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第2話

『あの女の子、一体何をしたんだ?』


 不思議な光景に戸惑っていると、凍ったゴブリンの後ろにいたもう1匹のゴブリンが少女に向かって走り出した。


『キキッ!』


「――っ!」


 少女が地面に両手をつけると、そこから氷の波が現れてゴブリンの右足が包まれた。


『ギッ!?』


 すると、その氷はどんどんとゴブリンの体を上がり覆っていく。


『ギャッギャ!? ギギツ!! ギ……ギ………………』


 そのゴブリンも氷漬けになってしまった。

 あれは氷の魔法なのだろうか。


『ギャッギャッ!』


 傍にいたゴブリン達が一斉に少女から離れて距離をとった。


「…………」


 少女は地面に両手をつけたまま、俺達を睨みつける。

 凍ったゴブリンの位置が同じ、離れたゴブリン達には何も起こらない……という事は、範囲が決まっているのだろうか。


『ギャウギャウ!』


 ゴブリン達が他の女性達を連れて巣の中へと入って行った。

 少女が危険と判断して放置してしまったようだ。


「……………………くすん……うう……」


 それを見て、地面から手を離して少女が泣き始めた。

 泣き声が辺りに響く中、俺は呆然と立ち尽くすのみだった。




 陽が落ちはじめても、少女は泣き続けていた。


『…………よし、決めた!』


 俺は巣の中へと戻り、鍋の中を覗き込んだ。

 騒動があったおかげかスープは残ったままだった。

 かまどに火を入れてスープを温め直し、皿にスープを入れて外に出た。

 そして、ゆっくりと少女へと近づいて行った。


「……ぐす…………あっ! ――っ!」


 俺が近づいて来た事に気付いた少女は両手を地面につけた。

 その瞬間、俺はすぐさまその場で立ち止まった。


『…………』


「…………」


 お互い動かず、沈黙の時間が流れる。

 やはり氷魔法の範囲は決まっているらしい。

 大体3mほどくらいだろうか。 


「安心しろ! 俺 何もしない!」


 沈黙を破り、俺は少女に向かって声をかけた。


「え? しゃべ……った?」


 少女が俺に驚いた様子を見せるが、地面から両手は離さずにいる。


「腹 減ったろ? スープ 飲む」


 俺は器を少し傾け、中身が見えるようにして1歩踏み出した。


「――っ!」


 その瞬間、氷の波が襲って来た。


『うひっ!』


 俺はすぐに踏み出した1歩を引っ込めた。

 氷の波はそこで止まった。


『駄目か……』


 その後もあれこれ試してみるが、結局少女はスープを飲んでくれる事は無かった。




 翌朝。

 俺は見張りもかねて寝ずに少女の檻を眺め、いい方法がないか考え続けた。


『うーん……』


 やはり何が入っているかわからないスープ、しかも渡して来た相手がゴブリン。

 俺なら拒否るし、少女が警戒するのも当然だろう。

 だとすれば、少女の目の前で材料を見せて調理をするのはどうだろうか。

 それなら多少は警戒を解いてくれるかもしれない。


『なら何を作るか……だな』


 今の状況なら普通の料理よりも少女が喜びそうな物…………甘いスイーツなんかどうだろう。

 それなら口にしてもらえるかもしれない。


『スイーツ……スイーツ……ああっ! あれを作ろう!』


 凍った2匹のゴブリンの姿を見て思いついた俺は、すぐさま食料保存庫に向かった。




「うう……パパ……ママ…………――っ!」


 俺の姿を見た少女が警戒態勢をとる。

 俺は少女の氷魔法に気を付けつつ、まずは凍って邪魔な2匹のゴブリンを退かす作業に入った。

 2匹を巣の中に運んだ後、範囲ギリギリまで少女に近づく。


「これ 何?」


 俺は少女に向かって紫色のリンゴを取り出した。

 見た目は毒があるように見えるが、みずみずしくて甘酸っぱい。


「……? リンゴ……?」


 よし、警戒はしているが反応はしてくれた。


「そう! これを……」


 リンゴの皮をむいて芯をとる。

 そして、一口大程度のざく切りにして器の中に入れた。


「次 これは?」


 今度はキウイの様に毛の生えたレモンを取り出した。


「…………レモン?」


「そう!」


 レモンの汁を絞り、大さじ1くらいの量を器に入れた。


「後 砂糖 ハチミツ この中 入れて 混ぜる!」


 レモン同様に砂糖を大さじ1、はちみつを大さじ1を器に入れて、中身がなめらかになるまで棒で擦った。


「なに……? なにをしてるの……?」


 少女が不思議そうに作業を見ている。


『…………よし、このくらいでいいな。後は……』


 俺は立ち上がり、少女に近づこうとした。


「……えっ? ――あっ!」


 少女が慌てて両手を地面につけ、氷の波が襲って来る。

 そう、それを狙っていたんだ。

 俺は材料を混ぜた器を地面に置き、さっと後ろへ逃げた。


「えっ!?」


 俺の行動に少女が驚いたが、氷の波は止まらない。

 そのまま器に当たり、器が凍り付いた。

 器を覗くと、予想通り中の材料が凍っている。


『よし』


 この凍った材料を砕けばシャーベットの完成だ。

 まぁ今の見た目はかき氷に近いが……仕方がない。


 本来なら混ぜた物を冷蔵庫に入れて、凍ってきたらフォークで崩して混ぜ、また凍らせるを繰り返すのだが、今はそんな器用な事は出来ないからこれで妥協するしかない。


「これ 甘い おいしい 食べる」


「……」


 信じている顔をしていないな。

 なら……。


「ばくっ!」


 俺はシャーベットの一部を手に取り、口へと放り込んだ。

 うん、冷たくて甘酸っぱくておいしい。

 いい感じに仕上がっているな。


「あまい おいしい! 見た通り 安全 この通り」


 俺は体を動かし、必死に安全をアピールした。


「……」


 だが、少女は地面から手を離す気配がまったくない。


『くっ』


 このままだとシャーベットが溶けてしまう。

 溶けると意味がない。

 これ以上は埒が明かないと判断した俺は、壊れた馬車の木の板と棒を外し、器を板の上に乗せた。

 そして、少女を刺激しないように板を棒でゆっくりと押し、目の前まで持って行った。


「……」


 少女がシャーベットをジッと見つめている。

 俺はそそくさと巣の中へと戻り、こっそり覗いて様子を伺った。

 後はあの少女次第だ。


「………………きらきらして……きれい……」


 少女のお腹からク~と可愛いお腹の虫が鳴った。


「あっ……っ」


 少女が檻の隙間から手を伸ばして器を掴んだ。

 そして震える手でスプーンを握りしめて、シャーベットを少しだけすくい口の近くに持って行った。


「………………ぱくっ」


 一瞬ためらいがあったが、意を決して口の中へと入れた。


「シャクシャク……んっ! あまくておいしい!」


 少女は次々とシャーベットを口へと運ぶ。


「おいひい! おいひい!」


 大粒の涙を流しつつ、笑顔でシャーベットを食べ続ける少女。

 よかった、これで1歩前に進んだぞ。

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