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スコップLv.6:そして不幸は公平に

 視線の先、佐久間と目があった。まるで迷うような目が、次の瞬間にはどこか優しい、覚悟の目へと変わる。


 それが、最後の合図だった。


「カバーワープ!」


 空間にひびいたのは、わずかにエコーがかかったような佐久間のスキル宣言だ。スキルの中には、発声を必要とするものがある。

 佐久間のスキル"カバーワープ"もその中の一つで、宣言と共に、対象と自分の位置を入れ替えるスキルだ。


「いったい」


 視界が一瞬で流れていき、気が付けば俺は出口へ向かう通路の目の前にいた。その隣には、口を開けたままの井上さんがいる。


「何が……」


 足がもつれ、転びそうになる。なんとか体勢を整えると、視線の先にはストーンゴーレムと対峙する佐久間の姿が見えた。


 その時、全てをさとる。


「佐久間ぁああ!!!」


 俺はきびすを返して佐久間の元へ向かおうとした。しかしそれより先に、井上さんが俺の腕を両手でつかむ。


 その指は力無く震えていたけれど、それでも必死に、俺を引き止めようとしていた。


「井上さん!!」


 俺がその腕を振り払おうとすると、井上さんは必死に首を左右へと振った。そして、俺の顔を真剣な眼差しで見上げてくる。


「ダメッ!!」


 井上さんの声が裏返る。

 掴まれた腕が、小刻みに震えていた。


「だって、佐久間が……!」


 井上さんの瞳は涙でにじみ、今にもこぼれ落ちそうだ。だけど、それでも俺をまっすぐに見つめていた。俺が背を向けることを許さない、そんな強い意志が痛烈に伝わってくる。


「竜成くんは……っ!」


 井上さんが、喉が詰まったように小さく言葉を切る。

 それでも、必死に続けた。


「竜成君は、私たちの為に、自分を犠牲にしようとしてたんだよね……!?」


「それは……」


 俺は、言葉に詰まる。

 それは図星だったからだ。


「佐久間くんも、同じ気持ちなんだよ……!」


 井上さんの瞳から、涙が次々とこぼれ落ちる。それでも彼女は、震える唇を噛み締め、俺をまっすぐに見つめた。


「さっき、佐久間君は……」


 嗚咽おえつまじりの声が、俺の胸を締め付ける。


「竜成君がゴーレムにやられそうになった時、少しだけ笑ったの。まるで"これでいい"って、そんな顔をしてた」


 佐久間は……俺が囮になると言った時から、この事態に備えて、俺と同じ覚悟をしていたのだろう。


 井上さんの肩が、小さく震えた。


「そんなの……そんなの、嫌だよ……!」


 現実を否定するように、井上さんが首を左右へと振る。だけど世界はどこまでも公平で、どれだけ望んでも、人の都合なんてんでくれない。


「私だって、助けたいよ!! でも……でも……!!」


 井上さんが、吐き出すように、大きく息を吐く。そして、決意を宿した瞳で俺を見上げた。


「いま、竜成くんが戻ったら、佐久間くんの気持ちを無駄にすることになる……!」


「ちくしょう……!!」


 俺はスコップを強く握った。

 自分の無力さが憎らしい。


「竜成! 井上さんを頼んだぞ!!」


「佐久間! それは、お前が……!」


「証明してくれよな! スコップが最強だって!!」


 俺の言葉を遮って、佐久間が背中越しに叫び返す。いつものような軽口、だけどその声はどうしようもなく震えていて。


「ああ……ああ! スコップは最強だ!」


 佐久間の言葉に答えて、俺たちは走り出す。ゴーレムの怒号、そして地面が砕けるような破壊音が背中を貫いた。






 自分の荒い呼吸音がやけに耳障りだ。血の匂い、汗の匂い。感覚が鋭敏になりすぎて、吐き気がする。肺は張り裂けそうだったし、足はダンベルでも括り付けられたかのように重かった。


 だけど、俺たちは助からないといけない。そうでなければ、佐久間の思いを無駄にしてしまう。


 その思いが俺たちの背中を押していた。


「よし、ここを越えれば……!」


 視界が開ける、広間だ! ここまでくれば、出口はもう目と鼻の先だ。安堵の息を吐いた、その瞬間。


 後ろを振り返る……そには、いるはずの奴がいない。佐久間は、もういない。ついさっきまで軽口を叩いていたはずなのに。"スコップ最強"と拳をぶつけ合ったはずなのに。


 佐久間はもう、俺たちの隣にはいない。心臓が痛いほど締め付けられる。なのに、考える余裕なんて無かった。


「おい、嘘だろ……」


 重く、不気味な足音が響いた。空気が張り詰め、俺たちは足を止める。青白い光の中で、赤くひかる二つの瞳があった。


「なんでこんなところに……!」


 ゆっくりと、まるで俺たちの反応を楽しむ様に、オーガの口角がニヤリと上がる。その足元で、砕けた瓦礫が弾け飛ぶ音がした。吐き出される息が、鉄臭い。血の匂いが混じっている。


「グオオオオオオオオオオォ!」


 天井が揺れるほどの咆哮が響いた。俺は現実が受け入れられず、震える手でリストバンドをモンスターへ向ける。


────[エネミースキャン]────

名前:オーガ

レベル:15

Dレベル:25

体力:5600/5600

攻撃:420

魔力:10/10

防御:310

敏捷:70

器用:25

────────────────


「は……?」


 エーテル濃度の影響で生まれたのだろう、本来はこんな低階層にいるはずのない化け物が再び俺たちの前へ立ち塞がった。

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