俺がこの世界で最初に見たのは、明かりが松明のみの薄暗い洞窟。
耳が尖り醜い顔をした全身緑色の小人達の下卑た笑顔。
そして、大粒の涙を流し恐怖と絶望に満ちた女性の顔だった。
俺の名前は
公立高に通っている、料理が趣味の普通の高校生だ。
いつも様に学校帰りにスーパーへと寄り、買い物を済ませた。
そして、その帰り道に車のブレーキの音が背後から聞こえたと思ったら……この異世界でゴブリンとして生れ落ちていたわけだ。
ゴブリンの成長は早く、たった1年で人間の10歳くらいまでの大きさになった。
ゴブリンからしたらもう立派な大人である。
その成長の早さと俺が現世界の知識があったおかげか、この世界の言葉と文字をすんなり覚えるとこが出来た。
だがゴブリンの喉ではうまくしゃべることが出来ず、どうしても片言になってしまう。
それでも、この世界の人達とコミュニケーションを取ろうとしたのだが……無駄だった。
ゴブリンは嫌われ疎まれており、モンスターとして討伐の対象になっている為だ。
『はぁ……』
俺は川に映った自分の醜い顔を見てため息をついた。
どうして、よりもよってゴブリンに生まれたのだろうか。
この世界には人間だけではなく、エルフやドワーフといった亜人。
ケンタウロス、ウェアウルフの様な獣人も存在している。
なのに……。
『はぁ……』
もう一度ため息をつきながら、鉄の鍋に水を汲んで持ち上げた。
そして、崖下にある洞窟……自分の巣へと持ち帰った。
この世界の文明は大体中世時代辺り位だろうか。
出来が悪いが鉄の精製、ガラス細工、風車等の簡単な技術はあるが機械は無い。
だがこの世界は人種によって魔法が使える。
ゴブリンも魔法を使える亜種が存在するが、俺は原種だから使えないのが悲しい。
『よいしょっと……さて、次は……』
鉄鍋を自分で組み上げた石のかまどの上に置き、食料保存庫へと向かった。
『…………今日も色々盗んで来ているな』
食料保存庫の中には、雑に置かれた大量の食糧があった。
ゴブリンは生だろうが、腐っていようが、土が着いていようがお構いなしに口へと運ぶ。
文字通りなんでも食うが、俺はそんな事はしない。
姿はゴブリンでも心は人なんだから、ちゃんと選んで食う事にしている。
『クンクン』
積まれた野菜を手に取り、1つ1つ匂いを嗅いだ。
この世界の食料は現世界の物と味はよく似ているが、見た目が全く違う。
ネズミ色の大根、凸凹の無い綺麗な球体のジャガイモ、真っ青なニンジン。
家畜系は象の様に鼻が長い牛、額から長く伸びた角がある豚、四歩足の鶏などなど……最初に見た時はすごく驚いたものだ。
『クンクン……うん、これはまだ新しいな』
ゴブリンは嗅覚が非常に優れている。
そのおかげで、新鮮な食べ物がすぐにわかるのは地味にうれしい。
俺は比較的新鮮で汚れていないジャガイモ、ニンジン、干し肉を選び、かまどの前に戻った。
『よし、調理開始だ』
ジャガイモ、ニンジン、干し肉を手ごろなサイズに切って鍋に入れる。
そこに大さじ1くらいの塩を入れて、様子を見ながら煮込めば……超簡単でシンプルな野菜スープの完成だ。
『さてさて、味はどうかな?』
スプーンでスープをすくい、口へと運んだ。
『……ずず……うん、うまい』
味付けは塩だけだけど、野菜と肉の出汁が出てきて十分うまい。
本当ならここに溶き卵を入れるといいんだが……卵が無かったからしかたない。
『ギャッギャギャ!』
『ギャギャア』
『グゲゲ』
『ん?』
声のする方を見ると3匹のゴブリンがこっちを見ていた。
作ったスープの匂いにつられてやって来た様だ。
『はあ……よいしょっと……』
俺は底が深い皿にほしい分だけスープを入れ、立ちあがった。
いつもの事でもう慣れた。
ゴブリン達は俺の作った料理を奪い合う。
それこそ流血が出るほどに……だから、それに巻き込まれないよう俺は離れて飯を食う事にしている。
『スープくらい、分け合って――』
と、突然巣の外からガシャーンと物が壊れる大きな音が響き渡った。
『なっ!? なんだ!?』
『ギギ!?』
『ギャギャ!!』
巣の中にいたゴブリン達が一斉に入り口へと走って行った。
俺も急いでスープを飲み干し、入り口へと向かった。
巣の外には、鎖で繋がっている2台の大きな馬車が壊れていた。
恐らく崖の上から落ちて来たのだろう。
「……いてて……クソが……」
「つー!」
ふくよかな男と細身の男の2人がヨロヨロと立ち上がった。
どちらも50歳前後位の中年で、身なりの良い格好をしている。
「おい! 何してんだよ!」
細身の男が右手で左肩を抑えながら、ふくよかな男に怒鳴った。
ふくよかな男は頭から血を流しながら答えた。
「しょうがねぇだろ! 馬が蛇に驚いて制御が…………って……げっ!!」
ふくよかな男が俺達の方を向いて驚きの声をあげた。
「あん? 一体どうし……なっ!? ゴブリン!? こんなところに巣があったのか!!」
細身の男も俺達を見て驚きの声をあげる。
「くそっ! さっさと逃げるぞ!」
ふくよかな男が逃げようとするも、細身の男が躊躇する。
「けっけどよ、【積み荷】が……」
「馬鹿野郎! そんな事を言っている場合か! このままだと殺されるぞ! それにあの【積み荷】だから逃げられるんだろうが!」
「あっ! そうか!」
男達はすぐさま森の中へと逃げて行った。
ゴブリン達は中年の男は追いかけず、壊れた馬車に群がった。
それもそのはず……。
「ひいいい!!」
「こっちにこないで!」
「いやああ! いやあああああああ!」
馬車の荷物は檻に閉じ込められた多種多様の女性達。
ゴブリン達が群がるのも当然だ。
俺は馬車に寄らず、近くに落ちていた紙を拾い上げた。
そこには種族とその横に数字が書かれている。
『これは……料金か?』
どうやら、あの男達は人身売買をしていたようだ。
どの世界にもクズはいるものだ。
「手を放して!!」
「誰かあああ助けてええええ!!」
ゴブリン達が女性を無理やり巣へと連れて行こうとしている。
助けてやりたいが、俺一人だと何も出来ない。
これ以上ここにいても仕方ないと思い、巣へと戻ろうとすると……。
『うぎゃっ!?』
『へ?』
冷気とゴブリンの悲鳴が聞こえ、その方向を見る。
すると、全身が凍った状態のゴブリンがいた。
『な、なんだ?』
凍ったゴブリンの先には小さな檻があり、その中には雪の様な白肌、腰まである水色のボサボサの髪、ボロ雑巾のような服を着た5~6歳くらいの少女が黄色い大きな瞳で俺達を睨みつけていた。