お昼、俺は氷魔法の範囲外にかまどを作り、水を入れた鍋を上に置いた。
そして食材を入れた袋からネズミ色の大根を取り出して、少女に見せた。
「これは?」
「ダイコン!」
少女が答えた。
俺は大根を置き、凸凹の無い綺麗な球体のジャガイモを手にした。
「これは?」
「ジャガイモ!」
次はナスの様な形をした緑色のピーマンを手にした。
「これは?」
「……」
「?」
答えてくれない。
それに、すごく嫌そうな表情をしている。
これはもしかして……。
「これ 嫌いか?」
「…………うん……ピーマンきらい……」
少女が小さく頷いて答えた。
どこの世界でも子供のピーマン嫌いは共通なんだな。
「じゃあ これは?」
俺は気を取り直して干し肉を見せた。
「ん~? ……なんのおにくなのか、わかんない」
流石にこの状態だとわからないか。
「豚だ」
俺はピーマン以外の食料を切り鍋へ入れ、かまどに火をつけた。
シャーベットの時と同じ様に、材料から見せてからの目の前で調理作戦だ。
本当なら好き嫌いは良くないのでピーマンを入れたい所だが……今はそれをしてはいけない。
それでせっかく得た信用が落ちたら笑い話にもならん。
「塩 入れる」
大さじ1程度の塩を鍋の中へと入れた。
本来ならもっと手の込んだ物を作りたいところだが、いかんせんここにはまともな調理器具が無い。
ゴブリン達は料理なんてしないから調理器具なんてあるわけがないのだ。
この鍋もヘルメットの様に頭にかぶって持ち帰って来た物を使っているし、焼き物をする時はその辺の石を使っている。
少女が口を入れる物に石焼きはちょっとな。
「これは?」
別の袋に入れておいた魚を取り出した。
この近くの川で獲れる魚なんだが……胸ビレの部分が、カエルの前足の様な形で水かきが付いている。
泳ぐ時はその前足で泳いでいるからすごく不気味だが、味の方は淡白な白身でほんのりな甘味がしておいしい。
「あっ! おさかなだ~!」
魚嫌いじゃなさそうだからメインで行けるな。
魚の下処理は見せられないと思い、持ってくる前に鱗と内臓類は取り除いておいて正解だったな。
木の枝で作った串を坂の口からさして、中骨を縫うようにくねらせながらS字にして通す。
そこに塩を全体的にまぶして、かまどの傍の地面に刺して焼く。
「わ~! おさかなのいいにおいがする~」
目をキラキラとさせている。
問題なく食べてくれそうだな。
シャーベットの時同様に、スープを入れた皿と葉っぱの上に乗せた焼き魚を板の上に乗せ、少女の目の前まで押した。
「おいしそう!」
少女はスプーンを手に取り、スープをすくった。
「ふ~ふ~……あ~ん…………ん~! おいしい~!」
スープを半分くらい飲み、次は焼き魚に手を伸ばした。
「あ~ん! ……モグモグ……このおさかなもホクホクしておいしい~!」
少女はあっという間に食べてしまった。
「おかわり、ある?」
「ある。 皿 こっち 投げる」
「……」
どうしたんだろう。
ジッと俺の方を見て、皿を投げる気配がないぞ。
「……えと……もうこおらせないから、こっちにきてもいいよ?」
「えっ? あ、ああ」
俺はゆっくりと檻へと近づいた。
少女の言う通り、何もしてこない。
心を開いてくれたのはすごく嬉しい。
嬉しいが……これはこれで危険だ。
「俺以外 近く 駄目。他は 凍らす」
他のゴブリンは俺と違って危険だ。
ゴブリン全部が大丈夫と思わせてはいけない。
「ほかっていわれても……みんな、いっしょのかおでわかんないよ」
「あっ そうか……」
少女の言う通りだ。
ゴブリンの顔なんて、どいつもこいつもほとんど同じ。
となると俺だとわかるようにしないといけないな。
俺は辺りを見わたし、馬車の窓につけられた白い布が目に入った。
「あれだ。ちょっと待つ」
俺は布の部分を破き、バンダナの様に頭に巻いた。
「これで 俺だと わかる」
「うん! それならわかる!」
俺は少女から皿を受けとり、スープをそそぎに行った。
「えと 君 名前は?」
檻の傍へと戻りスープを渡しつつ、俺は少女に話しかけた。
「なまえ? ミュラは、ミュラだよ」
「ミュラか。 わかった これからそう呼ぶ」
「うん。じゃあ、あなたのおなまえは?」
「えっ?」
「あなたのおなまえ、なんていうの?」
俺の名前か。
現世界では高木幸助なんだが、この姿で本名を呼ばれたくない。
となれば……。
「俺 名前 無い」
という事にしておこう。
「そうなんだ。じゃあ、ミュラがつけてあげる!」
「えっ?」
「ん~と……ん~と……ゴブリンだから~……」
ミュラが腕を組み、真剣に考えている。
名前なんて無くてもいいなんて言えないな、これ。
「………………ゴブ! ゴブリンのゴブ! どう? いいでしょ!」
良いでしょって、ゴブリンの上から取っただけじゃないか。
まあせっかくミュラが考えて付けてくれたんだ、その名前を貰うとするか。
「わかった 俺は ゴブ」
「うん! よろしくね! ゴブ!」
「俺 ミュラの事 色々 知りたい。話して ほしい」
「――っ」
俺の言葉にミュラが体を一瞬ビクリとさせ、こわばった表情をした。
まずい、これは踏み込むのが早かったか。
「嫌なら 話さなくて いいから!」
俺は慌てて両手を振った
「………………ううん…………おはなしして……いいよ……」
そう言うと、ミュラが話し始めた。
途中で黙ってしまったり、言葉を詰まらせる時もあったが最後まで話してくれた。
ミュラの話は、想像以上に辛い内容だった。
半年ほど前、ミュラが住んでいた村が突如鎧を着た人達に襲われたらしい。
父親はそいつらと戦い、母親はミュラと一緒に森の中に逃げるが追手が迫ってきた為、母親は囮になって離れ離れになってしまった。
残されたミュラは森の中を走ったが、その途中であの人身売買の2人に捕まってしまったらしい。
「……それから…………ここに………おちちゃ…………て…………」
ミュラが目をこすりながら船をこぎ始めた。
昨日の夜はまともに眠れなかったし満腹感も重なり、睡魔が襲って来た様だ。
「眠いなら 寝る」
「…………う……ん…………す~……す~……」
ミュラは狭い檻の中で横になり、寝息を立て始めた。
俺は起こさないよう、静かに皿に手を伸ばした。
「……んん…………パパ……ママ……」
ミュラの寝言に顔を向けると、涙を流している。
『……』
泣きながら寝ているミュラの姿を見て、心が苦しくなった。
『……飯を作る事以外にも、やれる事はやって行こう』
俺はミュラの上に布をかけようと巣へと戻った。
が、どの布も悪臭が酷くて、かけた瞬間にミュラが目を覚ましてしまうのは一目瞭然だ。
そんな事をして、距離を置かれてしまっては意味がない。
『うん、これは絶対にやれる事じゃないな』
俺は諦めて、ミュラの元へと戻って行った。