「
全てを焼き尽くす
それとも世界を無に還す終末の化身だろうか?
近頃、彼女の伝説にこのような尾ひれが付いて語られているのを観測する。このままでは彼女が燃やした命の火は「虚構」によってかき消されてしまうだろう。
故に私は彼女の「真実」を記し、残すことにした。この書は彼女が命を燃やした証。彼女が残した灰なのだ。それこそが、かつて彼女の弟子であった者ができる最後の務めである。
世間で語られるものとはあまりにかけ離れた彼女の姿に驚かれるかもしれないが……これこそ紛れもない真実である。彼女を知りたい者はその眼に「魔女」をしかと焼き付けよ。
では始めよう。
……これは古き魔術体系を焼き尽くし、真なる魔法を再びこの世へ芽吹かせた、我が敬愛すべき師匠……「獄炎の魔女」の物語。
物語は、彼女が
§
「マーク。前へ」
魔術都市リンドールから西方へ山を4つ越えた先。山間にたたずむ神殿跡。そこでは、ある儀式が行われていた。
それが開花の儀。
開花の儀とは、10才となる子供に魔術の才能を開く為のもの……そしてこれにはもう1つ目的がある。魔術師の才能を持つ人間を見定めるという目的が。魔術師を生み出した村には魔術協会から多額の貢献金が支払われる。それこそ村人達が数年間贅沢な暮らしができるほどの額を。
その為に村々では、10才になるまで子供を村全体で育て、開花の儀を受けさせるのだ。それはマークが暮らしていたロクス村も例外ではなかった。
「手を魔石へ」
「は、はい……」
老魔術師が祭壇の上に置かれた石を指す。マークと呼ばれた少年が拳大の石へと歩み寄る。魔石の後ろには木彫りの像が置いてあった。彼らの神を崇めた像。その瞳が見守る中、少年は恐る恐る魔石へと手を伸ばす。
「うっ……!?」
ヒンヤリとした感触の後、手のひら全体に伝わる燃えるような熱さ。思わず手を引こうとすると、ガシリと腕を掴まれる。彼が見上げた先には青筋を立てた村長の顔があった。
「マーク? お前にはどれほどの手間と金をかけたと思うんだ? 開花の儀から逃げることなど許さんぞ」
「す、すみません」
マークは目をギュッと瞑り、魔石から伝わる痛みに耐えた。数刻後、魔石が文字を空中へ映し出す。古代文字だろうか? 読み書きは教わっているものの、そこに何が書かれているか、マークには分からなかった。
「これは……残念だ」
その文字を見た老魔術師が深くため息を吐く。一変する空気。マークは、とても悪い結果だったのだと反射的に理解してしまう。
「この子供は風魔術
老魔術師の宣言に、村長は血相を変えて彼の肩へ掴みかかった。
「1種類しか使えない……!? な、何かの間違いでは……!? このままでは私は……!」
「お前さんが金貸しから多額の借金をしているのは知っている。が、儂らではどうしてやることもできんな」
「そんな……!! 約束が違うだろ……!!」
村長の手に力がこもる。しかし、もう1人その場にいた男……若い銀髪の魔術師に腕を捻りあげられ、村長がうめき声を上げる。無理やり手を払った村長は、怒りの矛先をマークへ向けた。
「この!!! お前には期待していたというのに!!」
「ぐぅ……!?」
村長がマークを殴りつける。倒れた所へ腹部を蹴り飛ばされ、マークはゴロリと転がった。
「クズだな」
先ほどの銀髪の魔術師。長い髪を後ろで結んだ男が吐き捨てるように言う。マークには、その言葉が自分に向けて言われているような気がした。
「まぁまぁ、殺すなどもったいない。120ジェムでよければ儂が実験体として引き取ってやるが?」
老人の言葉に村長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「足元見やがって……! だが……クソッ、無いよりマシか……」
村長の言葉に老魔術師がニヤリと笑う。そんな彼らを、銀髪の魔術師は侮蔑を込めた顔で見ていた。彼の視線の先で、金を受け取った村長が困ったように頭を掻きむしる。
「ああ。全く……また育て直さんと……領主様になんと言えばいいか……」
ブツブツと呟く村長。彼はもう一度マークに蹴りを入れると「失せろ」と冷淡に告げた。
「うっ……」
マークの目に涙が浮かぶ。村での生活は決して良いものではなかった。だが……死んだ両親が生きたロクス村を、故郷を、追放されるような形で去らねばならないことに胸が引き裂かれそうであった。
幼い身の上にはあまりに無情な出来事。しかし、このような光景は世界中の至る所で見られていたのだ。彼だけが特別ではなかった。
ただ人より才能がなかった。それだけだ。
だが、たったそれだけのことで彼は「生きる価値がない」と言われたのだ。
「サージェス、
「はっ」
サージェスと呼ばれた銀髪の魔術師がマークの手を掴む。刃から紫色の光を放つナイフを取り出すと、マークの手に一筋の傷を付けた。
「痛い……っ!」
「暴れるな」
サージェスが魔石を
魔術痕は、開花の儀で目覚めた才能……使える魔術の数と種類を目視する為に入れる。
例えば基本元素である「火・水・土・風・光・闇」の内、3種類を使うことができれば3つの傷が。そして、その中でも術者が最も才ある属性の色に輝くのだ。
これにより、この世界の人間はヒエラルキーが一目で理解される。通常、我ら人間は一般の者でも2種類の魔術を使うことができる。
