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第2話 その女、獄炎の魔女フラム・フランメ

召喚・泥騎兵サモン・オブ・マドーレム!!!」


 サージェスが腕を薙ぎ払った瞬間、5体の泥ゴーレムが地面から現れた。フラムの倍はある巨体を振り乱しながら、ゴーレム達が彼女へ迫る。それは水と土の混合魔術。複数属性を操れるサージェスだからこそできる芸当である。


「贅沢な魔術使うねぇ」


「黙れ!!!」


 無数の水球が現れ、フラム・フランメへ発射される。無詠唱による水球撃アクアボールの連続発動。サージェスほどの魔術の知識があれば、無詠唱による魔術の連続発動は容易であった。


「無詠唱か。アンタ中々勤勉だね!」


 フラムが神殿の中を駆け抜ける。連続で発射される水球を避け、彼女を捕縛しようとした泥ゴーレムを地面へ滑り込んで躱し、すれ違いざまにその脚を掴んで向きを変える。


「うへぇ……めっちゃ汚いじゃん」


 フラムが右手に付いた泥を払おうと手を振る。その光景にサージェスはさらに顔を歪めた。


「ふざけやがってこの女ぁ……!!」


 サージェスが両手で指示を出すと、フラムを挟み討ちにするように2体の泥ゴーレムが襲いかかった。


「グオオオオオォォォ!!!」

「グオオオオオォォォ!!!」


「よっ」


 ゴーレムが彼女へ飛びかかるのを見計らったように、彼女は頭上高く跳躍し、クルリと空中で回転する。



『炎よ、集い、穿うがて。灼熱を刻め──』



 空中で呪文を詠唱するフラム。彼女の眼下では2体のゴーレムが激突し、バランスを崩していた。彼女は、揉み合うゴーレムの背後へと着地し、2体へ向けて右手の人差し指を向ける。



灼線ヒートレイ!」



 彼女の指先から光り輝く熱線が放たれる。それが2体のゴーレムを貫いた刹那、泥ゴーレムは真っ白な灰となって崩れ落ちた。


「ま、まただ……なぜ俺のゴーレムが……!?」


「土と水を混ぜれば耐えられると思ったんだろ? でも残念。炎を圧縮した灼線ヒートレイにそんな小細工は通用しない」


「なんだと……!?」


 残り3体の泥ゴーレムがフラムへ襲いかかる。フラムはその攻撃をかわし、すれ違いざまに灼線ヒートレイを撃ち込んでいく。ものの数秒もしないうちにゴーレムは全て白い灰と化していた。


「う、ぐ、ぐ……なんだコイツは……!?」


 サージェスに油断はなかった。頑丈な土のゴーレムに水分をまとわせ炎対策も完璧だと自負していた。しかし、目の前の惨状は彼の予測が甘かったことを告げていたのだ。


「あの人……僕と同じ1つしか魔術が使えないのに……」


 2人の戦いを見ていたマークは思う。マーク自身も火炎魔術を見たことはあったが、それはもっと派手な物だった。広範囲に広がる炎。全てを焼き尽くす火。この神殿の扉を燃やした時のイメージがそのまま戦闘に活かされると思った。


 しかし実際はどうだ? 敵を最小限の動きで倒す選択。おそらく、先ほどの扉を燃やしたような爆炎ではあのゴーレムを倒せない。そう踏んでの行動……フラムは、この場にいる誰よりも冷静に戦っている。マークはそう感じた。


 全てのゴーレムを灰へと帰したフラム。彼女は不敵に笑ってみせた。


「来いよ兄さん。水魔術が得意なんだろ? アンタの最大魔術で来い」


「ふざけるなぁあああああああ!!!」


 激昂。サージェスが両手を天高く掲げ、頭上に巨大な水球を作り出す。そこに風魔術が加わり、水面が激しく波を打つ。それはやがて水流の竜巻となり、巨大な蛇のような姿へと変化した。


「だ、大蛇……!?」


 あまりの大きさに怯えるマーク。彼の横には、いつの間にか老魔術師のガラルが立っていた。



「アレは水竜だ小僧。サージェスに最大魔術を使わせるとは。あの女……初めからこれを撃たせるために挑発していたのか?」



 ブツブツと独り言を呟くガラル。マークがフラムとサージェスに視線を戻す。空中に浮いた巨大な水竜。それは今にも動き始め、フラムに襲い掛かりそうだ。しかし、当のフラムは落ち着いたようにサージェスのことを見据えている。それはまるで彼を定めているようだと、マークは感じた。



「もう手加減はせんぞ女……!! 全身バラバラになっても恨むなよ……!!!」



「そう、炎を打ち消すには量で押し潰せばいい。セオリー通り。ホントに勤勉な兄さんだね。尊敬するよ」



瀑布水竜サーペント・オブ・フロウ!」



 サージェスの魔術名に呼応するように、水竜が光輝き、完全に顕現する。それは水と風によって作り出した人工魔竜。渦を巻く膨大な水。それが巨大な水竜となってフラムへと襲いかかった。



