目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第17話 らしくない我儘を言った

 街を離れて、里野が広がる道を歩く。


「シドは何故、北に向かおうとしていたんだ?」

「吾の心臓が北にあるからだ」


 ソウは、ぴたりと足を止めた。


「ならば、北に向かうべきだ。南は真逆だ」

「だから、遠回りな寄り道といっただろう」

「寄り道はなしだ。急ぎ、北に向かおう」

「今の吾らが北に向かっても、アルハの助言通り、死ぬだけだ。依頼を早期に片付けたい気持ちはわかるが、焦っても良い結果は……」

「そうじゃない」


 シドがソウを振り返った。


「北は今、物騒なんだろう。シドの心臓がいつ壊されるか、わからない。急ぐべきだ」


 ソウの顔を眺めていたシドが、小さく息を吐いた。


「そういう心配か。なら必要ない。そう簡単に壊される場所に隠していない」


 リンデル王国がエフトラの使徒と手を組んだのなら、当然にトガルを使うだろう。

 寄生した種に支配された人間や魔獣が真面な思考や行動をとるとは、思えない。


「トガルが……、シドの心臓に寄生したり、しないのか?」

「どうだろうな。勇者に討たれた折、仕込まれた形跡はなかったが。いっそ、一度埋め込んでくれたら、どんな物かも体感で理解できるのだがな」

「それはダメだ!」


 思わずシドの腕を掴んだ。


「それだけは、ダメだ。ダメな気がする」

「何故だ。トガルの詳細が分かれば打開策も見つかるかもしれんぞ」

「そうかもしれないが、ダメだと感じる。トガルは、体に入れてはダメな種だ」


 直感的な感覚でしかない。

 だが、本能が危険を発する。

 何より、あの不気味な気配が、白く美しい魔力を犯すのは、たまらなく嫌だと感じた。


 シドの手が伸びて、ソウの頬を摘まんだ。


「まるで駄々を捏ねる子供のようだ。この顔も、初めて見る。悪くないな」


 指摘されて、急に恥ずかしくなった。

 感情を先行して、言葉を吐いてしまった。


「トガルは生き物に寄生し、体と脳を乗っ取る。破壊衝動を高め、殺傷への抵抗を消す。生き物を殺す生き物を作るための種だ」


 あたらめて説明を聞いて、ゾクリと冷たいものが胸に落ちた。


「それが魔王にまで寄生するとは思えんがな。乗っ取られた魔王は前例がない。しかし吾の心臓は今、むき出しの状態だ。乗っ取られたら、どうなるかわからん」

「やっぱり、心配だ。北に行きたい」


 ソウの頭を、シドがわしゃわしゃした。

 撫でるというより、掻き回された。

 訳が分からなくて、驚いた気持ちでシドを見詰める。


「ソウが案ずるような事態にはならぬ。何故なら、吾の心臓を保管しているのが、北の魔王ヴェルヴァラントだからだ」


 シドが得意げな顔をした。


「ヴェルヴァラントは、強いのか?」

「人間の攻撃を何度受けようと、勇者が何度討伐に来ようとも、この一万年以上で一度も負けたことがない」


 一万年という単位があまりに悠久で、沁み込んでこない。

 だが、強いのは伝わった。


「此度の進軍も無駄だろう。トガルを使った程度で、どうにかなる奴ではない」


 シドが、ちらりとソウを眺めた。


「少しは、安心したか?」

「ヴェルヴァラントは、シドの味方か?」

「交流はあるし、仲が悪くもない。緩くて何を考えているのわかり辛いが、理は心得ておる奴よ」


 それだけ強い友人が守ってくれているのなら、一先ずは安心なんだろう。

 リンデル王国が北の魔王に戦を仕掛けている現状は安心できない。

 だが、ソウは言葉を飲み込んだ。

 これ以上は、本当に駄々をこねる子供だ。


(シドに無駄な話をさせた。心臓の場所を言わせた)


 心臓の隠し場所を、シドは明かしたくなかった筈だ。

 ソウが無理を言ったために、仕方なく話したのだろう。


(主が大丈夫だと言っている。俺はその言葉に従えばいい。俺が我を通す意味はない)


 普段ならこんな感情は湧いてこない。

 意見もしない。

 与えられた命を淡々とこなすだけなのに。


(知らぬ世界に来て、戸惑っているのだろうか。草としてこなす仕事は同じで良いはずだ)


 沸き上がった気持ちを抑え込もうと、ソウは息を吸った。


「すまない。余計な話をした。シドの命に従う。南へ行こう」


 ぺちんと頭を軽く叩かれて、ソウは顔を上げた。


「総てが何でもいい奴なのかと最初こそ思ったが、お前はそうでもない。吾が満腹になるまで離さない頑固者で、依頼者の心まで守ろうとする変わり者よ。今更、意見した程度でへこむな」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 シドに対しては、普段の仕事相手にはしない余計な真似をしている気がする。


「俺はもっと、主であるシドに従うべきだった。勝手をした」


 胸倉を、ぐぃと掴まれて引き寄せられた。

 シドの顔が近付いた。


「吾は、自分の頭で考え行動する者を好む。ソウがただの木偶人形なら、要らぬ。思ったように話せ」

「それが、シドの命か?」

「あぁ、そうだ。好きに振舞え。吾が総て叩き潰してやる」


 この二日を振り返る。

 ソウの勝手に対して、怒ったり礼を言ったりしていたシドは、楽しそうだし嬉しそうだった。


(シドが喜ぶなら、いいのか)


 それが主の命であるならば。

 自分が出来る方法でシドを守る。


(俺の仕事は、シドに無事に心臓が戻るまで守ること、死なせないこと、その為に俺自身も死なないことだ)


 歩き出したシドを追いかける。

 迷いの吹っ切れた心で、ソウはシドと共に南へ向かって歩き出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?