食った食った、満足だ……とまではいかない。
やはりサワガニだけだと物足りないな。
俺がこうだから、当然ミュラも……。
「……」
空っぽの器をジッと見つめている。
思った通り物足りんか。
「……はっ! ミ、ミュラはおなかいっぱいだよ! あ~おいしかったな~」
ミュラは俺の視線に気が付き、右手で自分のお腹を擦った。
すると、ク~と腹の虫が鳴った。
「あっ……ちっちがうの! これは~その~……ゴホッゴホッ! せきだよ! せき! ゴホッゴホッ!」
ミュラがわざとらしく咳をした。
嘘がバレバレだ。
『うーむ、他に食べ物があればいんだが…………あれ、待てよ』
近くに大きな港町があるけど、ここは高台だ。
毎日下りて、港町まで食料を買いに行くのは考えづらい。
家の周辺には畑があった様子もないし、あの沢では大物なんて獲れない。
森で植物を採ったり、狩猟するにも限界がある。
となると、どこかに保存食といった備蓄がある可能性が高い。
俺はキョロキョロと家の中を見渡した。
食べ物が残っているのか、残っていたとしても食えるのかわからない。
けど、探す価値はある。
「? ゴブ、どうしたの?」
そうだ、家を掃除していたミュラなら何か見つけているかも。
「ミュラ この家 何か 変な所 なかったか?」
「へんなところ? う~ん、べつにそんな……あっそういえば、ゆかにしかくいせんがあったよ」
「四角い線? それ 何処?」
「こっちだよ」
ミュラが後に着いて行くと、同じ部屋の片隅だった。
「これ」
ミュラが指をさした床には、人的に切って出来た四角い線があった。
場所と四角のサイズを考えると、これは床下収納か点検口のどちらかだろう。
俺は床の線に指をかけて板を上げてみた。
『…………あった』
床の下には深さ50cmほどの穴が掘られており、周りは木の枠で囲まれていた。
そして、その穴の中には何かが入っている円柱型の保存瓶2本と、液体の入った1リットルペットボトルほど瓶が1本転がっていた。
俺は3本の瓶を取り出し、床へと置いた。
保存瓶の1本は乾燥した緑色の豆、もう1本には薄切りにされたカラフルなキノコが入っている。
液体の方は蓋を開けてみないとわからないが……瓶の形的に恐らく酒類だろう。
「わ~! マメとキノコだ~! これ、たべられるの?」
「それ 今 確認する」
まずは食えたらラッキーだが、かなり危険でもあるキノコから。
キノコの入った瓶を手に持ちくるりと回した……瓶のひび割れは無し、カビも生えている様子もない。
次に木の蓋を持ち、グッと力を入れてみた……蓋はしっかり閉められている。
とりあえず、空気に触れての酸化はなさそうだな。
さて、肝心の中身はどうだろうか。
見たところ乾燥もしていないし、液体も入ってない。
となるとキノコの塩漬けになるかな。
木の蓋を開け、さっそく腐敗チェックの開始だ。
チェックその1、嗅覚。
『スンスン……ふむ…………うーん……』
どう判断したらいいのか困る臭いだ。
腐っている様な感じもするし、ただのきのこ臭にも感じる。
2~3種類のキノコが入っているから、敏感な俺の鼻だと余計にキノコ独特の臭みで判断ができん。
くそっ、俺の鼻が敗北するなんて悔しい。
チェックその2、触感。
食べ物が腐っていた場合は粘りが出る、ぬめりや糸を引いた場合……完全にアウトだ。
瓶の中に手を入れ、1枚のキノコを掴んだ。
『……ぬめりあり、糸あり……か』
うん、これはアウ……待てよ。
よく考えたら、なめことかぬめりや糸を引くキノコは存在する。
これもその種類かもしれん。
そう考えると、アウトと決めつけられない。
チェックその3、味覚。
ゴブリンの体だからこそ出来る確認方法だ。
こんな怪しい状態で食べたくないが、こればかりは仕方ない。
