「……なるみん、今ちょっとだけ、電話できる?」
そのメッセージを見たとき、直感的に“何かある”と思った。
たぶん、それは言葉のトーンじゃなくて――間だった。
いつもなら「なるみん〜」「また今度〜」「よろしくね〜」って、
ゆるっとした言葉たちのあとに、絵文字や語尾がついているのに。
このときは、文章がやけに静かだったから。
電話口のラギは、最初こそいつも通りに話していたけど、
だんだんとぽつり、ぽつりと、言葉が落ちていった。
「……最近、自分でもわからないんだ。
何のために作ってるのか、誰に見せたいのか……」
そう言ったときの声は、ほんの少しだけ震えていた。
うちは、ただ「うん」って返しながら、頭の中が静かにざわついていた。
ラギの料理は、ほんとにすごいと思ってた。
キレイで、丁寧で、やさしくて――
でも、あのときの言葉は、そんな料理たちを“自分の手から離れたもの”みたいに話していた。
(……どうしたら、また笑えるかな)
電話を切ったあと、自分の部屋で、しばらくスマホを握ったまま黙っていた。
* * *
その晩、自分の投稿していた写真や動画をスクロールして見返してみた。
湯気の立つシチュー。お母さんに教わった唐揚げ。
誰かと笑いながら作った、ちょっといびつなクッキー。
(うち、いつも“何のために”作ってたんだろ)
答えは簡単だった。
――“楽しいから”だった。
家族と食べたときの「おいしい」の顔。
友だちが「えーこれ作ったの!?」って言ってくれた声。
SNSで「真似して作ったよ〜」って届いた投稿。
全部が嬉しかった。
自分が作ったもので誰かが笑ってくれるのが、ただ純粋にすごく嬉しかった。
(ラギにもまた思い出してほしいな)
“うまく伝える”とか“説得する”とかじゃなくて。
隣にいて、一緒に笑って、作って、食べて。
その空気のなかで、ラギが自然に「楽しい」って思ってくれたら――
それがいちばんいい。
だから決めた。
特別なことは何もしない。
“いつも通りのなるみん”でいよう。
変に気を遣って空回りするより、
これまでみたいに脱力して、笑って、ふざけて、普通に話す。
それがきっと、ラギにとっては“居場所”になるかもしれないから。
* * *
配信当日。
駅で会ったときのラギは少しだけ緊張していて
でも、それでも“誰かを迎える顔”をしていた。
部屋に入って、キッチンを見せてもらって、
一緒にコスメを広げて話して、
カメラをセットして、材料を並べて――
そうしてるうちに、ラギの顔が少しずつほぐれていくのがわかった。
「うん。戻ってきてる」
そう思ったとき、胸の中に小さな“あったかさ”が広がった。
配信中もずっとラギは自然だった。
コメントを拾いながら笑って、さつまいもを潰す手元が丁寧で、
形を整えるたびに、ひとつひとつの動作に“気持ち”がこもっていた。
(この感じ、この空気――これが、ラギだよ)
画面越しに伝わったかどうかなんて、正直わからない。
でも、自分の中ではちゃんと確信があった。
ああ、この人はまたちゃんと“自分の料理”を取り戻してるんだなって。
配信が終わって、後片付けをしながら、少しだけ手が触れたとき。
ラギがすぐに手を引かずに、そっと皿を受け取ってくれた。
たったそれだけのことだったけど、うちはそれがすごく嬉しかった。
* * *
帰り道。
駅の手前で、ふと口に出した。
「次はさ、配信じゃなくて、普通に遊びたいなって思った」
――だって、もうただの“コラボ相手”じゃないと思ったから。
そうしたら、ラギが少しだけ目を丸くして
でもすぐに「ダメなわけ、ないよ」って返してくれた。
その声が、少しだけ照れてて。
でもちゃんと、心の奥から出てる感じがして――
(あ、また会いたいって、ちゃんと思えた)
次はカフェにでも行こう。
それか雑貨屋さんでもいい。
どこでもいい。
ただ、ラギと“隣にいる時間”を過ごしたい。
料理は楽しい。
誰かと作るともっと楽しい。
それを思い出させてくれたのはラギで。
それを一緒に味わいたいって思えたのもやっぱりラギだった。
だから――次もまた、
笑って、作って、食べよう。
それがうちの届けたい料理だから。
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これにて綾のSNSへの迷いは終わりです。正直ここら辺はかなり迷って何回も改稿しました。割とまとまったのではないかと思います……。
次回からはクリスマス編になります。