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第6話

 おっと、綺麗な景色はいいがずっと見ている暇はない。

 やる事をやらないと日が落ちてしまう。


「ミュラ 毛布のホコリ 払って 干す」


「あ、うん」


 ミュラは毛布を手に取り、その場で勢いよく降った。

 そのせいでホコリが煙の様に部屋に舞った。


「ゲホゲホッ! 払うなら 外!」


「ゴホッ! ゴホッ! ごっごめん~」


 ミュラは窓の方に向かい、俺は暖炉のある部屋へと逃げた。


『ゲホッ! まったく』


 俺は右手を振って埃を払いながら、部屋の片隅へと向かった。

 そこには暖炉に使う薪が積み重ねて置かれていた。

 薪の上にはロープが置いてあり、横には錆びた斧と穂先が曲がった箒が立て掛けられていた。


『柄が長いから、俺もミュラも使いにくいが……大人用だから仕方ないか』


 俺は箒を手に取り、今度は暖炉に近づいた。

 暖炉は長方形に削った石で組まれ、真ん中にはクッキングスタンドが置いてあった。

 上には鉄鍋とフライパン、木を削って作られた木製の器とスプーン、火打ち石が置かれている。

 鉄鍋とフライパンを手に取ってクルクルと回し、状態を確認した。


『……錆は無しと……洗えば使えるな』


 鉄鍋とフライパンを元に戻し、ベッドの部屋へと戻った。

 丁度ミュラは窓枠に毛布を掛けていた。


「これ使って 床 掃く」


「あっ、はいは~い」


 ミュラは箒を受けとり、床を掃き始めた。


「ゆかをはきはき~」


『……』


 ボサボサの髪、ボロ雑巾のような服を着た少女がサイズの合わない箒で掃除をしている。


「はきはき~……って、どうしたの? なにかおかしい?」


『……いや なんでも ない。続けて』


「? うん」


 この絵面、完全に奴隷じゃないか。

 そもそも、ボロ雑巾のような服を着せたままなのが駄目だ。


『まだ日が高いから、洗濯も間に合うかな?』


 俺はタンスから前の持ち主の服を取り出した。

 男物だが、あんなボロ雑巾のような服よりは断然マシだ。

 ズボンは……サイズ的に、俺もミュラも履けないから洗わなくていいか。


『ん? なんだ?』


 ズボンのポケットに硬い物を感じ、手を入れた。

 中から出て来たのは小銭だった。


『出し忘れあるあるだな……』


 小銭をポケットに入れ、ズボンを戻してタンスを閉めた。


「俺 沢で洗い物 する。掃除 まかせて いいか?」


「うん、まっかせて~!」


 家の掃除をミュラに任せ、俺は鉄鍋とフライパン、木製の器、服を持って沢へと向かった。




『……これでいいかな?』


 正直、洗剤が無いからどれだけ綺麗になったのかわからない。

 まあ水が濁ってはいないから大丈夫だろう……多分。


『さて、後は……食い物だけど……』


 この沢に何かいればいいんだけどな。

 俺は沢へと入り、石を退かし始めた。

 すると、水の中をカサカサと走る影が見えた。


『そこだっ!』


 俺はその影に向かって手を伸ばし、つかみ取った。


『――あいてっ!!』


 挟まれた痛みが人差し指と中指に走る。

 この痛みは間違いない。

 水の中から手を上げると、予想通りカニのハサミが人差し指と中指を挟んでいた。


 5cmほどの真っ黒なサワガニ。

 こっちのカニはハサミが4本もあるが、食べられるし味も現世界とほぼ同じだから問題は無い。


『良かった。とりあえず、この沢に生き物がいる事はわかったぞ』


 後は、どれだけ捕まえられるかだ。

 捕まえたサワガニを鍋へ放り込み、次を探し始めた。



 30分ほどかけ、鍋の中には9匹のサワガニ。

 もっと獲りたいところだが、他にもやらない事があるからここまでだ。

 家に戻ろうとすると、こっちに向かって走って来るミュラが見えた。