それがさらに多ければ魔術師の才能ありと認められ、村人に祝福されながら旅立つ……だが、そうでない者を待ち受けるのは人ではない扱いだ。
信じられないような話かもしれないが、我らが生きた世界はこのような形をしていたのだ。
マークの魔術痕は1つ。それは才無き者の証。彼は今後、人々から見下されて生きるしかないのだ。そんな彼の運命が今まさに決定した……かに思われた。
その時。
「ギィアアアアアアアアァァァァ!!?」
魔物の悲鳴と共に神殿の入り口に爆炎が巻き起こる。吹き荒れる爆風、一瞬のうちに燃やし尽くされる扉。そこから吹き飛ばされるように、緑色の
「ギ、ィイイイイ!?」
「ギエエエエェェ!!」
「なんだ!?」
村長が慌てふためく。次々に流れ込むゴブリン達。その全てに火が灯り、彼らは叫び声を上げ、転げ回り、火を消そうとする。しかし火は消えることはなく、やがてゴブリン達は力尽きた。
「入り口が!?」
村長が出口を指す。ゴブリン達の火が壁面へ燃え移り、やがて壁一面が燃え始める。そこから、1人の
「ったく弱い癖に襲ってくるからさぁ。あ〜でもよく燃えるな。ヤバッ……頭ん中フワフワしてきたぁ……もうちょい弱火で焼けばよかったかぁ?」
燃え盛る炎をウットリとした表情で見つめる女性。マークが、手で顔を庇いながらその姿を見ようとする。この状況を変えてくれるかもしれないという淡い期待を抱きながら。
「だ、誰……?」
思わずマークが声を上げてしまう。炎を見つめていた女は、そこで初めてマークの存在に気づいた。首を傾げる女性。彼女はこの状況に合点がいったようにポンと手を打つ。
「お、開花の儀か? どっかで見たような光景だなぁ?」
その場にいた全員が固まったように女性を凝視する。燃え盛る炎の壁を背にした女を。
髪が所々跳ねたショートヘアに、革のブーツとグローブ。首には真紅のマフラーを巻いた装備。一見すると傭兵や盗賊のように見えるが、剣や弓は持っていない。
「何見てんだよ? そんなにビビッちゃったか? 悪かったって! ヒヒッ」
マークを見て薄ら笑いを浮かべる女。その女にはさらに1つ、異様な点があった。
「左頬に……赤い魔術痕だと……?」
老魔術師が戸惑いの声を上げる。その女の顔、左眼から顎にかけて、赤い涙が溢れるように一筋の魔術痕があった。先程マークが無能だと罵られた証が。魔術師達も、村長も、あり得ないという顔をしていた。
本来、魔術痕はその能力が高ければ高いほど人目につく場所へつける。反面、マークのように力無き者は立場や今後のことを考え、隠しやすい手や足に入れるのだ。
それを左頬に……隠すことのできない顔に入れている。その事実が、その場にいた者達へ女の気持ち悪さを感じさせた。
「なんと愚かな……誰があのような場所へ魔術痕を……」
老魔術師がポツリと呟き、傍らにいたサージェスへと目配せする。
「サージェス……あの気持ちの悪い女を追い払え」
「はっ。ガラル様は下がって下さい」
ガラルという老魔術師の指示を受けたサージェス。彼が両手を薙ぎ払うと複数の水球が放たれた。それが壁や床を燃やす火を瞬時に鎮火する。
「あ〜!! せっかくいい感じに火が回ってたのに何すんだよぉ!? これじゃあ火の観察できないだろ! 燃やすぞお前!」
女が唇を尖らせ不満そうな顔をする。サージェスはその反応を意にも返さず魔術を放った。
「はっ、火炎しか使えぬ者が水属性を操る私に勝てる訳がないだろうが!」
サージェスが魔術、「
『炎よ。獄炎と化せ。我が敵を灰へと還せ──』
「詠唱?
サージェスが吐き捨てるように言う。魔術協会において、詠唱呪文とは教育過程の初級魔術であった。彼らにとって魔術は魔法名を告げるだけで発動できるもの。そんなもので放たれた
が。
「
聞いたことのない魔術名。それが告げられた瞬間、彼女の前に業火が燃え盛り、巨大な水球が一瞬にして
「……なに?」
老魔術師ガラルがピクリと眉を持ち上げる。魔術を放ったサージェスは、信じられない物を見たかのように両の眼を開いた。
「属性?
挑発的な笑みを浮かべる女。彼女の笑みに反してサージェスの表情にみるみる怒りが浮かんでいく。
彼は魔術協会の中でも指折りの実力者であり、高いプライドの持ち主だった。簡単な水球の魔術とはいえ、それを侮辱されることは、彼が怒り心頭に発するには十分であった。
「何者だ貴様ぁ!!」
「フヒヒッ! めちゃくちゃ怒ってるじゃん!」
サージェスの怒声に女は品のない笑い声を上げる。ひとしきり笑い終えた後、女はその名を告げた。
「アタシはフラム。フラム・フランメ。どう? 自分に付けたにしちゃセンスが……」
「
「あ?」
サージェスの一言で、女の笑みがピタリと止む。額に青筋が浮かび、怒りを帯びる表情。その様子を見ていたマークの頬に、ジワリと冷たい汗が流れる。
「……何アンタ? 何でアタシのアイデンティティを軽く否定しちゃってる訳?」
彼女はゆっくりとマークへと目を向けた。
「ねぇ少年。コイツ……燃やしていい?」
フラムのあまりの迫力に、マークは無意識に頷いてしまう。彼を見たフラムは少しだけ頬を緩ませ、拳をバシンと叩く。
「よし、張り切って燃やすか!」
その場に似つかわしくない人物、物騒な言動……