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第10話 快気丸を喰わせた

「ここまでは、余興だ。ソウの血魔術の真髄は他にある」

「真髄?」


 首を傾げる。

 シドが再度、指を掲げた。

 指先に起こった魔力が、雪になり吹雪いた。


「吾の魔力は基本が雪凍だ。水、雪、氷が使える」

「なら、俺も同じか」

「いいや、ソウは火を選んだだろう」


 シドの指先に雪が纏わりついて凍り付いた。

 ふぅと息を吹きかけると、氷がパンと割れた。

 ハラハラと舞う様が七色で美しいと思った。


「魔力が混じれば互いの色が深まる。それはつまり、ソウの中に流れた吾の魔力がソウのモノになってゆくという意味だ。だから、ソウの魔力は火を扱う、ということだ」


 よくわからなくて、やはり首を傾げた。


「魔術はイメージだと教えただろう。直感的に頭に浮かぶイメージが大事だ」

「シドは水を使うのに、俺は火を使えるのか? 元はシドの魔力でも、俺のモノになると変わるのか?」


 ソウの中にはシドの魔力が流れている。

 シドが水を使うなら、ソウも水を使った方がいいように思う。


「魔力は力の根源でしかない。吾とソウは根源を共有しているにすぎぬ。どう変化させるかは、使う者次第だ」


 胸に痞える感じがして、ソウは黙り込んだ。


「なんだ、まだ理解できぬか?」

「いや、何となくだが、理解はできた。ただ、依頼を終えた時、俺はシドに魔力を返す。その時に障りはないのか?」


 ソウのモノになってしまった魔力をシドに返せるのだろうか。

 それが心配だった。


「今から終える時の心配をするな。ソウが国に戻るのが、何年先になるか、わからぬのだぞ」

「心臓はそんなに遠くにあるのか?」


 年という単位を聞いて、耳を疑った。

 特に考えてもいなかったが、そこまで長い年月だとは思っていなかった。


「距離としては数千キロ程度だが。何の障害もなく辿り着けるなら、血魔術の手解きなどせぬわ」


 数千キロという単位がどれくらい遠いのか、わからないが。

 近くないのは、わかる。

 更には物騒な障害が入るのが確定事項だから、シドは急いでソウに血魔術を教えているのだろう。


「そう、か。すまない。俺の考えが甘かったようだ。認識を改めよう」


 一度、引き受けた依頼だ。

 何年かかろうと、心臓を取り戻すまで離れるわけにはいかない。


「嫌になったか?」

「いいや。約束は違えない。シドの心臓が戻るまで、離れない」


 ソウは気を引き締めて、シドに向き合った。


「シドを守るために血魔術の真髄を教えてくれ」


 真っ直ぐに見詰めたソウの目から、シドが逃げた。


「シド?」


 逸らした顔を追いかけたら、また逸らされた。


「……血魔術はソウを守る魔術にもなる。覚えて損はない。魔力の戻し方は、総てを終えた時にやり方を伝える。それでいいか?」

「あぁ、構わない」


 シドが振り返って、ソウの手を握った。

 掌を上に向けさせる。


「血を外に押し出しながら、燃やすイメージをしてみろ」


 手から流れた血を手の上で発火させるイメージをする。

 頭の中で描いた絵が、掌の上で現実になった。


「燃やしながら飛ばす、更には毒を盛ることも可能だ。お前の細剣に血を纏わせれば炎の剣を作り出せる。技は無限にあるぞ」


 掌で燃える黒い炎を眺めながら、ソウは感動した。


「これが血魔術の真髄、魔力を血に流し、自然現象に転嫁する」

「どれもイメージできる。やれそうだが、屋内では難しいな。火は火事を起こす」

「宿を燃やされては困るからな。これ以上は明日にするか」


 シドの目が外に向いたので、つられて窓の外を眺めた。

 いつの間にか、日がとっぷりと落ちて暗くなっていた。


