俺は森の中をひたすら走った。
行く当てどこにもなんてない。
しかし、逃げなければ俺は殺される。
今の俺はそういう立場なのだから。
『はあはあ……ここまで……はあはあ……来れば……大丈夫か? ……ふう……いてて』
日が上がり、辺りは明るくなっていた。
俺は足を止めて休憩をとる事にした。
腕に刺さった木片を抜き、頭に巻いていた布で傷口部分をきつく結んだ。
とりあえず止血は出来た。
さて、どうするか……。
『うーん……』
このまま隠れて森で暮らすか?
……いくらゴブリンの体でも、サバイバルの知識がないと生きていくのは無理だ。
他のゴブリンの巣へ入り込むか?
……他の巣が何処にあるのかわからん。
思い切って村か町の住人として紛れ込むか?
……この姿で、どうやって紛れて生活するんだ。
『ああっ! くそっ! どれもこれも現実的じゃ――ん?』
少し離れた場所から物音が聞こえてきた。
それも、こっちに向かって近づいて来ている気がする。
『一体何……が……あっ!!』
振り返り、大きな失態に気付いた。
俺の走って来た茂みの低木の小枝は折れ、草は踏みつぶされている。
この獣道の様な跡を、あの冒険者達が見つけて追いかけて来たんだ。
『くそっ!』
俺は急いで茂みの中に隠れた。
物音がすぐそこまで聞こえて来た。
『――っ』
俺は息を殺して物音がする方向を見続けた。
そして、俺の目の前に現れたのは――。
『えっ!?』
「はぁ~……はぁ~……」
肩で息を切らせたミュラの姿だった。
どうして、ここにミュラがいるんだ。
あの冒険者達に助けられたんじゃないか。
「ミュラ!」
俺は思わず茂みから飛び出してしまった。
「どうして ここに いる!?」
「あっ! ゴブ! よかった~おいついた~」
ミュラが笑顔で駆け寄って来た。
「あっ、けがしたの!? いたい? だいじょうぶ?」
血の滲んだ布を見て、ミュラが心配そうに触れた。
「問題ない。それより 何故 ここに居る!?」
「ゴブがしんぱいで……おっかけてきた……」
「はあ!? なっ……冒険者達は!?」
「おりからでたあと、どうくつのなかからゴブリンがいっぱいでてきたの。そしたら、ぼうけんしゃさんたちがたたかいはじめて、そのあいだに……」
『なんて事を……』
ミュラの話を聞いて頭が痛くなってきたが、今はそんな場合じゃない。
「ミュラ 今すぐ 戻る!」
まだあの場所に冒険者達がいるはずだ。
「やだ!」
ミュラが大きな声で拒絶する。
「戻る!」
俺も負けじと大声をあげた。
「やだああ!」
それでもミュラは折れない。
「ミュラは、ゴブといっしょにいる!」
「っ!」
まさかミュラがここまで強情だとは思いもしなかった。
こうなったら、無理やりにでも冒険者達の元に…………いや、連れていった瞬間俺の命が無くなるだけだ。
『くっ!』
もうこれ以上ここに長居はしたくない。
ミュラは俺と同じくらいの背丈だから、痕跡をすぐに見つけて追いついて来た。
そうなると冒険者達もいつ痕跡を見つけて追いかけて来るかわからない。
もはや、これしか方法はないか。
「……わかった。疲れたら すぐ言う」
ミュラを連れて行くしかない。
「っ! うん!」
ミュラが嬉しそうに頷いた。
『とはいえ、何処に向かおう……』
俺はミュラのペースに合わせながら、痕跡が残りやすい茂みを避けつつ歩き始めた。
太陽が真上まで上がった。
『はあ……はあ……』
「ふぅ~ふぅ~……」
休み休み進んでは来たが、やはり疲れがたまって来た。
喉も乾いたし、腹も減った……これは良くない。
当然、ミュラも同じ状態だろうしどうにかしないと。
『はあ……はあ…………ん?』
