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第4話 古代遺跡へ

 フラムとマークは20日かけて平原を渡り、森を抜け、古代遺跡マチュピスの目前までやってきた。


「う〜ん……」


 歩きながらマークがウンウンと唸る。フラムから言われた修行、魔法を使うための初期段階をやっているのだが、中々上手くいかないのだ。


「言ったろ? 精神の糸を伸ばすイメージだって」


「分かってますけど上手くできないんですよ。繋がったかな? とは思うんですけどその魔素まそって言うのが引き出せなくて……」


 涙目になるマークにフラムが困ったように頭を掻く。


「う〜ん……たとえがよくないかぁ?」


 彼女もウンウンと唸る。しばらく考えた後、何か思いついたのか、彼女はポンと手を打った。そして「もう一度初めから言うぞ?」と前置きしてから説明を始める。


「アタシ達はこことは違うもう1つの次元、「魔導界まどうかい」から魔素を引き出して力へ変える。今伸ばしている意識は、そこから魔素を吸い出す管だと思え。管知ってるか? 中が空洞の……」


 彼女のたとえ話にマークが首を傾げる。


「中が空洞? 麦わらストローみたいなヤツ……ですよね? 村で小さい子に水を飲ませるのに使ってました」


「うん、それでいい。それをイメージしてみ? 管から水を飲むみたいに意識したらさ、何か自分の中に入ってくる感じがしないか?」


 マークが目を閉じる。フラムに言われた通り精神の管をイメージした瞬間、その管がスルスルと天へ伸びていく感覚がした。


「魔導界への意識の接続はこの魔術痕まじゅつこんがやってくれる。マークは精神の管を伸ばす事だけに集中すればいい」


 彼女の言う通りにやってみると、やがて精神の糸がプツリと空間の中へと入り込んだ……気がした。


「あ……ハッキリ分かりました。繋がった気がする」


「だろ? 魔術痕があったら誰でもできるんだよ。そこに痕の数は関係ない」


 フラムの言う通り、魔術痕はこの魔導界へ誰もが接続できるように開発されたものだ。本来はこの時代から二千年前、かのロジャース・べィコリアが「誰もが魔術を使える世界に」という信念のもと開発し、魔術協会を……と、すまない。話が脱線してしまった。彼らへ話を戻そう。


「あ……! あ! なにか入ってくる気がします!」


「いい感じじゃん。じゃ、教えた基本の詠唱言ってみな。『風よ、巻きおこれ』って。それから最後に力の名を告げる。旋風ガストって」


 マークが右手を近くの木へと向け、詠唱を始める。


『風よ、巻きおこれ……』


 マークの右手の甲に入れられた魔術痕がボワリと緑色の光を帯びる。マークは、はやる胸を押さえながら力の名を告げた。


旋風ガスト


 瞬間。突風が巻き起こり、マークが手をかざしていた先……木が旋風に煽られ、木の葉が飛ばされた。


「で、できた!!」


「いや〜掴むまでは苦労したけどさ、20日でその感覚が身につくって割と順調じゃん! まだ初歩だから魔術のレベルだけど、最初の一歩が肝心だし? 才能あるぞ〜マーク!」


 フラムがマークの頭にポンと手を乗せた。まともに褒められた事のないマークは、突然そのような対応をされて顔を真っ赤にしてしまう。


「なんだ? 恥ずかしいのか? 意外にマセガキだな!」


「ち、違います……!」


「ん〜? そんな照れるなって〜! ウリウリ〜!」


 フラムがマークの胸元を肘でつつく。マークは顔を真っ赤にしたまま怒り、それを見たフラムがまた笑う。そんなやり取りをしていると突然、フラムの表情から笑みが消える。マークが不思議に思って尋ねようとした時、彼はフラムに抱き寄せられた。


「え、ちょ!?」


 マークの頭がフラムの甘い香りとボンヤリした浮遊感に包まれる。今振り返ってみれば、それは単なる魔素中毒の初期症状なのだが、当時の私にはフラムに抱きしめられた事がとても嬉しかったことを覚えている。


 両親と死に別れて既に5年。村で冷たくされた挙句、無能と捨てられた当時の私にとって、抱きしめられるということを無意識の内に求めていたのかもしれない。それだけ、マーク当時の私にとって特別な事だったのだ。


