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第4話

 夕方。

 ミュラが目を覚ましたのを見計らい、俺はミュラを救出する為の行動に出た。


「ミュラ その檻 壊す。離れる」


「うん」


 ミュラが檻の端へと移動した。

 俺は鉄格子を手に持ち、思いっ切り引っ張った。


『んがああああああああああ!!』


 檻はびくともしなかった。

 やはり俺如きの握力だと無理か。


「ぜぇーぜぇー…………少し 待つ」


 俺は巣へ戻り、手斧を持ってミュラの元へと帰った。

 刃物は使いたくなかったが、仕方ない。


「ミュラ 身を低くして 絶対 動くな」


「う、うん」


 ミュラは頭を両手で抑えて身を縮こませた。


「ふう……よし 行くぞっ!」


 俺は檻の鉄格子に向かって勢いよく斧を振りおろした。

 火花を散らし、金属音が辺りに響く。


『ふんっ! ふんっ!』


 何度も斧を振り下ろすが、鉄格子に傷がつくだけでびくともしない。


『ぜぇーぜぇー ……これも駄目か』


 これは俺の力じゃどうしようもない。

 助けを呼ぼうにも、そんな相手はいないし……。


「……すまない ミュラ。助ける 方法 思いつくまで 我慢してくれ」


「…………うん……わかった……がまんする」


 とはいえ、このまま野ざらしは良くないよな。

 けど、この檻は重いから俺の力だと押す事も引く事も出来ない。


『仕方ない。工作は得意じゃないけど……』


 俺は壊れた馬車の木材をかき集めて、ミュラの檻を囲うように簡易な小屋を組み立てた。

 隙間あり、見た目がボロボロとかなり酷い出来だが、壁と屋根がある分無いよりはマシだろう。


「これで 多少 雨風 防げる」


「ありがとう、ゴブ」


「じゃあ 俺 巣に戻る」


 俺は巣へ戻ろうとすると、ミュラが引き留めて来た。


「……ゴブいっちゃうの?」


「え? ああ そうだが?」


「……う……」


 俺の返事に対して、ミュラは何かを言いたそうに口をもごもごとさせた。


「どうした? 言いたい事 言う」


「…………ひとり、さみしい」


 ミュラが俯いてポツリと言った。


『ああ……そっか』


 雨風を防げようが、こんな状況だと不安しかないよな。

 こういう事に気が回らない俺は駄目すぎるぞ。


「わかった。俺 ここ 居る」


「っ! うん!」


 ミュラの檻の横に板を置き、俺はそこで寝る事にした。



 2日間、俺はミュラの傍で過ごした。

 他のゴブリン達はミュラの魔法を恐れ、一切近づいてこない。

 結果、傍にいる俺はホブリン達から仲間外れ状態になってしまったが、全く気にならなかった。

 人と……ミュラと会話をしている方が数倍楽しかったからだ。


 そして、事が起きたのは3日目だった。

 朝日はまだ出ておらず、空が薄ら明るい明け方頃、怒声と大きな物音で俺は飛び起きた。


『――っ!? なんだなんだ!?』


 辺りを見わたすと、同じように起きたミュラが不安そうに俺を見つめていた。


「ゴ、ゴブぅ……なっなに……? なにが……あったの?」


 恐怖で声が震えている。

 俺はすぐに檻へと近づいた。


「大丈夫。様子見る ちょっと待つ」


「う、うん……」


 檻から離れ、馬車の板の隙間から外を覗いた。

 そこには松明を持った6人の多種多様の人が、巣の入り口前で立っている。

 怒声と騒音は巣の中、ゴブリン達が戦っている様だ。


『……誰だ? あいつ等は…………あっ!』


 松明を持った人たちの1人、ウルフカットの白髪の女性のケンタウロス。

 その首には剣と弓がクロス状になっているペンダントがつけられていた。


