「セレナ、おめでとう! アレックス様と婚約なんて、ほんとうに幸せ者ね!」
煌びやかな舞踏会の会場で、友人たちがセレナ・グレイスを祝福する。彼女は、王都の貴族たちの間で「薔薇のように美しい」と評される令嬢であり、その美貌と気品で知られていた。だが、その笑顔の裏に潜む緊張を見抜く者はほとんどいない。
「ありがとう、皆さん。これからもよろしくお願いしますね。」
セレナは優雅に微笑み、礼を述べた。その心は、彼女の隣に立つアレックス・フォードに向けられている。アレックスは名門フォード家の嫡男であり、彼もまた誰もが憧れる存在だった。二人の婚約は王都中の話題となり、多くの貴族がその幸せを祝福していた。
「セレナ、僕は本当に幸運だ。君のような素晴らしい女性と共に未来を歩めるなんて。」
アレックスの声は優しく、彼の言葉にセレナの心は温かくなった。彼女の全てが、この瞬間に完璧であるかのように感じられた。しかし、その夜、全てが崩れ去るとは夢にも思っていなかった。
**◇**
夜が更け、舞踏会が終わりに近づく頃、アレックスはセレナを一人きりの部屋に呼び出した。彼女は胸の高鳴りを感じながら、彼の元へと向かった。しかし、部屋の中で彼女を待っていたのは、冷たく暗い眼差しを持つアレックスだった。
「アレックス様?どうしたのですか?」
セレナが不安げに尋ねると、彼は無表情のまま、重々しい声で告げた。
「セレナ、君との婚約を破棄する。」
「……え?」
彼女の耳にはその言葉が信じられなかった。彼が何を言ったのか、理解できなかったのだ。セレナは動揺し、彼を見つめたまま言葉を失った。
「君の家は破産寸前だ。僕が君と結婚する理由などない。」
アレックスは冷酷に続けた。彼の声には、かつての優しさや愛情は微塵も感じられなかった。代わりに、彼女をただの荷物として切り捨てる冷たい鋭さがあった。
「私たちは……愛し合っているはずじゃ……」
セレナの声は震え、瞳には涙が浮かんでいた。しかし、アレックスはその言葉に鼻で笑い、さらに追い打ちをかけた。
「愛? そんなものは幻想だ。僕にはもっとふさわしい相手がいる。君なんかに構っている暇はない。」
その言葉は、セレナの心を深く傷つけた。彼女は何も言い返せず、その場に立ち尽くすしかなかった。彼女の全ての希望と夢が、一瞬にして崩れ去ったのだ。
「アレックス様、お願いです……何か、何か誤解があるのではないでしょうか? 私は、あなたのために……」
「無駄だよ、セレナ。もう君には興味がない。」
アレックスは冷たい視線を投げかけ、彼女に背を向けて去って行った。セレナはその場に倒れ込み、涙が止まらなかった。彼女の心は、まるで粉々に砕け散ったガラスのように感じられた。
**◇**
翌朝、セレナは重苦しい気持ちで目を覚ました。彼女の視界に映ったのは、見慣れない天井だった。周囲を見回すと、それは豪華な装飾が施された部屋であり、彼女がこれまで住んでいた屋敷とは全く異なる場所だった。
「ここは……どこ……?」
セレナは混乱しながらも、ベッドからゆっくりと起き上がった。そして、部屋の中を歩きながら、自分の体が妙に軽く感じることに気づいた。彼女は鏡の前に立ち、自分の姿を見て驚愕した。
「これは……私?」
鏡に映っていたのは、10年前の自分の姿だった。セレナは、まだ少女のような若々しさを持った顔を見つめ、信じられない気持ちで立ち尽くした。彼女の記憶には、確かにアレックスとの婚約破棄があった。あの絶望的な夜を忘れることはできない。しかし、今目の前にある現実は、まるでそれを否定するかのように、彼女を10年前に戻していた。
「これは……どういうこと……?」
セレナは呆然としながらも、次第に自分が何か特別な機会を与えられたのだと理解し始めた。彼女は、前世での記憶を持ったまま過去に戻ってきたのだ。そして、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「神様が私に与えてくれた第二のチャンス……そうに違いない。」
セレナは、かつての自分の無力さと無知さを思い出し、今度こそ違う道を歩むことを心に誓った。彼女は二度と同じ過ちを繰り返さない。そして、アレックスに対して必ず復讐を果たすと決意した。
「今度こそ、私は強くなる。そして、あの男に報いを与える。」
セレナの心には、新たな決意が生まれた。彼女は過去の苦しみを乗り越え、復讐の炎を胸に抱きながら、新たな人生を歩み始めることを決意した。彼女の第二の人生が、今、ここから始まる。