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第37話:初のコラボ配信(2)

商店街のアーケードを抜けて、駅前から徒歩五分ほど。

目当ての定食屋は、すぐに見つかった。


【定食屋 なるせ】


シンプルな木の看板。店先には本日の日替わりメニューの黒板が出ていた。

「鶏の照り焼き定食・おろし添え」


(……鶏肉か。ちょっと、うれしい)


少しだけ笑みを浮かべて、俺は深呼吸をひとつ。


(いこう。ここまできたんだから)


引き戸を開けると、ちょうどお昼時の賑わいだった。

カウンター席には近所の常連らしきおじさんたち、テーブル席では家族連れが談笑している。


「——ラギ?」


ふわっとした声に顔を上げると、奥からエプロン姿の女の子が顔を出していた。


「……なるみん?」


「や〜っと来てくれた〜! 今日の服装聞いてたから、すぐわかったよ〜」


「よかった……なんか、ちょっと緊張してた」


「うん、わかる〜。うちもちょっとドキドキしてた。

でも、ラギってば実物もちゃんと‘ラギ’だった〜。優しげな雰囲気!」


「……それって、褒めてる?」


「もちろん〜!」


俺が入り口に立ったまま気まずくならないように、なるみんは慣れた手つきで奥のテーブルに案内してくれる。


「とりあえず、お昼食べよ。今日はうちのおごり!」


「え、いいの?」


「会ってくれたお礼〜。ラギ、鶏好きでしょ? 鶏の照り焼き定食だから、ぴったりだよ」


「……ありがとう。いただきます」


テーブルに置かれた湯飲みがほんのり湯気を立てていて、

なんとなく、それだけで安心した。



* * *



「ごちそうさま。……ほんとに、美味しかった」


「えへへ〜、ありがと〜。

あれね、うちの店の中でもリピ率高いやつなの」


「そうなんだ……たしかに、照りが絶妙だった。

あと、味噌汁の出汁が、なんか……落ち着く」


「うちの母のこだわり〜。

出汁は毎朝ちゃんと取るの。めんどいけど、それが味になるんだって〜」


「……そういうの、ちょっと憧れる」


なるみんと並んで座るカウンター席。

気づけば、俺は自然に話していた。

いつもの“配信者ラギ”ではなく、ただの俺として。


「じゃあ、そろそろ行こっか。うち、2階が住居なんだよね〜。

部屋、ちょっと散らかってるかもだけど、ごめんね?」


「ううん、大丈夫。ありがと、お邪魔します」


エプロンを外したなるみんが「よいしょ」と立ち上がり、裏口から階段を上がるよう俺を誘導した。

こぢんまりとした階段を抜けて、木の扉を開けると、そこにはどこか“らしい”空間が広がっていた。



* * *



「わ〜、すごい……思ったより機材、揃ってる」


「そでしょ? 見た目よりやる子なの、うち〜」


壁際には撮影用のリングライト、配信画面を確認するためのタブレット、簡易デスク。

机の上には収録用マイクと、料理ノートらしきファイルも置かれている。


部屋の奥は女の子らしくはあるけれど、どこか気取らず、柔らかい空気に包まれていた。


「ラギは、普段スマホ撮影なんだよね?」


「うん。今日持ってきた三脚もこのサイズだし……。

ノートとかは全部紙でまとめてる。まだ慣れてなくて」


「でもさ、うち、ラギの動画、すごく丁寧だな〜って思ってたよ。

構成がしっかりしてるっていうか、ちゃんと考えて作ってるって伝わってくる」


「……ありがとう。嬉しい」


机の横に並んで、二人で座る。

なるみんが淹れてくれたハーブティーの香りがふわりと漂っていた。



* * *



「じゃあ、内容の確認しよっか。

予定通り、『好きな食材』と『最近作った料理』の話題が中心でいい?」


「うん。あとは、雑談で“おすすめの調味料”とか、

“今ちょっとハマってる料理ジャンル”みたいなの……。台本ってほどじゃないけど、軽く流れはある」


「了解〜。

あ、カメラの角度、このへんで大丈夫? ちゃんと顔映り込まないようになってる?反射とかも気をつけないとね」


「平気。……あとは、配信前のツブヤイターで告知するだけ」


「よし、それじゃラギ、スタンバイお願いしま〜す」


「うん」


(よし……あとはやるだけだ)


なるみんとこうして会って、部屋で一緒に配信する日が来るなんて、

少し前の俺には、想像もできなかった。


だけど今——


「準備、できた?」


「うん。配信開始まで、あと……十秒」


「ふふっ、がんばろーね、ラギ!」


俺は画面の録画ボタンに指をかけながら、深く息を吸い込んだ。


「……うん。よろしく、なるみん」


「——配信、開始したよ」


「おっけ〜。こんにちは〜! 聞こえてますか〜?」


なるみんの声が、明るく画面越しのリスナーたちに届く。

映っているのは、二人の手元とテーブルの上。

湯気を立てる紅茶のカップと、焼き菓子の入ったお皿。そこに俺たちの顔は映っていない。


《おお、なるみん今日は誰かと?》

《二人配信!?楽しみ!》

《手元だけでもかわいい……》


コメントが流れていく。

配信が始まったばかりなのに、すでに三桁近い同接がある。


「今日はちょっと特別で〜、ゲストの方に来てもらってます!

料理好きな方なら見たことあるかも? ツブヤイターでも投稿してる、ラギのごはんのラギちゃんです〜!」


「……こんにちは。ラギです。なるみんと同じく、料理の投稿をちまちまとしてます。今日はよろしくお願いします」


「声、やっぱ好きだわ〜ってなるやつじゃんこれ。みんなもそう思うでしょ?」


《ラギさんだ!》

《ほんとにいたんだこの人(失礼)》

《ラギさんの声、落ち着く……》

《配信で喋るの初めて?》


(初めてじゃないけど……コラボは、初めて)


「ラギ、緊張してない〜?」


「してるよ、わりと」


「え〜? 声ぜんぜんブレてないし、プロみたい〜」


「それは……落ち着こうとしてるだけだから」


「偉すぎ〜」


《2人のテンポいいな》

《この空気感、好きかも》

《雑談のくせに癒されるのズルい》


俺はこっそりマイクを見ながら、画面に流れるコメントの速度に目を丸くしていた。




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