『冒険者達か!』


 異世界物では定番の職業、冒険者。

 当然の様に、この世界にも冒険者ギルドが存在する。

 ゴブリン討伐の依頼を受けた冒険者達が俺達を駆除しにやって来たんだ。


 馬車の瓦礫の中で過ごしていて良かった。

 巣の中に居たら、今頃あの冒険者達に殺されていたかもしれない。

 そう思うと寒気がして来た。


「ゴブ……どう?」


 ミュラの声ではっと我に返った。


「ああ 冒険者が……」


 これはミュラが助かるチャンスじゃないか。

 あの冒険者達なら檻を壊して、ミュラを救出してくれるはずだ。

 よし、善は急げだ。


 俺は馬車の中から顔を出し大声で叫んだ。


『グギャギャ!』


「えっ!?」

「ああ?」

「むっ?」


 俺の声で外にいた冒険者達がこちらを向いた。


「あそこにゴブリンがいます!」


 女性のケンタウロスが、青い瞳で俺を睨みつけながら叫んだ。


「ちっ! あの瓦礫の中にもいたのかよ!」


「私に任せて下さい!」


 女性のケンタウロスが槍を構え、こっちに向かって勢いよく走って来た。

 よし、うまくいったぞ。

 俺はすぐに顔をひっこめ、ミュラの傍へ近づいた。


「ミュラ さよならだ」


「えっ? ゴブ?」


「はあっ!!」


 ケンタウロスの叫びと同時に、槍が馬車の瓦礫を吹き飛ばす。

 俺はその瞬間、馬車の裏側にある茂みへと向かってジャンプした。


「こんな所に隠れても無駄です!」


 散らばった馬車の破片と辺りが薄暗い事もあり、茂みの中へ逃げ込んだ事には気づかれなかったようだ。


『っ……』


 だが、無事にとは言えない。

 吹き飛ばされた馬車の破片が、右腕に突き刺さってしまった。

 痛みを我慢しつつ、身を潜めてミュラの様子を伺った。


「さあ! 観念しな……えっ!?」


「……あっ……ああ……」


 馬車が壊された勢いか、はたまたケンタウロスの姿に驚いたのか、ミュラは呆然としていた。


「ど、どうしてこんな所に女の子が? それにゴブリンは何処に…………いや、今はゴブリンを気にしている場合じゃない。ミーノさん!」


 ケンタウロスの呼びかけに、巨漢のミノタウロスが反応した。


「ん? どうした、ノルン」


「こちらに来て下さい! 檻に入れられた女の子がいるんです!」


「なんだと!?」


 ミノタウロスはドスドスと2人の傍まで走って来た。


「ちっ! あのクソ野郎共、こんな少女までさらっていやがったのか」


 クソ野郎共、さらう。

 なるほど、あの人身売買の奴等の情報で冒険者達がここに来た訳か。

 あの言い方だと捕まったようだし、いい気味だ。


「お嬢ちゃん、出来るだけ檻の隅に寄るんだ」


「え? あっ……う、うん……」


 ミノタウロスの言葉にミュラが檻の隅へと寄った。

 そして、ミノタウロスは鉄格子を掴んだ。


「いくぞっ! ふんぬううううううう!!」


 ミノタウロスが叫ぶと同時に鉄格子の隙間が広がっていく。

 なんてすごい力だ。


「ふう……これくらい開けば出れるな」


 ミノタウロスが檻から離れ、ケンタウロスはしゃがんでミュラへと手を伸ばした。


「もう大丈夫ですよ」


「……あ、ありが……とう……」


 ミュラはケンタウロスの手を取り、檻から外へと出た。

 これでもう安心だ。


『……元気でな』


 これ以上ここに居ると、冒険者達に見つかる恐れがある。

 ミュラを見届けた以上、さっさと逃げるが得策だ。

 俺は痛む右腕を左手で押さえつつ、静かに森の奥へと走って行った。

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