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第19話:心の距離とぞわぞわ

「おはよう……」

「あら、おはよう。ご飯できてるわよ」


 母さんが朝食を作ってくれていた。朝食のメニューはトーストと目玉焼き。そして、2本のソーセージ。


「疲れた顔。寝られなかった?」


 そりゃあ、一晩中「魔空空間」に落ちていたのだ。朝までにレベル12まで行ったよ。ドラクエだったら「ベホイミ」を覚えているころ。でも、俺は何も覚えちゃいない。ひたすら真っ暗な中で、スライム的なやつを踏みつぶすだけ。本当の意味で「修行」だった。


「まあ……ね、ちょっと変な夢見て……」


 誤魔化し方としてはこんな感じか。


 よく考えたら、制服の上はおっさんに貸したままだし、シャツは血まみれのまま。今日くらい私服で行っても許されるだろう。


 適当の朝食を食べていると、母さんがやたら不安そうな顔をしているの気が付いた。


「母さんこそひどい顔してない?」

「え? そ、そう……? 今日も帰って来るわよね?」


 昨日ちょっと遅くなったのが気に入らないのか、不安なのか。


「昨日はたまたまだよ。今日は普通に帰って来る」


 何気ないこの会話の本当の意味を知るのはその日の夜だった。



 〇●〇


 教室に行くと、ブレザーの上着を着ていないメンバーが4人いた。昨日事故に当たった4人だ。俺と本田、アルノにリーフさん。鈴木は連絡係だったし、上着は着たままだったから、ちょっと汚れたくらい。


「うえーい!」


 本田がグータッチを求めてきた。俺も一応グーを出してやつのグーとタッチさせた。


「まさか全部私服かよ」

「まあな」


 俺の制服のズボンはよく見ると血が付いていたので、シャツと共に母さんがクリーニングに出してくれることになっていた。だから、適当な私服での登校だった。


 本田は、ズボンが制服のやつ。アルノはブレザーが無いだけで、シャツとスカート姿。上はパーカーを羽織っている。


「雄大、あの後、どうなったの?」


 そう言えば、アルノは救急車に乗らずに帰ったんだった。多分、先生が来るまでの時間はアルノに色々と話す時間になるのだろうな。


「おはようございます」


 挨拶をしてくれたのはリーフさん。驚いたのはリーフさんは上から下までしっかり制服だった。リーフさんも割と血が付いていたと思ったし、ジャケットはおっさんに貸したままだと思うんだけど……。


「おはよ。リーフさん制服?」

「あ、はい。洗い替えがあったので」


 シャツの洗い替えは聞いたことがあったけど、ブレザーとスカートまであるもんなんだ。制服って割と高いよ? すげえなぁ。


「とりあえず、あのおっさん大丈夫だったよ。包帯ぐるぐるだったけどな」


 本田が同意を求めてきた。きっと、言っているのは俺にではなく、アルノとリーフさんにだろう。


 ここで気が付いた。空気というか、言語化が難しいけど、鈴木も含めて俺達5人は仲良くなった気が気がしていた。不思議な感覚。もしかして、これは……「友達」と言うやつじゃないだろうか。


 従来世界では高校3年間1人も友達がいなかった俺だ。高校内に友達がいるっていうのは、なんか変な感じ。俺はいつも通り自分の席に座っている。リーフさんも変わらない。それでも、本田は俺の目の前の教卓に座っているし、アルノは椅子だけ俺に近付いて座っている。鈴木は俺の席の後ろの席に座っている。


 なんか心がむずむずする感じ。ソワソワする感じ。俺はこの輪の中にいていいのか、落ち着かない感じ。走り出したい気持ちを抑えるのが大変なほどだった。


(ガラガラガラ)「おーし! 今日も仕事仕事……!」


 例の身長148センチの毒舌メガネ教師(20代後半独身・現在彼氏募集中)の草村先生が教室のドアを開けたところで止まった。どうした、電池切れか?


「豊田、グレたのか?」


 そうか、俺は良いことをしたと思っているので大手を振って私服で学校に来たが、草村先生からしたら突然私服で登校し始めたちょっとおかしな生徒に見ているのかもしれない。


「や、違うんだよ、先生。実は昨日の放課後カラオケでおっさんが車に轢かれて救急車に乗って警察が義病院に来たんだよ!」

「……」


 一生懸命事情を説明しようとしていると思われる本田。残念ながら草村先生は国語の教科担任でもある。その文章では100人中105人くらいが理解できないぞ。


「豊田、立って翻訳しろ!」

「イエス! マム!」


 勢いで俺は立ち上がった。


「おっさんの事故に立ち会って、服が汚れたので私服で来ましたっっ!」


 その話を聞いて、アルノの方もちらりと見た。


「よーし、分かった。ホームルーム終わったら、豊田と本田、女鈴木と男鈴木、あと……ヤマト職員室に来い! 私服の者はジャージに着替えてから来い!」

「「「イエス! マム!」」」


 すげえよ草村先生。的確に5人をピックアップしやがった。鈴木とリーフさんはちゃんと制服着てるのに。


 その後、職員室ではひたすら事情を聴かれた。俺がいた従来世界だったら写真の数枚くらいは撮っていただろうけど、この頃にはその発想すらなかった。だって、ケータイだってやっと「iモード」が出てきた頃だったし。端末にカメラが付いたのもこのころだったかも。「写メール」とか言い出したのを覚えている。


 草村先生は何度も「そのおっさん、誰だよ!?」って言っていたけど、よく考えたら俺達は誰も名前を憶えていない。なんか聞いた気もするけど、あんまり覚えちゃいないのだ。特に興味なかったし。


 それでも、病院と部屋番号は覚えている。放課後にでも顔を出してみるか、などとお小言を言われながら、俺の頭の中ではそんなことを考えていた。


 俺達5人は心の距離が近くなったと思っていたが、1つだけ変なことがあった。2時間目の授業中に左隣のリーフさんが四つ折りにした紙を渡してきた。普通に、それを渡すのが当たり前みたいに。


 なんだろう。授業中に紙が回ってくるのは見たことがある光景。ただ、従来世界では俺のところには回ってこなかったけどな。アレを開くときっと「豊田無視」とか書かれていたのかもしれない。


 なんだろう、思い出しただけで目から汁が出てきた。


 それにしても、リーフさんまでもそんな「いじめの指令」が書かれた紙を回してくるなんて。いや、それにしては紙が大きすぎないか?


 俺は誰にも気づかれないように、ゆっくりとその紙を開いた。



「放課後、教室に残っていてください」



 一言だけそう書かれていた。きれいな字で、几帳面な印象も受ける。多分、これはリーフさんの字だ。俺はリーフさんの方を見たけど、彼女は前の黒板を見ていて、俺とは目が合わない。


 普通に考えて、リーフさんが俺に何か話があるってことだよな。告白……ではないだろうし、嫌な予感しかしない1文だった。


「作者」! またお前、何か企んでるだろ! そもそも「魔空空間」とか説明もぶん投げてっからな! とりあえず、俺は「作者」に当たっておいた。

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