場のトラブルを最小限にすることを考えた。


『ときには迷うこともあると思いますが、そのときは先生方、先輩方に道を指し示していただけたらと思います。これにて入学生挨拶とさせていただきます』


 リーフさんの意識はある。ただ貧血で力が入らない状態。身体の中のエネルギーを使い果たして動けないようなもんだ。美少女が液状化しているようだった。


 俺は彼女を抱きかかえてステージを飛び降りた。いわゆる、お姫様抱っこってやつか。


『『『きゃーーーっ!』』』


 なんか黄色い声が聞こえるけど、なんだ!? リーフさんのパンツとか見えちゃったか!? 俺も両手塞がってるんだ、一瞬なら許してくれ! こっちは緊急事態なんだ!


 ザシュッと力強く着地したら、俺は保健室に走った。保健室にはリリナちゃん……じゃなかった川崎先生がいるはずだから。


 それにしても、お姫様抱っこって初めてやったけど、抱っこされてる人がしがみついてくれないと抱きかかえにくいし、重たい! 初めて知ったよ! 以前の人生を動員しても初めての経験だから知らなかったよ!


 多分、それを言ったらリーフさんに正拳突きされるだろうな。俺は「重たい」関係のワードを封印した。


「リーフさん、もうちょっと待ってね。今、保健室に連れてってあげるから」

「あり……」


 貧血ってのは、しゃべるのもままならないほどになってしまうのか。まあ、気持ちは伝わっからOKだ。


「大丈夫だよ。今は静かにしてて。しゃべったら舌噛むかも」


 これは一度は言ってみたいフレーズの一つかも!? もしかして、これから先にも「ここは俺に任せてお前達は先に行け!」とか「前の車を追ってください!」とか言う機会があるのかな。


 一応、本当に舌を噛まないように俺は走るのではなく、小走りくらいで進んだ。もちろん、リーフさんを落とさないようにしっかりと包むようにして抱きかかえたまま。


 途中、会話に困ったけれど、黙っていると多分リーフさんが不安になると思って、色々話した。「リーフ」って名前はかわいくて、カッコよくて、スマートですねとか訳の分からないことを言ってドン引きされた。


 そんなバカなことを考えていたら保健室に着いた。ドアをとても上品に足でバーンと開け、中に入った。


「先生! 貧血です! お菓子食べてないでベッド貸してください!」

「え!? ええ!? あっ! はい!」


 保険医の川崎先生は案の定、自分の机でお菓子を食べていた。俺の登場で一瞬泡食ったようだったけど、リーフさんを見たら目つきが変わった。単なる「おさぼり保険医さん」から仕事モードに切り替わったかのようだった。


「こっちに!」

「はい!」


 俺はリーフさんを案内されたベッドに静かに横たえた。ベッドはちゃんと真っ白で新しいシーツだったし、掛布団も準備されていた。いつでも使えるように常に準備されているのを「従来世界」の経験で俺は知っていた。


「体育館で倒れました。あとよろしくお願いします」

「はい! 任されました!」


 リーフさんを任せて俺は体育館に戻ることにした。

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