「お~い! ゴブ~! おそうじ、おわったよ~!」


「ああ ありがとう」


「おそいからおむかえにきた。なにしてたの?」


「カニ 獲ってた」


「カニ?」


 カニの入った鍋をミュラに見せる。


「お~! カニさんだ~!」


 ミュラは目をキラキラさせて、右手の人差し指でツンツンとサワガニを突いた。

 あ、これはまずい。

 食べるの可哀想だとか言っ――。


「おいしそうだね~……じゅるり」


 ク~とミュラの腹の虫も鳴いた。

 まったく問題はなかった。

 ミュラって結構食い意地はった娘だよな。


「ハサミ 痛い 気を付ける」


「うん。ねぇ、カニさんはミュラがもってい~い?」


「いいぞ。結構 重い 気を付ける」


「だいじょうぶ、だいじょ――ぶっ! んんん~~~!!」


 ミュラはプルプルと震えながら鍋を持ち上げ、歩き始めた。

 ここで俺が持つと言い出すと怒りそうだし、転びそうになったらすぐ支えられるように真後ろをキープしつつ着いて行った。




 家に戻り、木の枝にロープを結んで木と木の間に張った。

 服を干すのをミュラに任せ、俺はサワガニの調理に取り掛かる事にした。


 まずは下ごしらえ。

 サワガニを裏返して、腹の真ん中下部についているふんどし……三角形の部分を下に引いて剥がす。

  ……以上。

 本当なら一晩おいて、泥抜きとフンを出させる方がおいしいんだがそんな事は言っていられない。

 なんたって朝から何も食っていないんだからな。


 次はサワガニをどうやって食べるかだ。

 現世界でもそうだが、サワガニは寄生虫がいる可能性があるから生で食べてはいけない。

 絶対に火を通す事が大事だ。

 理想としては油で揚げるのが良いんだが、ここには油が無い。

 スープはサワガニだけだと味気が無さ過ぎる。

 蒸すとなると道具がない。

 となれば、フライパンで焼くしかないな。


 暖炉に火を入れ、フライパンをクッキングスタンドの上に乗せた。

 そして、全てのサワガニをフライパンの中にIN。

 後は様子を見ながら炒め続けるだけだ。

 辺りには甲殻類特有の焼ける匂いが漂い始めた。


「わあ~! いいにおいがする~!」


 洗濯物を干し終えたミュラが家の中へと入って来た。


「もうたべれるの?」


「もう ちょっとだ」


 焦げない様にスプーンで動かして、全体が真っ赤に色付けば……。


「サワガニ焼き 完成!」


「わ~!」


 時間的にはまだ3時を過ぎたくらいだが、朝昼と食べてないしもう食べてしまおう。

 5匹のサワガニを器に入れてミュラに渡し、フライパンに残った4匹を自分の元へと寄せた。


「……」


 ミュラは受け取った器をジッと見つめた後、今度はフライパンの方に視線を向けた。


「どうした?」


「やっぱり……ゴブのぶん、1ぴきすくないよ」


「9匹 だから 気にするな。俺 これでいい」


「よくないよ! ちゃんとわけないとだめ!」


 ミュラは器から1匹のサワガニを手に持ち、パキっと半分に割った。

 そして、俺のフライパンの中へと入れた。


「はい、ゴブのぶん」


 ミュラがニカッと笑った。

 ……その優しさに甘えるとしよう。


「ありがとう。 じゃあ 食べようか」


「うん!」


 1匹のサワガニを掴んで、口の中へと入れた。


『あむ……ポリポリ……うん、うまい』


 香ばしいカニの風味、パリパリとした歯ごたえ。

 塩が無くても素材の味で十分旨味がある。

 実に美味だ。


「あ~~ん……ポリポリ……バリバリ……んん~!! おいひぃ~」


 ミュラがサワガニを口いっぱいに入れて頬張った。

 その姿はまるでリスの様だ。



 空腹も相まって、俺達はあっという間にサワガニを平らげてしまった。

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