「……本当に、これで良かったのかな」
俺は無意識に呟いていた。
それを見た佐久間が、俺の肩を軽く叩く。
「しょうがなかったんだよ、竜成。俺たちだって生き延びなきゃ」
一つ目の広間が見えてきた時、ダンジョンの揺れとは違う振動が、足元から伝わってきた。
「なんっ……」
思わず、息を飲む。
「おいおい、マジかよ……!」
暗闇の奥で、ゆっくりと
俺は焦りながら、リストバンドをモンスターへと向ける。
────[エネミースキャン]────
名前:ストーン・ゴーレム
レベル:20/20
Dレベル:20
体力:11090/12110
攻撃:650
魔力:500/620
防御:1510
敏捷:40
器用:60
スキル:斬撃耐性Ⅴ
────────────────
「これが……ストーンゴーレム……!」
講習では習っているが、実物を見るのは始めてだ。本来はこんな低階層にいるはずのない、レベル20のモンスターだ。
「ブロロロロロロロロォ!」
出口へと走った冒険者たちは、すでに原型を留めていなかった。壁に叩きつけられた肉片がべっとりと張り付き、足元には踏み潰された内臓が泥のように広がっていた。
全身から滝のように汗が滴り落ちる。何が、何が"ゲームみたい"だ。ここは紛れも無い現実で、そして目の前の化け物は死の象徴として俺たちの前に立ち塞がっている。
「逃げるぞ!」
硬直した空気を、佐久間が叫んで動かそうとする。だけど、俺の足は動かない。俺はそのまま、彼に聞き返した。
「逃げるたって、もうあちこちルートが潰れてて……」
ダンジョンを出るには、もうゴーレムの背後の道を通るしかない。逃げた所で、助からない。
「そりゃ前に逃げるんだよ! 俺が敵を引きつけるからお前たちは先に走れ!」
佐久間は笑いながらそう言い、俺たちの背中を押してくる。確かに、彼のいう事は正しい。
俺は覚悟を決めて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「それなら、
そう言って俺は佐久間の腕を掴む。
「いやいや、ここは盾持ちの俺が適任だろ?」
そう反論する佐久間に、俺はゴーレムを指差す。
「あんな化け物、盾があるとかないとかもう関係ないだろ」
「でも……」
俺の言葉に、佐久間が困ったように視線を井上さんへ向ける。視線を受けた彼女は、悲しそうに首を左右に振った。
その瞳は潤んでおり、彼女もまた、この選択が意味するものを理解している事を物語っていた。
「私は、皆が助かる道を選びたい。誰かが犠牲になるなんていやだ。だけど、だけど……どうしたらいいのかわからないよ……っ!」
そう言って俯く井上さんの背中を、俺は優しく叩いた。安心させるように、なるべく優しい声で続ける。
「この中で一番、敏捷値が高いのは俺だ。結局、誰が攻撃されても同じなら俺が一番生存率が高いだろ?」
「だけど……」
何か言おうとする佐久間の声を
「だから別に、犠牲になるなんて思ってないぞ。まぁ危険っちゃ危険だが、全員が助かろうとするならそれが一番確率が高いだろ?」
さっき、男たちを見捨てたように、今は何かを犠牲にするか、危険を冒さなければ生き残れない状況だ。
佐久間はいいやつだし、多分……井上さんが好きなんだと思う。俺と佐久間、そして井上さん。もし、この中で誰か2人だけしか助かれないなら……それは、彼らだと俺は思う。
「安心しろ、俺のスコップは最強だから」
俺の答えに、佐久間が何か言おうと口を開く。だけど、すぐにその口をつぐむとフッと笑った。その笑みが、どこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。そして、佐久間は拳を俺の方へ突き出す。
「帰ったら焼肉でも
佐久間の言葉に、俺は軽い調子で答えた。
「まじか、じゃあ歌舞伎町の方の
「調子のんな! 最大限、譲歩して小田急の方だ!」
俺たちはそう言ってお互いの拳をぶつけた。
「うっし、いくぞ!!」
俺は気合いを入れて、ゴーレムへ向かって走り出した。
「待って、竜成くん!!」
背後から、井上さんの声が聞こえてくる。
だけど、俺は振り返らない。
「井上! 大丈夫だ! 信じろ!」
そんな井上さんを佐久間が腕を掴んで引っ張っていく。2人がゴーレムを
そんな覚悟でゴーレムへ立ち向かう。
「おらぁあ!」
死体の山を踏み越えてゴーレムへスコップを突き立てる。カンッ、と硬い音と感触が帰ってきた。
「ブルルァアア!」
お返しとばかりに、巨岩のような拳が空気を切り裂きながら俺へ迫る。それを転げるように回避した。
強烈な破裂音が頭の横を通り抜け、足がすくむ。こんなの1発でも食らったらミキサーにかけられたフルーツみたいになる。
「だが、避けられないこともねぇな!」
そう思った瞬間、ゴーレムを構成していた岩が粉々に砕け散り、周囲へと散らばる。だけど、それは俺の勝利を意味しない。魔力によって繋ぎ止められた瓦礫の数々が、俺を襲う。
視界一杯に広がる岩の塊。
逃げ場はどこにもない。
「うっ」
その一部が、俺の腹を
まぁいい、これだけ時間を稼げば、2人は逃げ切れただろう。俺は最後に、2人の方へ視線を向けた。
「え……」