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スコップLv.1:スコップ最強伝説の始まり

 薄暗い通路に、靴底が砂利じゃりを踏む音が響く。壁に並ぶ青白い誘導灯ゆうどうとうが、人工的な光を規則正しく投げかけていた。


「何か聞こえる……?」


 俺は足を止め、周囲を見回した。天井にはわずかにエーテル結晶が浮遊し、あわまたたいていた。


 湿った空気が肌に張り付き、どこからか微かな低音がひびく。まるで、ダンジョンそのものが呼吸しているようだった。


「おい、緊張してるのか?」


 佐久間がニヤリと笑い、俺の脇腹わきばらを突いてくる。

 短髪で小柄な彼は、何かと軽口をいうタイプだ。


「ちげーよ。いくら俺が弱いからって流石にこの階層はバイトみたいなもんだ」


 この世界にダンジョンが発生する様になってもう20年だ。低階層なんて完全に管理され尽くしている。


「ちょっと2人とも! 緊張感持ってよね!」


 後から、不満げな声が飛ぶ。振り返ると、黒髪をきっちり結び、メガネ越しに鋭い視線を向けてくる少女……。


 井上さんが、眉をひそめていた。


「講習でも、一番危険なのは油断だって言ってたでしょ!」


 井上さんが人差し指をピシッと突きつける。俺と佐久間は顔を見合わせ、つい笑ってしまった。

 生粋の委員長気質、彼女のお説教は、いつものことだ。


「そうだね、井上さん。ごめん」


「ごめんごめん」


 俺は同意して、小さく頭を下げる。佐久間も拝むように手を合わせて軽い調子で謝った。


「もうっ!」


 その様子を見て、井上さんはプリプリと怒りながら腕を組む。俺と佐久間、そして彼女の3人が講習で組まれたパーティーメンバーだ。


「──おいッ!!」


 再び道を歩いていると、背後から急に怒号が響く。

 耳がキーンとなった。


「モグラどもが、チンタラ歩いてんじゃねぇよ!」


 次の瞬間、ゴンッ──!

 井上さんが弾き飛ばされ、壁にぶつかった。


「きゃぁっ!」


「おい!」


 井上さんはそのまま尻餅をつく。その横暴ぶりに怒りが沸き、俺は声を上げて前へ踏み出す。眼前には抜き身の剣を肩に担いだ巨漢が威圧的に俺を見下ろしながら立っていた。


「あ"ぁ? 何か文句があるのか? お前の! そのスコップで!! 俺とやろうってか?」


 男は俺の武器をあざ笑うように、わざと肩をすくめてみせた。それに合わせて、彼の後方にいた取り巻きが声を上げる。


「砂場でお城でも建ててろよな!」


 取り巻きの連中がゲラゲラと笑う。俺の握るスコップがやけに重く感じた。俺だって、好きでこんな土木道具を武器にしている訳じゃない。


「……」


 俺は何も言い返せず、道を譲った。


 心臓が跳ね、手足が冷たくなる。情けない、悔しい。言い返したいのに、喉がひりついて声が出ない。


「井上さん、大丈夫?」


 俺が井上さんを助け起こそうと駆け寄ると、男は見下すように俺たちを見て、小さく鼻で笑って彼のパーティーメンバーと共に通り抜けていく。


「ごめん、俺が弱いせいで……」


 男たちの姿が見えなくなってから、俺は肩にかけていたスコップを握りしめてしぼり出すように2人へ謝った。


「なーに言ってんだよ! 悪いのはどう考えてもあいつらだろ!」


 佐久間がいつもの軽薄なノリで、肩に手を回す。


「そうだよ! 私たちだって別にゆっくり歩いていた訳じゃないのに! 何様のつもり!? 順番も守れない社会不適合者がっ!」


 井上さんがそう言って地面を踏み締める。ルールを守らない相手に対して、彼女は結構……毒舌だ。


「まぁでも、俺が弱いのは事実だしな……」


 ピッ──。

 リストバンドのボタンを押すと、青白い光が弾けるように広がり、半透明のホログラムが浮かび上がった。


 数字とグラフが淡く瞬き、俺の現実を突きつけてくる。


────[ステータススキャン]────

名前:掘土竜成ほりどりゅうせい

レベル:1/1

Dダンジョンレベル:1

体力:100/100

攻撃:15

魔力:0/0

防御:5

敏捷:15

器用:10

エーテル吸収率:20%

ヒューム出力:1.00hm

スキル:スコッパーI

────────────────


「しっかし、まるでゲームみたいだよな」


 佐久間の言葉に、俺も頷く。


「レベルとかあるしな」


 ダンジョン発生後に生まれた人類……俺たち"新世代"はダンジョンから放出されるエーテルと呼ばれるエネルギーを力に変えられる。ホログラムに表示された"レベル"とは、その適応度を表しているらしい。


「これはわかりやすく数値化してるだけだから、過信しちゃだめだよ!」


「わかってるよ、講習でも聞いた」


 井上さんの言葉に、佐久間が面倒くさそうに背中で返事をした。俺はその講習の内容を思い出しながら呟く。


「確かHPは7割を下回ったら撤退だったか」


「そう! ゲームみたいに0寸前まで戦うなんて不可能だからね! 7割でもその後に適切な治療が受けられなければ死亡リスクがあるんだから!」


「竜成はどの項目も結構優秀だよな」


 佐久間の言葉に、俺は呻くように答えた。


「しかし、スキルがなぁ……」


 佐久間の言う様に、俺の数値はどれも低くは無い。魔力は無いけど、そもそもこの項目は魔法世界の人類以外には関係がない。


 俺の呟きに、井上さんが言葉を詰まらせる。


「竜成くん……」


 体のエーテルへの適応度、即ちレベルが上がれば、俺たちは固有の特殊能力が芽生える。それをリストバンドのAIが解析し、わかりやすく表示したものがスキルだ。


 今は解析が進んでだいぶ楽になったけど、スキルはまるでエーテル病患者の超能力の様に千差万別で当時は大変だったらしい。


「スコッパーなんて、馬鹿げてるよな。佐久間は"カバームーブ"で味方の位置を入れ替えられるし、井上さんは"マリオネット"でアイテム作ったりモンスターを操れるのに」


 俺はスコップがちょっと硬くて鋭くなるだけだ。


 俺がおどけてそう言うと、先頭を歩いていた佐久間が振り返った。その顔には、いつもの軽薄な笑みが消えていた。


竜成りゅうせい


「わ、悪かったよ。つい……」


 俺が咄嗟とっさに謝ると、佐久間は首を左右へ振る。そして、俺の両肩に手をおいて真剣な表情で語った。


「俺は、スコップが悪い武器なんて思わないぜ。地面を掘れるし、突き刺せば槍みたいに使えるし、腹で殴ればバット並みに強いだろ?」


 佐久間がそう言うと、ニヘラといつもの軽薄な笑みを浮かべて俺の両肩をポンポンと叩く。


「強くなって、スコップが最強だって証明してやろうぜ!」


 佐久間はそう言って、拳を突き出す。これがなぐさめだってことぐらい、俺にもわかる。だけど今はその優しさが嬉しかった。


 彼の優しさにむくいるために、俺はその言葉を本当にしてやろうと心にちかって拳を合わせる。


「あぁ、スコップは最強の武器だ!」

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