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第2話 竜王に名前を付けられる

 目の前の男の話がうまく理解できなくて、考え込んだ。


(元居た世界ではない? 日ノ本ではない、ということか? では、ここはどこだ?)


 薬研藤四郎を手にした後の記憶がないから、その間に移動したのだろうか。

 どうやって移動したのかも、わからない。


「ここはリンデル王国の西の果て。この国には魔王と呼ばれる存在が複数ある。吾はそのうちの一人だ」

「りん、でる……?」


 全く聞き覚えがない地名に戸惑いを隠せない。


「恐らくお前は、突然、光か何かに包まれて、気が付いたらこの場所にいた。違うか?」


 光に包まれたかは覚えていないが、気が付いたら森の中で倒れていた。

 だから素直に頷いた。


「この世界に呼ばれた転移者。誰に呼ばれたかは知らぬが、拾ったのは吾だ。吾のモノになれ」


 随分な俺様思考だ。

 魔王とは、そういう生き物なのだろうか。


(場合によっては一国の主と呼ばれる武将もまた、気質は似ている)


 ちょっと考えてみた。

 どうやらここは、自分が知る日ノ本ではないらしい。

 それどころか、目の前の男は竜で、魔力とやらが使える。

 多少の妖術めいた技は見たこともあるが、植物や獣を操る術は知らない。


(つまりここは、俺が全く知らない別の世界。しかも、妖怪の類がいる世界に来てしまったらしい。幽世への穴にでも落ちたのか)


 信じ難いが、目の前に広がる摩訶不思議を否定も出来ない。


 で、あれば。

 このまま立ち往生していても、打開策はない。

 自分はこの世界を何も知らない。

 目の前の男は、この世界の住人、いや竜王だ。この世界に詳しいに違いない。


「戻るまでで良ければ、雇われよう。俺は元の国に戻り、この小刀を依頼主に届けねばならん」


 男が、きょとんとした。


「真面目な男だ。つまりお前は、元の国に戻りたいのだな」


 その通りだから、素直に頷いた。


「俺は草だ。いつもなら、依頼中は他の仕事を受けない。だが、ここが俺のいた国でないのなら、別件として受けるのは良いだろうと思う。どのみち戻らなければ、刀の依頼は全うできない。戻る方法を探さねばならん」


 薬研藤四郎を握り締める。

 男が小刀を、じっと見詰めた。


「ほぅ。その刀、既にお前のモノになっていると思うがな」

「? どういう意味……」

「いいだろう。吾と共に来い。吾を守れ。さすれば戻る法を探してやる」


 被せ気味に流れた言葉の方に、興味が湧いた。


「お前を守る依頼を受ければ、報酬として戻る方法を探してくれるんだな」


 確認しただけなのに、男が苦々しい顔をした。


「面倒な性格をしておるな。それで良い。ついでに衣食住を保証してやろう。この国について教えてやる教養込みだ」


 ちょっと感動した。

 報酬の方が遥かに利が多い。

 目の前の男が、とても親切な生き物に見えてきた。


「報酬の方が大きすぎる。依頼を増やしてくれ」


 男が、またも面倒そうな顔をした。


「命懸けで吾を守れと命じておるのだ。報酬の方が小さかろう。しかし、そうだな。名を聞こうか」


 男が仄暗い笑みを灯した。

 ちょっと困った心持になった。


「真命を知りたいのか? 名を縛る妖術は効果がないぞ。俺には名がない」


 男がぱちくり、と目を瞬かせた。


「俺が生まれ育った草の里の風習でな。妖術の類を警戒して名は付けないんだ。しかし、ないと困る時もあるから、そういう時はその場限りの名を名乗る」

「ならば今も、その場限りの名を名乗ればよかろう」


 男が大変不可解な顔をしている。


「ああ、そうか。言われてみれば、そうだな。しかし、それだと名は縛れないぞ」


 男が怪訝を通り越して不機嫌な顔になった。


「お前は嘘が吐けぬのか? それとも名を縛られたいのか?」


 どうなのだろうと、ちょっと考えた。


「嘘は、必要なら吐く。今は、必要ないと思った。名前は縛られてもいい。この世界で、お前以外の依頼を受ける気がないから、好きにしてくれていい」


 元の国に戻る方法を一緒に探してくれるのなら、この国での依頼主は、目の前の男一人だけだ。

 男が、ふっと吹き出した。


「面白い男だ。ならば、吾が名をやろう。与えるだけだから、縛る訳ではない。この世界でのお前の呼び名だ」

「それは助かる。誰かと行動するなら、名がないと不便だ。俺は名前を考えるのが不得手だ」

「そうだろうな、そう思う」


 男が、じろじろと全身を見回す。

 何というか、居心地が悪い。


「ちなみに、お前の名は何というんだ?」


 観られながら、聞いてみた。


「我が名は、シド=ファフニール。この世界で最も美しいと称賛される白竜よ」


 男、もとい、シドが得意げに語る。


「美しいのに勇者とやらに倒されたのか。美しいから、倒されたのか?」

「美しく強いから魔王だなんだと呼ばれて、結果、倒された。あの勇者もどきの転移者め、絶対に許さぬ」


 シドの顔に殺意が浮いた。


「それより、今はお前の名だ。ソウ、というのは、どうだ?」

「ああ、それでいい」


 即答したら、シドが不服な顔をした。


「気に入ったのか? どうでもいいのか? 感想を述べよ」


 そう言われると困るなと思った。


「わかれば何でもいいと思うが。俺は草だし、ちょうどいいと思った」

「何とも無味だ。詰まらんな」


 シドが子供のように膨れる。


「今のところ、シドしか呼ばない名前だ。シドが呼びやすいなら、それでいい。呼ばれ続ければ俺にも馴染む」


 シドが、ちょっとだけ笑った。


「そうよな。吾しか呼ばぬ名だ。今はそれで満足してやろう」


 シドの手が伸びて、ソウの頬を包んだ。

 さっきと同じように、ちょっとだけ悪い顔をして笑った。

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