「グオオオオオオオオオォォォォ!!!」



「だけど、言ったろ? それは下級魔術・・・・のセオリーだって。アタシも本気でいかせて貰う……!!」


 フラムが右手のグローブを脱ぎ捨てる。しなやかな指で何かを掴むように構え、彼女は詠唱を始めた。



『我が右腕よ、熾焔しえんを灯す燭台しょくだいとなれ──』



「また詠唱だと……どこまでも愚弄しやがってぇえ!!!」


 サージェスが水竜を操作しながら無詠唱の水球撃アクアボールを放った。上下左右からの猛攻が彼女を襲う。しかし彼女は、一切怯むことなくその攻撃を見極め、飛び退き、避け続ける。紙一重で躱す瞬間も、普通の人間であれば顔を歪めるような瞬間も、フラム・フランメの顔に焦りはない。



 詠唱。



 彼女は詠唱だけに集中していた。



きたれ、汝の名は、汝の名は天。焔纏ほむらまといし精霊よ。今、この腕に──』



 詠唱する度に、彼女の左眼から頬に伝う魔術痕が赤い光を放つ。大気が震える。彼女の右腕が眩いまでに光り輝き、その周囲には雷が迸った。



「通常の術式からかけ離れている……あのような詠唱、儂は知らんぞ……」



 その異様さに老魔術師ガラルの額に汗が滲む。経験深い老魔術師は悟ってしまったのだ。それは彼らの言う「魔術基礎」としての詠唱ではない・・・・と。より深く、より真理に近いもの。彼らが使う魔術とは何か根本的に違う物だと。


「い、いかんサージェス! これ以上ヤツへの深追いは──」


 老魔術師が叫んだ瞬間、「それ」は放たれる。



『発炎せよ』



 フラムが壁を蹴って軌道を変える。輝く右腕を、襲いかかる水竜へと放った。



熾天焔掌ハンド・オブ・セラフレア!!」



 彼女の右手が水竜の顔面に叩き付けられる。



 瞬間。




「グキャアアアアアアアアアアア!!?」




 絶叫と共に水竜の顔が切り裂かれる。周囲に響く絶叫。長い水竜の体。フラムはその右腕で水竜を切り裂きながら疾走した。



「ウオオオオオオオオ!!!」

「ギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!?」




 鳴り止まぬ断末魔の声。切り裂かれた水竜の体が蒸発する。彼女が走るその先には、銀髪の魔術師サージェスが立ち尽くしていた。



「嘘だろ……こんな……こんなことがあってたまるか……俺の15年が……こんな一つ痕アインズの女に……」



「ウオオオオオオオオラアアアアアア!!!」



 彼女が走った後に炎の道が生まれる。彼女は、巨大な水竜すらも焼き尽くし、サージェスの元へと辿り着く。


「!!?」


 サージェスの眼前に燃えたぎる右手が突き付けられる。彼女の全身から伝わる熱気。それをまともに喰らえば、人の身である自分など消し炭にされてしまう……サージェスは敗北したという現実に放心状態となっていた。


「お、俺が……手も足も出なかった? こんな……」


「アンタは腕がいい。見逃してやる」


 フラムが言った瞬間、老魔術師ガラルがサージェスへと駆け寄る。


「引くぞサージェス!」


 無言のままのサージェス。彼はガラルに支えられたまま、その場を去っていった。






§


 2人の魔術師を見送って数刻。フラムはウットリとした顔で燃え尽きゆく炎に見入っていた。


「あ〜……バカになるぅ〜……」


 ビクビクと体を震わせるフラム。彼女は火が完全に消えるのを見届けると、満面の笑みで振り返った。


「さぁ〜て……フヒヒヒヒヒヒ……! ねぇ少年、そこのオッサンどうしたい? 見たところお前を売り飛ばそうとした奴って感じだけど?」


 フラムが視線を向ける。突然話を振られたことにマークはブルリと身を震わせた。


「え、えとそれはその通りですけど……殺すのは……その、よくないかなって……」


「はぁ!? 自分を売り飛ばそうとしたのにぃ!?」


「うん。ぼ、僕を育ててくれたのは、間違いないし……」


「ヒ、ヒヒヒヒヒヒ……! お、面白いねぇ……!!」


 フラムが馬鹿笑いを上げる。戦闘前からその様子はおかしかったが、今のフラムは明らかに異常だった。何かを思い出すように笑みを浮かべては笑い声を上げている。


「な、なんかさっきまでと雰囲気違いませんか?」


「ひ、ヒヒッ。ちょ〜と反動がねぇ……ヒヒヒッ!」


「反動……?」


 その時、フラムがジロリとどこかを睨んだ。マークが彼女の視線を追うと、そこには四つん這いで逃げようとしている村長がいた。


「どこ行こうとしてんの?」


「ヒィ……!?」


 逃げようとしていたことが見つかり、腰を抜かす村長。ツカツカと彼へ向かうフラム。彼女の豹変ぶりにマークは息を呑んだ。


 笑ってたと思ったら突然怒って……なんなんだこの人……?