足を止めると、微かに水が流れる音が聞こえてきた。
もしかしたら近くに川があるかもしれない。
俺は両目をつぶり、耳を澄ませた。
「? ゴブ、どうしたの?」
「しっ 静かに……」
「っ!」
俺の言葉に、ミュラは両手で自分の口を押えた。
「………………こっちだ」
恐らく川があるだろう場所に向かって歩き始めた。
すると、すぐに沢を発見することが出来た。
「やった! 水だ!」
「わああああい!!」
俺とミュラは走って沢まで近づき、両手で水をすくって喉を潤した。
『……ふぅ、生き返った』
本来ならそのまま飲むのは良くない。
だが、火を起こす事やろ過をする事は出来ないから仕方ない。
「ゴクゴク……ぷはっ! ……あれ? ねぇゴブ、あれっておうちかな?」
「えっ?」
ミュラが指をさしている方を見ると、確かに高台の頂上に家らしき物が建っている。
「かも しれないな」
けど、こんな場所に家があるっていうのはなんか気になるな。
安全の為、ミュラをここに置いて様子を見て来るか。
「なら、ごはんをたべさせてくれるかも! いってみようよ!」
ミュラが家に向かって走り出した。
「え? あっ! ミュラ 待つ!」
俺は慌ててミュラの後を追いかけた。
頂上に着くと、そこには木で作られた一軒家が建っていた。
ツタが伸び放題の壁、周辺は雑草まみれで長い事放置されている感じがする。
とても人が住んでいるとは思えないが、そんな先入観を持っちゃ駄目だ。
「俺 見て来る。ここ いる」
「う、うん。わかった」
先ほどまで元気だったミュラも、家の光景を見て怖気づいたのか素直に応じた。
俺は身を低くして慎重に家へと近づき、窓ガラスから家の中を覗き込んだ。
中は木製のテーブルと1脚の椅子、暖炉があり、床には目に見えるくらいホコリが溜まっている。
『人がいたら、こんなにホコリはたまらなよな』
今度は扉のノブに手をかけ、引いてみた。
鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いた。
家の中へと入り見渡した。
ホコリくさい事を覗けば、特に異常は見当たらない。
俺はそのまま奥にあった部屋へと入った。
その部屋にはタンスとベッドが1台づつ置いてあった。
ベッドの上には、1枚の毛布が雑に置かれた状態だ。
『……最悪のパターンじゃなくて良かったぜ』
遺体の有無、それが無くて本当に良かった。
次にタンスを開けてみると、くたびれた男物の服が数枚入っていた。
ここに住んでいたのは男で、1人暮らし。
理由はわからないが、荷物がほとんどない事を考えると引っ越したのだろう。
そして、それ以降この家に人が入っていない。
今の俺達にとって好都合な物件だ。
俺はすぐに扉まで戻り、ミュラを呼んだ。
「ミュラ 大丈夫だ」
俺の呼びかけにミュラが家の中に入って来た。
「うわ~……ほこりくさい……」
鼻を抑え、眉間にシワを寄せるミュラ。
「野宿より まし。けど 簡単に 掃除 する」
流石に、このままでは体に良くない。
これくらいはしないとな。
「うん」
「じゃあ ミュラ 奥の部屋 頼む」
「まかせて!」
ミュラは意気揚々と奥の部屋に入って行った。
おいおい、何も持たずに行ってどうするんだよ。
「ゴブ! きて!」
「っどうした!?」
ミュラの大声で、俺は慌てて部屋に駆け込んだ。
すると、窓を開けたミュラが外を見ていた。
「はやくはやく! こっち!」
『?』
俺は怪訝な顔をしつつ傍に近づき、窓を覗き込んだ。
「あっ……」
「うみとおっきいまち!」
窓から見えた景色は、太陽の光でキラキラと光る青海原。
そして、大小様々な船が停泊している大きな港町だった。