「こうもあっさりやってのけられると手解きの甲斐がないな。ソウは、器用だ」


 呆れたように言いながら、シドがベッドに転がった。


「適当に寝るぞ。早ければ、夜のうちに釣れるだろう」

「釣れる? 蛇か?」

「撒餌と言っただろう。お前の血の匂いに釣られて人喰いの魔獣が寄ってくる。その中には黒い蛇もおるだろうな」


 ソウはベッドの上のシドに寄った。


「それでは、この宿が危険だ。あの老婆を避難させなければ」


 老婆以外にも宿を営む従業員がいるはずだ。

 関係ない人間を巻き込むわけにはいかない。


「結界は張ってある。案ずるな。街に無駄な被害は出ぬだろう」


 大欠伸をしながら、シドが事も無げに言った。


「そう、なのか? 大丈夫なんだな」

「被害を出さぬために、お前に血魔術を教えたのだ。存分に働けよ」


 横になったシドを見下ろす。

 その顔を、じっと見詰めた。


「シド、疲れていないか? 顔色が良くない」

「あぁ、少し疲れたな。ソウに魔力を奪われたり、使い方を教えたりしたからな」

「どうしたら、元気になる?」


 人間なら食事をしたり休んだりすれば回復するのだろうが。

 竜王を回復させる方法など、ソウは知らない。


「眠れば回復しよう。今の吾は人の身に近い。食事はしたし、腹は膨れているから、あとは眠れば……」


 ソウは懐から革袋を取り出した。

 快気丸をシドの口の中に捻じ込んだ。


「おい、酷く不味いぞ。何を喰わせた」


 吐き出そうとするシドの口を手で抑え込んだ。


「気付の丸薬だ。良薬とは不味いものだ。耐えろ」

「気付? 眠ると言っただろう。目が冴える」

「元気には、なるかもしれない」


 ソウの手を退けようとするシドを必死に抑える。

 顎を上向かせて、何とか丸薬を飲み込ませた。


「喰ってしまったぞ。眠れなかったら、どうしてくれる」

「すまない。俺がシドから元気を奪った。人と同じなら、この薬は効果があるはずだ」


 シドの手が伸びて、ソウの顎をすいと撫でた。


「ソウでも、そんな顔をするのか。吾が心配か?」

「心配だ。シドを元気にするために、出来ることが思い付かない」


 顎を撫でていたシドの手が止まった。


「なれば、吾の隣で眠れ。ソウが近くにいれば、それだけで回復が早い」

「そうなのか?」

「魔力が繋がっておるのだ。お前が回復すれば、吾も回復する。ソウも多少は疲弊していよう」


 確かに、馴れない事ばかりで疲れてはいる。

 普段とは違う疲れ方だ。

 シドの手が、今度は頬に触れた。


「体の一部でも触れ合っていれば、回復はもっと早い。吾は人の生気を喰う竜だ。少しも喰えば力も戻る」

「そうか。なら、隣で眠ろう」


 ソウはシドの隣に横になった。


「怖くないのか? 吾は人の生気を喰うのだぞ」

「死ぬほどは喰わないだろう」

「何故そう思う」

「死なない程度に何度も喰う方が、一度に喰ってしまうより長く食える」

「腹が減れば、わからんぞ」


 横になったら、途端に眠くなってきた。

 緊張の糸が切れたのだろうか。

 普段なら、微睡んでもすぐに戦闘できる程度には鍛えているのに。

 今は、どうにも眠気に勝てない。


「腹が減っても、シドは喰わぬよ。シドは、自分が思っているより、人が好きだろう……」


 まだ出会って半日程度だが。 

 人を好まないと言った竜は、その割に人間に親切で優しかった。


「人に触れるなど、数百年振りだ。人がどんな生き物なのかも、忘れていたわ」

「そうか……。思い出せると、いいな……」


 微睡が意識を食む。

 シドが何か言っている気がしたが、聞き取れないまま、珍しく深い眠りに落ちた。

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