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第3話 魔術と魔法

「ヒヒッ、あと1つ」


 神殿を出て半日。フラムとマークは草原の中を歩いていた。上機嫌なフラムは、透明な水晶のような物をポンポンと投げては日の光に当て、ニヤニヤ笑みを浮かべている。


「フラムさん」


「……」


 マークの呼びかけにフラムは答えない。先程から呼びかけても応えない彼女。マークはその理由に察しが付いていた。彼は肩をガクリと下ろし、意を決したように彼女へ呼びかける。


「師匠」


「おぉ! やっと学ぶ気になったか!? いいぞいいぞ何でも教えてやる! 何が聞きたい!?」


 マークの元まで駆け寄って来て身を乗り出すフラム。彼女の極端な反応にマークは軽く引いていた。


「あ、いえ、その玉が何なのかな〜って」


「あ? これか?」


 フラムが、先ほど投げていた小さな玉を見せてくれる。子供であるマークの手であってもしっかり握り込めるほどの大きさ。遠くからでは分からなかったが、それはとても透明度が高く、傷一つない美しさを持っていた。


「それです。神殿で神様の像を壊してまで取り出していたからよかったのかなぁって」


 マークを助けた後、フラムは祭壇の上にあった木彫りの神像を破壊し、中からこの宝玉を抜き取ったのだ。その瞬間マークは察した。フラム・フランメはこの宝玉を手に入れるために神殿跡に来ていたのだと。


「これは魔導神の眼ゼルヴェス・アイっていう宝玉でさ、神様の力が宿ってるスッゴイ宝玉なんだ。これを3つ集めて試練を受けると魔法の力を強くできるんだよ」


「3つ? さっき「あと1つ」って言ってましたよね?」


 フラムがニヤリと笑って懐からもう1つの宝玉を取り出す。彼女の手のひらには、同じ大きさの玉が2つ並んでいた。


「そ。だからアタシ達は今、最後の1つが眠る場所へ向かってる。古代遺跡マチュピスに」



 マチュピスはこの時代から約千年前に作られた要塞都市だ。


 千年前、突如現れた『終焉の魔女ソーサレスホロウ』。ヤツに故郷を焼き尽くされた者達が、彼女へ立ち向かうために一丸となって建設したという歴史がある街。現在ではその役目を終え、朽ちた遺跡となっていた。


 まぁ、当時のマーク……私はそのような背景がある場所だとは夢にも思っていなかったが。


 ……2人へ話を戻そう。



「そのマチュピスの最深部に最後の1つが眠ってる。ここから徒歩で20日って距離だ」


「と、徒歩20日……そんなに歩いた事ないですよ……」


「退屈か? 心配するなって〜20日もあれば沢山魔法・・の修行できるだろ?」


「い、いや、そういう訳じゃ……」


 そこで、マークはある事に気づいた。


魔法・・? あれ? 僕達が使えるのって魔術・・なんじゃないですか? 確か魔術協会の人も魔術って……」


 フラムがニカリと笑う。彼女は嬉しそうに周囲を見渡した。


「そこに気づいたか。なら、最初の修行はやる事決まったね」


 フラムがキョロキョロと何かを探す。そして草原の遥か先。ここからでは虫に見えるほどの蠢く影を指した。マークが目を凝らすと、そこには列を作って歩く赤い肌の小鬼達……バグルゴブリンの姿があった。


