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第39話:琴葉からの電話

静かな余韻が部屋に満ちて、

次の“約束”が、確かな輪郭を持って心の中に残った。


部屋の明かりを少し落とし、パソコンのモニターの前に座ったまま、俺はまだ配信で話した声の余韻に浸っていた。


初めてのオフコラボ。

なるみんとの雑談配信は、想像以上にスムーズに進んで、何より楽しかった。


「また一緒にやってほしい」「次は料理配信が見たい」

配信の終盤に流れていた、たくさんのコメントが、今も脳裏に残っている。


——“またやりたい”って、俺の方こそ、そう思ってる。


自分の声で誰かに何かを伝えること。

作った料理を、言葉で、音で届けること。

それは、思っていたよりも……ずっと温かいものだった。


キーボードの上には、録画データを編集するための素材と、メモ帳。

次にやる配信のテーマ。動画の候補。継続していくために、やるべきことは山ほどある。


でも、不思議と重たくはなかった。


この“生活の延長線にあるやりがい”が、俺にはちょうどいい。

無理して誰かになろうとしなくても、少しずつ、色づいていく日々。


そんなことを思いながら、カップに入れたハーブティーに口をつけたときだった。


——スマホが震えた。


画面には「琴葉」の名前。

この時間に琴葉から連絡が来るのは珍しい。しかも電話。


少しだけ眉をひそめながら通話ボタンを押すと、

スピーカー越しに、元気いっぱいな声が飛び込んできた。


「やっほー、あやっち〜! いま大丈夫?」


「……まぁ、大丈夫だけど。どうしたの?」


「実はさ、うちのバイト先でさ、厨房の人が立て続けに辞めちゃってさ〜。

で、急なんだけど……あやっち、ちょっと手伝えないかなって思って」


「……厨房?」


「そうそう。料理できる人がマジでいなくなっちゃってさ。

あやっち、料理できるし、うちと一緒に働けたら、ちょっと楽しそうじゃん?」


「……どこだっけ、琴葉のバイト先」


「駅前のカフェ。青葉珈琲あおばコーヒー! チェーンだけど、地元密着系って感じのとこ」


「聞いたことある。……厨房ってことは、調理メイン?」


「うん。そんなに難しいことはないよ〜。

でも、仕込みと簡単な盛り付けはあるし、慣れてる人がいいなって。

で、うち、真っ先にあやっち思い出したわけ!」


(バイト、か……)


俺はスマホを握ったまま、少しだけ天井を見上げた。


バイトは、まだしたことがない。

時間的にも、SNS活動との兼ね合い的にも、今まであまり真剣には考えてこなかった。


でも——


「ちょっと考えさせて」


「もちろん! 無理なら無理でいいし〜。

でも、来てくれたらうち超うれしい! あやっちとバイトとか、絶対おもろいし」


「……そう?」


「そうそう!

一応、明日中には店長に返事しなきゃだから、また連絡ちょーだいね?」


「うん。わかった。……ありがとう、誘ってくれて」


「ありがと〜はうちが言うセリフ〜。じゃね〜!」


通話が切れて、画面が暗くなる。


俺はふぅ、とひとつ息を吐いた。


動画投稿。配信活動。SNSでのやりとり。

友だち、妹、新しく出会った人たち。

——そして、バイトという“外”の世界。


この数ヶ月で、自分の生活は大きく変わった。

だけど、どれも俺が自分の意志で選んできたことだった。


そしてたぶん、次も。


俺は、ソファの背にもたれながら、

明日の予定と、これからの毎日を、少しだけ楽しみに思いながら目を閉じた。



――――――――――――――――――――――――

これにてコラボ配信編は終わりです。

次回からはカフェバイト編になります。



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