『ふう……いざっ! ぱくっ……もぐもぐ……』
思った通り、このキノコは塩漬けだ。
だが……明らかに入っていないはずの酸味が微かに感じる。
これは食べない方が良さそうだな。
「これ 駄目。食べれない」
「そっか~。じゃあ、こっちのマメはどうなんだろう」
「確認 する」
キノコの時同様に瓶を手に持ち、くるりと回した。
こちらも瓶、蓋ともに問題はない。
俺は蓋を開けて、3粒の乾燥豆を取り出して口の中へと入れた。
もうチェックは味覚だけで十分だ。
あのキノコを食べた後に、今更豆3粒なんてどうって事ない。
「ポリポリポリ」
乾燥豆特有の歯ごたえに大豆の味。
グリーンピースだと思っていたから、大豆の味に驚いたが……まぁそれはどうでもいい。
匂い、味、食感、どれも問題無し。
これならミュラも食べられるな。
「豆 食える」
「えっ! ほんとう!? じゃあミュラもたべる!」
ミュラは瓶の中に手を突っ込み、豆を手一杯に握りしめて自分の口の中へと放り込んだ。
「ボリボリボリボリ……ふぁ~このボリボリがたまんない~」
「あまり 食うなよ。夕食 使う」
「もぐもぐ……ゴックン…え? このままたべるんじゃないの?」
「どうせなら ひと手間 入れる」
とは言っても、ものすごく簡単な事だけどな。
まず、大豆を軽く洗う。
そしたら水に入れた鍋の中へと入れる。
ここで一晩置けば大豆が水を吸ってふっくらとなるが、今回は夕飯にする為に1時間程度で水から上げて水気をとる。
次に大豆を熱したフライパンに入れる。
はじめは強火で行きたいからクッキングスタンドに置いて、焦げ付かない様に絶えずフライパンを振り続ける。
「ふわ~……おマメのやけるいいにおいがする~」
パチっと音がしだしたらフライパンを火の上まで離して、振りつつ弱火で15分くらい煎る。
出来たら、器の中に入れて大豆を冷ませば……。
「……これで 煎り豆 完成!」
「おお~! このままでたべるより、ずっとおいしそう!」
サワガニの時と同じ様にミュラには器、俺はフライパンで食べる。
流石に豆を数えるのは面倒なので、大体で分け合った。
「それじゃ いただき……」
「ハグハグ! モグモグ……ん~! こうばしくておいひぃ~!」
ミュラの奴、食うのが早いな。
まぁいい、俺もさっさと食おう。
『パク……モグモグ……懐かしい味がする』
この煎った独特の匂い、歯ごたえ、大豆の甘味。
節分で食った豆を思い出すな。
俺達はサワガニ同様、あっという間に豆も食べきってしまった。
その頃には、空は赤く染まっていた。
洗濯物は乾ききっておらず、今日着るのは諦めて家の中へとしまった。
テーブルの上や椅子に引っ掛けておけば、明日には乾いているはずだ。
そうこうしているうちに辺りは暗くなり、ミュラはあくびをしたり目をこすり始めた。
疲れて眠いのは俺も同じだ。
その為、俺達は早々に寝る事にした…………のだが。
「いっしょにねるの!」
ベッドの上で、ミュラが自分の右側をパンパンと叩いた。
「いや 俺 床で……」
「ね~る~の~!」
叩く力が強くなる。
ミュラが俺と一緒に寝たいと言い出すなんて思いもしなかった。
「は~や~く~!」
さらに叩く力が強くなる。
「……わかった」
このままだとお互い寝れそうにないから、大人しく言う事を聞こう。
俺はベッドに上がり、横になった。
「はい」
ミュラが毛布の半分を俺にかけてくれた。
「それじゃあ、おやすみ~」
「ああ おやすみ」
「すぅ~……すぅ~……」
しばらくすると、ミュラの寝息が聞こえて来た。
『……』
こんなホコリくさいベッドじゃなくて、普通のベッドで寝させてあげたい。
食べ物もきちんと食べてほしい。
『やっぱり、俺といるべきじゃないよな……よし……』
俺はある事を心に決め、眠りについた。