徐々に後方が騒がしくなるのを肌で感じながら、俺たちは大急ぎでダンジョンの出口を目指す。
ダンジョンそのものが変形でもしているのか、地面が激しく揺れ、天井のあちこちから破片が落ちてきた。
「どけぇぇぇええもぐらぁぁあああ!!!」
後方から、徐々に聞き覚えがある怒号が聞こえてくる。入り口で井上さんを突き飛ばした男の声だ。
レベルに差があるのか、その声はどんどん近づいてくる。
「うわっ!」
男の息遣いが聞こえてきたあたりで、最後尾を走っていた佐久間が声を上げる。後ろを振り返るまもなく、背中に強烈な衝撃を感じた。
「なんっ」
「きゃあっ!」
俺たちはまるでボーリングのピンみたいに吹き飛ばされる。空いた道を爆走する男とそのパーティーメンバー。
「おいこら! 俺たちはボーリングのピンじゃねぇぞ!」
男達の背中に、佐久間が声を上げる。ちょうど俺と同じような感想を抱いていたらしい。
思わず、ボーリングのピンの形をした俺、佐久間、そして井上さんが男の顔がついたボーリング玉に吹き飛ばされるシーンを想像してしまう。
パコーン。
「これはストライクだな」
「言ってる場合かぁ!」
俺が佐久間へ呑気に答えると、井上さんが立ち上がりながら鋭いツッコミを
バァガァァアアン!
そんなやり取りを、轟音が吹き飛ばす。眼前には土煙が上がり、視線を完全に塞いだ。そして、男達の声が響く。
「うわぁあ!」
「何がおきた!」
「
「頼む! 早くしろ! クソッ、こんな所で……!」
声を頼りに、土煙の中へと突き進む。視界が晴れた瞬間、俺は息を呑んだ。男の下半身は、完全に埋まっていた。巨大な岩が足を押しつぶし、骨が砕けたのか、男の顔が苦痛に歪む。
もし、この男に吹き飛ばされなかったら岩盤の下敷きになっていたのは俺たちだっただろう。
「ちょっと待ってろ!」
「クソッ、クソッ! 早く助けろ、俺はまだ……まだ、こんな所で死ぬわけにはいかねぇんだよ!」
男は岩盤の中で必死に暴れ、腕を振り回していた。だが、砕けた足が動くはずもなく、ただの駄々にしかなっていない。俺はスコップを使って、男の周りの土砂を掘り進めていく。
「ひぃ、もう無理だ!」
「こんなやつ置いて、早く逃げるぞ!」
被害を免れた男との取り巻きたちが、そう言ってその場を立ち去っていく。男は視線をあげて彼らへ罵声を飛ばした。
「おい! ふざけんな! 俺を置いていく気か!」
しかし、男の取り巻きたちはその声を無視して遠ざかってく。彼の声は、仲間たちには届かない。
「結局、そういう関係だったんだな」
俺は、男の仲間だった奴らを見て小さくつぶやいた。男は、今度は俺の方を睨みつけながら叫んだ。
「おい! 何ちんたらしてやがる! 早くしろ!!」
「……ああ、そうだな」
脱出に手間取れば、どんどん強いモンスターが湧いてくる。俺は必死にスコップを動かした。
「竜成!」
スコップを振るう俺の腕を、佐久間の手が掴んだ。彼は真剣な表情で俺を見つめてくる。
「佐久間! お前も……」
「無理だ」
佐久間は短く、それだけ告げる。
迷いのない、はっきりとした声だった。
「確かにこいつらは……」
こいつらは、自分たちは強いスキルを得たことで俺たちを見下していた。さっきだって、俺たちを突き飛ばして自分たちだけ助かろうとした。
ムカつくし、嫌な奴らだ。だけど……だからと言って、それはこの場で見殺しにされていい理由にならない。
「わかってる」
俺は奥歯を食いしばりながら、佐久間を見た。彼も、悲しそうに眉を寄せて小さく頷く。
佐久間だって、俺の言いたいことはわかっている。
「でも、もう時間がない」
佐久間は、拳を握りしめたまま男を見ていた。その目には、ほんの一瞬、迷いが浮かんだように思う。
佐久間だって"ムカつくから見捨てる"なんて思っていない。ただ現実問題として、男たちを助けていたら俺たちが助からない。
「おい! 何で止めてやがる! 早くしろ! 頼む、助けてくれ!!」
男は必死に手を伸ばす。その手が、俺のスコップを掴みかける。だけど、俺は一歩後ろへ下がった。
「待て! どこいきやがる! 逃げるのか? おい!! もぐらぁぁああ!!」
男は、絶望に満ちた顔で手を伸ばす。
その指先が、何も掴めずに虚空をかいた。
「嫌だ……こんな終わり方……っ!」
指先が震え、爪が剥がれるほどに周囲の岩を掴む。しかし、その体はもう自由にはならない。
「……悪い」
俺たちはそれだけ言って──背を向ける。
男の助けを求める怒号を振り払うように、俺たちは別のルートを突き進む。それでも、足が止まりそうになる。
「これで、本当に良かったのかな」
「この判断をしたのは俺だ。だから、もしあいつが助かる可能性があったとしても……それは俺の責任だ。お前は気にするな」
俺の呟きに、佐久間が低いトーンで答えた。
「……おい! ……け……ぇ……!」
男の叫びが、俺たちの背中を追いかけてくる。
俺は、強く歯を噛み締めた。
「ぎゃぁあああ!」
背後から男の悲鳴が聞こえて、反射的に振り返ってしまう。視線の先には、岩盤の上に佇む影。それは、まるで獲物の最後を楽しむように……じっと男を見下ろしていた。
……もう、間に合わない。
俺は振り返るのをやめた。