 しかしそれは、彼女が褒めるためにとったスキンシップではなかった。


「こっちこいマーク!」


 マークを抱き寄せたまま、フラムが茂みの中へ身を隠す。マークの額にそよそよと何かが当たる。目線だけで上を見ると、それはフラムの息遣いだった。慣れない感覚にマークは再び顔が熱くなるのを感じた。


「え、え……っと師匠? どうしたんですか?」


「シッ、何かいる」


 フラムがマークの口を押さえ、茂みの中から外を覗き見る。そして、何事かをブツブツと呟き始めた。


魔導兵まどうへい……? 商人に聞いた時にはあんなヤツの話はなかったぞ」


 マークが彼女の腕の間から外を見る。そこには遺跡の入り口があり、数体の兵士が周囲を巡回しているようだった。しかし、彼らに会話も何もなく、妙にぎこちない動きをしている。


「あの兵士、なんか変です」


「あれは魔導兵。千年前に魔術で作られた魂なき兵士さ」


 マークの息が止まりそうになる。千年も前に作られた兵士。それも魔術で? そんなものが存在するのか……と。


「アイツら、火炎に対してだけ強く反応する反射魔術が仕込まれてるんだ。アタシの魔法すら防ぐ障壁呪文はさすが古代技術って感じ。ま、倒す方法もあるにはあるけど」


「なんでそんな限定的な能力が……?」


「知らない。大昔にクソ強い火の魔物とでも戦ったんじゃない?」


 火炎に突出した防御力を誇る魔導兵。その意味が、マークには分からなかった。しかし、「フラムのために何かしたい」そう思った彼は、ある提案をする事にした。


「僕、その、敵を引きつけたりなら……できます」


 突然の提案にフラムが驚いたような顔をする。


「どうしたんだよ急に」


 マークが俯く。彼はこの20日間の修行の日々を思い返していた。魔法を使う時は突拍子もない事をするが、修行の時は真剣に自分に向き合ってくれるフラム。


 それが彼にとって何より嬉しかった。自分を見てくれる。向き合ってくれる。他人にとってはたったそれだけの事でも、マークにとっては命をかけるに値するものだった。だからこそ、自分でも何かをしたいと考えるようになっていたのだ。


「……役に立ちたいんです。教えて貰ってばかりは嫌だから」


「嫌、か……いいな。『申し訳ない』とかじゃない所がすごくいい。そういうの好きだよアタシは!」


 フラムがニカリと笑う。子供のように無邪気で裏がない。マークにとってその笑顔は、信用できる大人の顔に見えた。



「よし、じゃあマークにやって貰いたいことがある。アイツらを倒すためにさ」




§



「……」


 無機質な魔導兵。鋼鉄の体を持ち、頭部に輝く宝石を持った人型の敵。目も口もないという、人とはあきらかに違う異質さに、マークの体がブルリと震える。


「ふぅ……落ち着け」


 彼は、頬を叩くと周囲を見渡した。遺跡の入り口に2体。徘徊しているのが3体。合計5体。敵の数を把握した彼の脳裏に、先程フラムに褒められたことがよぎる。



 師匠、僕に魔法の才能があるって言ってた……。



 そう言われたことで自分にもできそうな気がしてくる。フラムの話では、魔導兵の足はそこまで速くない。しかし、体力は無尽蔵にあるため、長引くとマークが不利になる。目的地はここにくる途中に登った階段。そこまで奴らを誘導すれば……。



「よし、やるぞ」



 意を決してマークが飛び出す。遺跡の目の前まで走ると、入り口を守っていた魔導兵がマークに反応した。


「ビビッ!!」


 ビクリと体を震わせる2体の魔導兵。それらがマークを追いかける。


 マークが、2体を引き連れて遺跡の周辺を駆け抜ける。奥の角から追加の2体。目の前の角からさらに1体の魔導兵が飛び出してきた。彼らがマークに狙いを付けたのを確認して、マークはきびすを返して遺跡から遠ざかる。



「ついて来い!!」


「ビビッ!!!」

「ビビビ!!!」



 マークが木々の合間を抜ける。途中、魔導兵が放ったナイフが自分のすぐ脇をすり抜け、心臓が止まりそうになる。しかしマークは止まらない。彼は、フラムの待つ場所に行くことだけを考えた。


