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第17話

 俺はさっそくハムとレタスとトマトのサンドを手に取った。


「え~と! え~と! ミュラはこれ~!」


 ミュラは牛肉とレタスのサンドを手に取った。


「ウチはこれからいくっス!」


 コヨミは迷いなくフライドチキンサンドを手に取った。

 そして、3人同時にサンドイッチにかぶりついた。


「「「ガブッ!」」」


『モグモグ……うん……これだよ……これ!』


 この世界に生まれてから1年しかたっていないけど、すごい懐かしい味がする。

 ハムとレタスとトマトだけのシンプルな物だが……それがいい。

 ああ……現世界の光景が目に浮かぶ……。


「もぐもぐ……ん~! うしのおにくおいしい~!」


「もぐもぐもぐもぐ……――っ! 思った以上に、たるたるそーすとフライドチキンがめちゃくちゃ合うわ! 揚げた鶏肉の味がたるたるそーすでより引き立つ! 玉ねぎのアクセントがまたたまらない! ハグハグッ!」


「おお! おいしそう! ミュラもそれたべる~! パクッ……モグモグ……んっ」


 ミュラはサンドを口の中に押し込み、口を動かしながら身を乗り出してフライドチキンサンドを掴んだ。


「ミュラ 行儀 悪い」


「モグモグ……ゴックン……だって、どんどんたべたいんだもん! あ~んっ! ……ん~! これもおいひぃ~!」


 そう言うと、フライドチキンサンドに噛みついた。

 まったく、このミュラの食い気はすごいな。

 食欲旺盛はいいが、もっと大人しく食べてほしい気持ちもある。


「モグモグ……くううう! このポテトサンドもたまらない! まよねぇずとジャガイモもこんなに合うなんて! やめられない!」


 ふとコヨミの方を見ると、今度はポテトサンドを頬張っていた。

 こっちもこっちで、すごい事になっているな。


「もごもご……ひゅらもひゃらも!」


 口を動かしながら、今度はポテトサンドを手にするミュラ。

 おいおい、とうとう飲み込む前に手を出し始めたよ。


「慌てる 駄目。喉 詰まる」


「らいりょうふ! らいりょうふ! あ~むっ! モグモグ」


 ミュラは余裕そうにポテトサンドにかじりついた。

 頬っぺたが大きく膨らみ、まるでリスの様だ。


『あーあ……どうなっても知らな……ん?』


「……」


 と、突然ミュラの口が止まり、微動だにしなくなった。


「おい ミュラ どうし――」


「むぐぐぐ!」


 ミュラが顔が真っ青になり、苦しそうに自分の胸辺りを叩き始めた。


「ミュラ!?」


「っ! まずいっス! 喉に詰まらせたみたいっス!」


 だから言ったのに。


「むぐうううう!」


 慌てて俺達が立ち上がると同時に、ミュラはテーブルの上に置いてある水の入ったコップを手にして口につけた。


「――んぐっ! んぐっ! ぷは~! は~は~…………しぬかとおもった……」


 良かった。

 詰まりは解消されたようだ。


「あ~……くるしかった……」


「だから 言った のに」


 コヨミがミュラの傍に行き、様子を伺う。


「……特に異常はなさそうっスね……気持ち悪いとかあるっスか?」


「ないよ、ぜんぜんだいじょうぶ」


「そうっスか。もし何かおかしいと感じたら、すぐにウチに言うっスよ」


「うん、わかった。あと、ごめんなさい……」


「謝る 必要ない。でも 今度から 気を付ける」


「は~い」


「よし、じゃあ食事を続けるっスよ」


 コヨミがパンと手を叩き、席へと戻った。

 流石のミュラもゆっくりとサンドイッチを食べ始め、楽しいパーティーはあっという間に終わった。



 俺達は風呂に入り、寝間着に着替えた後、歯を磨いてから月牙の食堂の2階へと上がった。

 1階が食堂兼住宅、2階が主に寝室として使っているらしい。


「えーと、ゴブくんはここで寝てもらっていいっスか? 物置で申し訳ないっスけど……」


 案内された俺の部屋は、タンスやら物が雑に置かれている。

 それでも、掃除は定期的にしている様でホコリくさくはなかった。


「気にしない。ありがとう」


 1年間、洞窟で寝てたからな。

 部屋と布団があるだけで、十分贅沢と感じる。