 困惑するマーク。それを横目に村長は来るなと騒ぎ立てる。しかし、彼の怒声などお構いなしにフラムは村長の前に仁王立ちした。


「く、来るなぁ……化け物……」


 涙目で懇願するような村長の顔。そこに先ほどまでの威厳は消え失せていた。


「こ、殺さないでくれ!」


「ふぅん。じゃあ……脱げよ」


「は?」


「ふ、服だよ服。フヒヒヒヒヒヒ……!! 早く!! ヒヒッ!!」


 フラムが笑いながら小さな火を放つ。それが村長の近くに着火すると、青ざめた村長が急いで服を脱ぎ始める。途中、下着を脱ぐか戸惑った村長にフラムが蹴りを入れ、全ての服を脱がせた。


「んで〜? どこだぁ……っと、あったあった!」


 彼女は村長が脱いだ衣服をゴソゴソと漁り、金の詰まった皮袋を取り出した。


「ほれ」


 フラムが皮袋をマークへ投げる。彼がそれを受け取ると、フラムはニィッと笑みを浮かべた。


「お前の金だ。それぐらいやってもバチは当たらないだろぉ?」


「お前……!! 俺の金を……!!」


 金のことになって我に返ったのか、村長の顔に怒りの色が浮かぶ。フラムは「へぇ」と冷めたような顔をすると、村長の脱いだ服に火を付けた。


「おい、待て……! ダメだダメだクソ! 熱ぃッ!?」


 慌てる村長。彼が服を叩き火を消そうとするが、彼の健闘虚しく服は燃え広がるばかりである。笑い転げるフラムと、絶望に打ちひしがれる村長。自分が村長に殴られた時からは考えられない光景が、マークの前で繰り広げられていた。


 一つ痕アインズ


 1種類しか魔術が使えない弱者。自分と同じ弱者であるはずのフラムが全てを覆したことに……マークの胸は静かにだが、確かな高鳴りを覚えた。



 僕も……この人くらい強かったら……嫌なことに嫌だってちゃんと言えたのかも……。



「家に帰りゃ着替えくらいあるだろ〜? ま、全裸で帰って村長の威厳ってのを保てるか知らないけどな〜ヒヒヒッ!」


 彼女はひとしきり笑い転げた後、村長に全力の蹴りを放つ。


「ギァッ!?」


「……失せろクソオスが。10回まばたきする間に消えてなけりゃ生きたまま焼きコロス」


 笑みを消し、その手に炎を灯すフラム。彼女は村長の首を掴んでその眼を覗き込んだ。


「いいか? さっきのゴブリンみたいに生きながら焼かれるんだ。気絶もできずに燃えるおっさんを見るのは、楽しそうだね?」


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ……!!?」


 ドスの聞いた声。狂気に満ちた瞳。村長は、フラムの手から解放された瞬間、半狂乱となって扉の外へと走り去っていった。


「ふ〜……これで全部終わったか?」


 フラムがマークを立ち上がらせ、再びニィッと笑みを浮かべた。半月のような口元にギザギザした白い歯が光る。しかも、その眼は完全にどこかへ旅立っているような危うさを漂わせていた。どんな目に遭わされるのかと身震いした少年に、フラム・フランメは質問する。


「お前、親は?」


「い、いないです……」


「そうだと思った。帰る場所ないんだろ?」


 マークは沈黙する。村長から捨てられた時から、もうあの村には戻れないと分かっていた。


 幼い頃、両親と共に幸せに過ごしたロクス村。ここ数年は辛いことばかりだったが、大切な思い出が残るあの場所にもう帰ることができないと……実感が湧いてしまう。少年は無言のまま涙を流した。



 その様子を見ていたフラムは……。



 フラム・フランメは……。



「ならさ、お前……アタシの弟子になれ」



「え」


「お前ラッキーだよ? 普段のアタシならこんなこと絶対言わないからなぁ!!」


 困惑。それすら許さないようにフラム・フランメはの手をガシリと握った。


「よし決まりだ! アタシがお前をいっぱしの魔法使い・・・・にしてやる!」



「えーーーーーーー!?」



 誰もいない遺跡の中に少年の悲鳴と女の高笑いが響く。これが、マークことが彼女へ弟子入りすることになった経緯である。

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