「見えた!」


 さらに走って下り階段が見えてくる。マークは先程成功したイメージを思い出し、詠唱を始める。



『風よ、巻き起これ──』



 右手に風の渦が発生。マークが階段手前で振り返り、追いかけてきた魔導兵に手をかざす。



「ビビビ!!!」

「ビビー!!!」



 5体の魔導兵が目の前の侵入者に飛び掛かろうとしたその時、マークが覚えたての「小さな魔法」を放った。


旋風ガスト!!」


 手のひらから巻き起こる突風。それはマークにつかみ掛かろうとしていた魔導兵達の脚を僅かにすくう。


 マークを捕まえようと手を伸ばしていた魔導兵達にとって、それは盛大にバランスを崩すひと押しとなった。マークが横跳びに地面へ飛び込む。魔導兵達が彼の横を通り過ぎ、下り階段へと飛び込んでいく。


「ビビビ!!!?」


 揉み合いながら階段を落ちて行く魔導兵達。手足が絡まった機械人形が階段下の広間まで転がり落ちる。そのタイミングを見計らったように、階段下の影からフラムが飛び出した。


 既に詠唱は終え、左頬の魔術痕が赤い光を放つ。彼女は、魔導兵の頭部へ人差し指を突き出した。


灼線ヒートレイ!」


 フラムの指先から圧縮された炎が射出される。炎が熱線となり、魔導兵の頭部に装飾された「宝石」だけを貫いた。


「ビッ!?」


 ガクリと倒れる魔導兵。同じ要領で身動きの取れない魔導兵の頭部だけを撃ち抜くフラム。ものの数秒で、5体いた魔導兵は全て動かなくなった。


 魔導兵は頭部の魔石から魔素を吸い、それを原動力に稼働する。最も重要な箇所だが、魔素を全身に行き渡らせるためには敢えて外界に晒しておく必要がある。反射魔法は魔素の流れを阻害してしまうからだ。


 その原理を知っていたが故にフラムはマークへ作戦を託した。彼の魔法でヤツらの動きを封じ、的確に魔石を貫くために。


「上手くやったなマーク! 魔法・・使うところなんて最高だったよ!」


 フラムは、少年の起こした小さな風を「魔法」と呼んだ。きっとそれは学術的には初歩魔術に分類される物だろう。しかし、彼女がそう呼んでくれた事で、少年は小さな奇跡を起こせたような……そんな達成感を持っていた。


「は、はい!」


 フラムが親指を上げると、マークは照れくさそうに頭を掻いた。彼女の作戦を無事こなせた安心感を覚えながら。



「これで中に入れますね!」



 マークが未知の古代遺跡に続く階段へ進む。彼の胸に、恐ろしさと冒険に向かう高揚感が渦巻いた。



 が。



 フラムからの返事がない。振り返るとフラムは倒れた魔導兵をジッと見ていた。


「師匠?」


 真剣な表情。もしかすると、あの魔導兵に何かあるのかもしれない。そう思った彼がフラムに駆け寄る。しかし、彼女は真剣な表情ではなく、何かに葛藤しているように立ち尽くしているだけだった。


 彼女の事を察した彼マーク。彼は、フラムの手をキュッと掴んだ。


「師匠、燃やしたらダメですよ」


「!? あはは……も、燃やす訳ないじゃん! これはさ〜! まだ動くかもしれないから確認してたんだって!」


 まくしたてるようにフラムが話し出す。「この魔導兵は宝を中に隠しているかもしれない」、「普通の魔導兵と違うかもしれない」などなど。しかしフラムの目は泳いでいて、適当な事を言っているとすぐに分かった。


「……『ここで爆発させても遺跡に被害ないよな?』とか思ってたでしょ」


「う゛ッ!?」


「ダメだと分かってると余計やりたくなっちゃうんですか?」


「み゛ッ!!!?」


 驚愕の表情を浮かべるフラム。彼女の目はいつものことながらどこかへ旅立っているような眼をしている。それは彼女が何かを燃やしたいという衝動に駆られた証。マークはガックリと肩を落とし、小さな子供を諭すように告げる。


「こんな所で爆発させて他の魔導兵が集まってきたらどうするんですか? もしかしたら魔物までくるかも」


「ひ、ヒヒヒ……分かってるって。よし! さっさと遺跡内部に行くぞ〜!!」


 気を取り直したように階段を登り始めるフラム。少年は、なんとなくフラムの事が分かるようになった気がした。

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