「そう言ってもらえると助かるっス。はい、これ、ゴブくんの布団一式っス」


 コヨミが抱えていた布団一式を受けとり、物置……もとい俺の部屋へと入った。

 そして、布団一式を床に広げる。

 うん……すごく人間の寝床ぽくて涙が出そうだ。


「ふあ~……」


 俺の様子を見ていたミュラが、大きなあくびをした。

 今日は色々あったからな、疲れが出て来たんだろう。


 ミュラはコヨミの部屋で一緒に寝る事になった。

 最初は俺と一緒に寝ると駄々をごねていたが、2人で必死に説得をして何とかミュラを納得させることが出来た。


「もう寝ろ。おやすみ ミュラ」


「……うん…………おやすみ……ゴブ……」


 目をこすりながら、コヨミに連れられて部屋から出て行った。

 俺はランプの明かりを消さず、布団の上に寝転んだ。


『ふうー……大変だったが、幸運な1日でもあったな』


 ミュラを置いて行くつもりが、まさか一緒に暮らす事になるとは思いもしなかった。

 これもコヨミのおかげだ。

 条件があるとはいえ、かなりの好条件だ。

 何かお礼が出来たら…………と考えていると、コンコンとノックの音がした。


『ん?』


「コヨミっス。まだ起きてるっスか?」


「ああ 起きてる」


「ちょっとお話、いいっスかね?」


 話しか、なんだろう。


「構わない。入って くれ」


「お邪魔しますっス」


 物音を出さない様、コヨミが静かに部屋に入って来た。

 そして、布団の上にちょこんと座った。


「ミュラ は?」


「ミュラちゃんは、布団に入ったとたん寝ちゃったっスよ」


「そうか。で 話は?」


「…………ミュラちゃんの両親が生きているかもしれない……そう言ったら、どう思うっスか?」


「っ! 生きているのか!?」


「答えてほしいっス」


 コヨミが真剣な顔をして、真っ直ぐ俺を見つめる。

 俺もコヨミから目を逸らさず答えた。


「当然 会わせたい」


 それ以外の選択肢は無い。


「…………まっ当然っスよね。今から話す事は憶測で、可能性があるというだけっスからね」


「ああ」


「両親は、ミュラちゃん同様に連れ去られたと思うっス」


「どうして だ?」


「人身売買の奴等、魔封石も持っていたと考えられるっス」


「魔封石?」


 なんだそりゃ。


「簡単に言ってしまうと、相手の魔法を使えなくする石っスよ」


 そんな物があるのか。

 氷魔法が使えるミュラが、どうしてあいつ等に捕まっていたのか理解できた。


「その石は、滅多に手に入らない物なんっスが……それをそいつ等が持っていたとなると、人身売買には権力者……または裏組織が関わっていると思うっス」


「……」


 こっちの世界にもあるんだな……闇の部分が……。


「そして、目をつけたのが隠れ里に住んでいた希少種の人たちっス」


「隠れ里? 希少種?」


「そうっス。この世界には能力を軍事利用しようとした者がいたり、迫害を受けたりした種族が人目を避け、隠れて住んでいる場所がたくさんあるっス」


「そう なのか……」


「ここ1年、村が襲われたなんて話は聞いた事が無いっスから、隠れ里が襲われたのは間違いないっス。となると、希少種は絶対に生け捕りにしたい……と欲のある奴はそう考えるっスよね」


「なるほど……それで 生きている……かもか」


「そういう訳っス。なので明日、ウチは冒険者ギルドに行って、捕まった奴等と話が出来ないか聞いてみようと思うっス」


 なるほど、ミュラについての情報を得る為か。


「頼む」


 俺だと、それは絶対に無理だからな。

 コヨミに任せるしかない。


「話は以上っス」


 コヨミが立ち上がる。


「色々と ありがとう」


「いえいえ、ウチも両親の元にミュラちゃんを帰したいって思いもあるっスから……それじゃあ、おやすみなさいっス」


 コヨミがニコリと笑う。


「ああ おやすみ」


 コヨミが部屋から出て行った。


『ミュラの両親か……』


 俺はランプの明かりを消して、布団へもぐった。

 両親が生きていてほしいと願いつつ……眠りについた。

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