不気味な軋み音がダンジョンのあちこちから響く。等間隔に吊るされた誘導灯が無秩序に振り回され、壁の影がぐにゃりと歪むたび、不愉快な明滅を生み出していた。
「ハァ……ハァ、お、おい!」
佐久間が息を切らしながら声をかける。汗によって服がじっとりと肌に張り付き、どこかで崩れた岩盤の破片か、それとも誰かが流した血の匂いか。嫌な鉄の匂いが鼻を抜けていく。
「どう、した!」
俺もそれに、走りながら答えた。
「これは……普通のことなのか?」
「え?」
「たまにエーテルが吹き出してDレベルが変わることがあるのは知ってるけど、こんなにやばいのかよ!?」
佐久間の疑問に、井上さんが息を切らしながら答える。その声音は、この事態の深刻さを物語っていた。
「こんな異常事態、聞いたことない。たとえダンジョンから無事に出られたとしても、これじゃその後どうなるか……」
その時、井上さんの話はこっちの世界では聞いたことがないような声によって遮られる。
「ギィギヤァ!」
奇妙な声と共に、曲がり角の先から赤い目をした小柄な影が現れた。実物と対面するのは初めてだけど、講習では何度も見ている。
Dレベルが上がってまだ時間が立っていないから、幸いなことに元々いたモンスターに遭遇したらしい。
「ゴブリンか……! まかせてくれ!」
俺は佐久間と井上さんにそういうと、2人を追い抜いてゴブリンへ肉薄する。背丈は人間の子供ほど。しかし、牙を剥き、短剣を振り上げるその姿には野生の凶暴さが宿っていた。
その数、2匹。
「おらぁあああ!!」
走る勢いをそのままに、スコップを上から地面を掘るように突き刺す。ゴブリンは盾を掲げて防ごうとするが。
「ギィギャァア!」
ズガァアアン!
俺がスコップへ力を込めると、青白い輝きがスコップの刃に宿る。そのまま盾をダンボールのように切り裂き、ゴブリンの頭蓋骨を貫通する。刃はそのまま喉を抉って地面へと突き刺さった。
「ギャギャ!」
「うるせぇ!」
もう一匹が短剣を振り上げる。俺は地面に刺さったスコップを振り上げ、ゴブリンの顔に土を被せる。
「こっちは!」
視界が失われて動揺しているゴブリンの顔面に、スコップの腹をフルスイングで叩きつける。
「急いでんだよ!!」
カキーン!!
金属バットでフルスイングした時のような痛快な打撃音と共に、ゴブリンの頭が吹き飛ぶ。
「しゅ、瞬殺……? あのゴブリンが盾ごと一撃って……」
ゴブリンの体が、黒い霧となって崩れ落ちる。そばに残ったのは、小さな角と、スコップの刃についた血の跡だけだった。
佐久間がごくりと喉を鳴らす。
「お前、そのスコップ、どこのメーカーだ……?」
「普通に一昨日ホムセンで買ったやつだけど?」
「はぁ、武装強化系ってやっぱすごいよなぁ」
俺の返事に、佐久間が感心した様子で頷く。
俺が不満を抱きながらもダンジョンにスコップを持ち込んだ理由はまさにこれで、たとえ土木道具だったとしても、スキルの恩恵を考えれば普通に地上の武器を持ち込むよりは遥かに有用だったりする。
じゃあスキルの内容がスコップじゃなくてもっとまともな武器ならもっと強い? それは、そう!
「そういえば、自信がなくて言及しなかったんだけど」
井上さんが悩ましげな表情で口を開く。
おいおい井上さん、あなたがツッコミを放棄したらこのPTはどうなってしまうんだ!
「竜成くんのそれ、スコップじゃなくてシャベルじゃないの……?」
「え?」
「だって、スコップは小さくて先が尖ってるやつで、シャベルは長くて先が直線のやつ……だよね?」
「これ先端が尖ってて長いやつだし普通にスコップコーナーにあったけど?」
「???」
「ちなみに予備でちっちゃいのも買ったけどこっちは先が直線だよ?」
「??????」
井上さんが宇宙猫みたいな顔をしている。
「で、でもそれ……店員さんに何も言われなかったの??」
井上さんの質問に、俺は一昨日の事を思い出して腕を組む。
「そういえばレジ通した時に、商品名はシャベルって言われた気がする……」
え、じゃあこれシャベルなの?
スキル使えなくない?
「え、じゃあこれシャベルなの? スキル使えなくな……」
背筋がゾッと冷え、額に冷や汗が流れる。
いや、ダメだ! ここでもしもスコップ判定を拒否されたら、俺の戦力は完全にゼロになる!
俺の思考を佐久間が遮る。
「ま、まぁ良いじゃん! スコッパーのスキルが発動してるからきっとスコップなんだよ!」
「そ、そうだよな!! これはスコップだよな!!!」
佐久間の言葉に、俺は自分で自分へ言い聞かせるように全力で乗っかることにした。もう深いことは考えないことにしよう!
ここでメインウェポンを失うのはまずい!!!
「でも、先が尖ってるのはシャベ……」
まだ宇宙猫状態の井上さんが何かを言いかけるのを、佐久間が声の大きさとその場のノリで遮る。
「スコップ最強!!」
「長いのが……」
俺も佐久間の方法にならう。
「スコップ最強!!!」
「で、でも……」
唐突なスコップ最強連打に困惑した様子の井上さんが更に言葉を続けようとした時、ハッとしたように目を見開いて俺たちを交互に見た。
「もしかして、スキル判定に本人の認識が……」
俺はそれを聞かなかった事にする。
今は深い事を考えないことに全力を尽くしているからだ。
「す、スコップ最強!」
井上さんが、焦った様子で腕を大きく上げながら宣言する。それに佐久間と俺も乗っかった!
「「スコップ最強!!」」
「スコップ最強!」
「「スコップ最強ぉ!!!」」
意味不明な謎の一体感で、俺たちはスコップの問題を強引に押し流す事に成功したのだった。
地図によれば、後2つ広場を抜ければ出口だ。