「見てみ? あのゴブリン達やたらデップリ太ってるじゃん。それにあのゴツい武具。ありゃ相当、人を殺っちゃってるねぇ」


 バグルゴブリンは旅人を襲い食糧や装備を奪う魔物である。人型だが意思疎通すらまともに取れぬ獣そのもの。彼らを指したまま、フラムは意味深な笑みを浮かべる。


「まさか……」


 マークが青ざめる。あの距離ならゴブリン達はこちらに気づいていないはずだが……と。


「ニヒヒッ」


 フラムがボワリと右手に火球を灯す。そして、大きく振り被ると、それをバグルゴブリンの群れへと投擲した。


 拳大の火球が綺麗な弧を描いて飛んでいく。それは、群れの中の1体へと直撃した。


「ギィ〜〜!?」


 尻に火が付いたゴブリンが走り回る。魔物はゴロゴロと転がり回って火を消すと、辺りを見回してフラム達の存在に気づいた。


「ギィィィイイイ!!!」


 怒りの雄叫びと共に30体ほどのバグルゴブリンがこちらへと走る。怯えたマークはフラムの後ろへサッと隠れた。


「おい! そんな所にいたら教えられないじゃん!」


「だ、だって!? あんなに沢山どうするんですか!?」


「まかせときなって! アタシを誰だと思ってんだよ! よーく見ときなよ!」


 フラムが手を翳し、名前を告げる。しかし、神殿でやったような詠唱はしない。それは、彼女と戦った銀髪の魔術師、サージェスが使っていた力に似ていた。



火炎流フレイストリーム!」



 フラムの手から直線に炎が放たれる。それは先頭のゴブリンに直撃し、後方へと吹き飛ばした。


「フギッ!?」


 ブックリと太った腹でゴロゴロ転がるゴブリン。しかし、小鬼はムクリと起き上がると、群れに混じってこちらへ向かってくる。


「あ、あれ!? 立ち上がっちゃった!? 神殿だとそのまま……」


「これが『魔術』。接続・・が浅く、訓練すれば誰でも使える力。だけどその分威力は月並みさ。対してアタシが使うのはねぇ……」



 フラムが右手で自身の左肩を掴む。彼女の雰囲気が変わる。軽薄な笑みは消え、目付きの鋭い表情に。それは戦闘時に彼女が見せる顔。暴れ回った時とも先程までのヘラヘラした様子とも違う姿に、マークは思わず見惚れていた。


「マーク、集中」


「あ……はい!」


 小さくたしなめられてマークは彼女の手先へ視線を向ける。これから彼女は大切な事を教えてくれるのだと、彼はそう感じた。



「ギイイイイイィィィィ!!!」



 向かって来るゴブリン達。フラムはそれをしっかりと見据え、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。



『炎よ。業火となりて焼き尽くせ。彼の地平をほむら波打つ海原と変えよ──』



 フラムの詠唱に呼応するように、彼女の魔術痕が真紅に光り輝く。大気が震え、地面が脈動する。マークはよろめきながらも、絶対に見逃さないと心に決めた。



「ギギギギギギ!!!」

「ギギギギギギィィ!」



 無数のゴブリン達が迫る。少年の瞳がそれを写した時、彼女は腕を薙ぎ払い、の名を告げた。



灰焔波フランベル!!」



 彼女の腕から炎の波が巻き起こる。先程の魔術とは比べ物にならないほどの熱波。それが周囲へ吹き荒れ、大地を抉るほどの爆炎を生み出す。それはほむらの津波となって、目の前に迫っていたバグルゴブリン達の半数を一瞬にして飲み込んでしまった。



「ギッ!?」



 一瞬の沈黙。小さな悲鳴。前衛のゴブリン達が炎に飲み込まれ、真っ白な灰となる。焼き尽くされたゴブリン達は、そよ風に乗るように消えていく。



「ギィ……ギギ……!?」



 後方にいたゴブリン達が腰を抜かす。目の前で仲間が霧散してしまった事に、ゴブリン達の瞳に怯えの色が混ざった。



「フヒッ、こ、ここれが『魔法』さ。より深く、繋がる事でクフ、クフフ……本来の力を発揮する、力。ぜ、ぜぜ全然威力違うだろ?」



 接続、深さ……マークにはまだ詳しい事は分からないが、魔術と魔法が似ているようで全く異なる次元の威力を持つ事だけは分かった。



「ま、まま魔術協会が『魔法』を長年研究し、して人の力・・・にしたのが『魔術』、なんだ、ヒヒッ、魔法はその源泉、神の力・・・なのさ」



「すごい……! これが、魔法……? 神様の力? 僕も使えるようになれますか!?」


 マークの瞳に好奇心が宿る。目の前で発動された圧倒的な力。それが学べるという事に少年は初めてフラムへ尊敬の念が湧いたのだ。それは、彼女と出会ってから抱いていた恐怖や不安感を上回るほどに強かった。


 マークが期待を込めた眼差しで己の師匠を見上げる。



 が。



「ハァハァ……ヤバ、綺麗……!」



 フラムはユラユラと燃え残る火を見て恍惚の表情を浮かべていた。ビクビクと体を小刻みに揺らしながら、その手に火を灯す。


「あれ? し、師匠? どうしたんですか?」


「た、足りない。フヒ、は、離れてろマーク、ヒヒッ!」


 どこかへ旅立ったような眼をしながら、フラムがバグルゴブリン達へジリジリと近付いていく。


「ギ、ィイイイイ!!!」


 リーダーらしきゴブリンが叫んだ瞬間、一斉にゴブリン達がフラムから逃げ出した。フラムは両手から火球を投げ付けながら彼らの後を追いかける。



「待てコラァ!! ヒハハハハハハハハ!!! 焼かせろぉ!!!」



 広い草原をゴブリンとフラムが駆ける。本来恐るべき存在であるはずのゴブリン達は、狂ったように笑い散らす女に追い掛けられて涙目となっていた。


 もうあのゴブリン達は人を襲わないだろうなとマークは思った。


 それと同時に……。


「ホントにあの人について行って大丈夫なのかなぁ……」



「ヒハハハハハハハハハハハハハ!!!」



 マークは、やはり不安になった。



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