静かな余韻が部屋に満ちて、
次の“約束”が、確かな輪郭を持って心の中に残った。
部屋の明かりを少し落とし、パソコンのモニターの前に座ったまま、俺はまだ配信で話した声の余韻に浸っていた。
初めてのオフコラボ。
なるみんとの雑談配信は、想像以上にスムーズに進んで、何より楽しかった。
「また一緒にやってほしい」「次は料理配信が見たい」
配信の終盤に流れていた、たくさんのコメントが、今も脳裏に残っている。
——“またやりたい”って、俺の方こそ、そう思ってる。
自分の声で誰かに何かを伝えること。
作った料理を、言葉で、音で届けること。
それは、思っていたよりも……ずっと温かいものだった。
キーボードの上には、録画データを編集するための素材と、メモ帳。
次にやる配信のテーマ。動画の候補。継続していくために、やるべきことは山ほどある。
でも、不思議と重たくはなかった。
この“生活の延長線にあるやりがい”が、俺にはちょうどいい。
無理して誰かになろうとしなくても、少しずつ、色づいていく日々。
そんなことを思いながら、カップに入れたハーブティーに口をつけたときだった。
——スマホが震えた。
画面には「琴葉」の名前。
この時間に琴葉から連絡が来るのは珍しい。しかも電話。
少しだけ眉をひそめながら通話ボタンを押すと、
スピーカー越しに、元気いっぱいな声が飛び込んできた。
「やっほー、あやっち〜! いま大丈夫?」
「……まぁ、大丈夫だけど。どうしたの?」
「実はさ、うちのバイト先でさ、厨房の人が立て続けに辞めちゃってさ〜。
で、急なんだけど……あやっち、ちょっと手伝えないかなって思って」
「……厨房?」
「そうそう。料理できる人がマジでいなくなっちゃってさ。
あやっち、料理できるし、うちと一緒に働けたら、ちょっと楽しそうじゃん?」
「……どこだっけ、琴葉のバイト先」
「駅前のカフェ。
「聞いたことある。……厨房ってことは、調理メイン?」
「うん。そんなに難しいことはないよ〜。
でも、仕込みと簡単な盛り付けはあるし、慣れてる人がいいなって。
で、うち、真っ先にあやっち思い出したわけ!」
(バイト、か……)
俺はスマホを握ったまま、少しだけ天井を見上げた。
バイトは、まだしたことがない。
時間的にも、SNS活動との兼ね合い的にも、今まであまり真剣には考えてこなかった。
でも——
「ちょっと考えさせて」
「もちろん! 無理なら無理でいいし〜。
でも、来てくれたらうち超うれしい! あやっちとバイトとか、絶対おもろいし」
「……そう?」
「そうそう!
一応、明日中には店長に返事しなきゃだから、また連絡ちょーだいね?」
「うん。わかった。……ありがとう、誘ってくれて」
「ありがと〜はうちが言うセリフ〜。じゃね〜!」
通話が切れて、画面が暗くなる。
俺はふぅ、とひとつ息を吐いた。
動画投稿。配信活動。SNSでのやりとり。
友だち、妹、新しく出会った人たち。
——そして、バイトという“外”の世界。
この数ヶ月で、自分の生活は大きく変わった。
だけど、どれも俺が自分の意志で選んできたことだった。
そしてたぶん、次も。
俺は、ソファの背にもたれながら、
明日の予定と、これからの毎日を、少しだけ楽しみに思いながら目を閉じた。
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これにてコラボ配信編は終わりです。
次回からはカフェバイト編になります。