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スコップLv.7:託された思い

 足が震える。

 心臓がうるさいぐらいに鳴っていた。


「……」


 俺はスコップを強く握り締め、下を向く。出口はすぐそこ、だけど、オーガは俺たちを通してはくれないだろう。そしてオーガは、今の俺たちが倒せるような生やさしい相手ではない。


「だからって!」


 俺はスコップを握り直し、オーガを睨みつけた。

 俺は、佐久間に託されたんだ。


「こんなところで諦めてたまるかよ!!」


 レベルや数値は目安にすぎない。

 体力が高いからって致命傷を受ければ一瞬で死ぬし、防御力が高いからって全ての部位がそれだけの硬度を持っているわけでもない。


「くらえ!」


 走りながら、ポケットから小型スコップを取り出す。そのままがむしゃらにオーガの顔へ向けて投げつけた。


「ぐるぁあ!」


 スコッパーのスキルで強化され、青白く光る小型スコップをオーガは鬱陶うっとうしそうに丸太のような腕で空気ごと薙ぎ払う。


 ブンッ──!


 強力な破裂音と共にスコップが吹き飛ばされる。

 もし、1発でも喰らえば即死、だけどそんなのはさっきのストーンゴーレムだって同じだ。


「おるぁあ!」


 意識が頭部へ向き、腕によって視線が外れた瞬間を狙ってオーガの足の指先をスコップで突き刺す。スコップが最も力を発揮するのは、こうやって地面を掘るような動作の時だ。


「グルルァアア!」


 俺のスコップはオーガの足の指を切り落とした。オーガは悲鳴をあげながらがむしゃらに腕を振るう。


 俺はそれを潜り抜けて、背後へと回り込んだ。


「ガァァァァアアア!」


 その叫び声がオーガの悲鳴なのか、俺の雄叫びなのかも分からない。背後へ回り込み、両足でオーガの首をがっちりとホールドする。そのまま切腹でもするかのような姿勢でオーガの首元へスコップを突き刺した。


「くたばれぇぇええ!」


 別にオーガの生態になんか詳しくないが、モンスターでも魔力が低いやつは大体こっち側の生き物と弱点は変わらない。首が折れるか、窒息でもすれば倒せるはずだ。


「ガァア!」


 オーガは首を抑えて悶え苦しみ、背中へ手を回そうとするが巨体が災いして俺の位置までてが届かない。


 オーガーの首元から血が噴水のように湧き出し、洞窟の壁を赤黒く初めて行った。


「やべっ」


 このままなんとかなれば良いと思ったが、オーガにはそれなりに知恵があるらしい。やつは壁へ向かって走り出した。意図はすぐにわかった。そのまま壁へ俺をぶつけるつもりだ。


「マリオネット!」


 井上さんの叫びと共に、半透明のエーテル糸がオーガの四肢に絡みつき、動きを拘束する。


「よし! いけるぞ!!」


 糸は長くは持たないだろうが、オーガの息の方がもっと先に切れるだろう。あとは、俺の腕が持つかどうかだ。


「ぐるがぁぁああああ!!!」


 身動きの取れないオーガが、それで必死に首へ力を入れて俺のスコップから逃れようとする。


「くそっ……まだだ、まだ……!」


 俺の腕が悲鳴を上げる。

 呼吸は乱れ、体力は底をついていた。


『証明してくれよな! スコップが最強だって!』


 いつもの軽薄な笑みと声が、脳裏をよぎる。でも、あの時の少し寂しそうだった。あいつは、もういない。


 だからこそ、俺は証明するしか無いんだ。


「こんなところで……っ!」


 あいつの犠牲を無駄にしてたまるか。

 俺がここで倒れたら、佐久間は犬死だ。


「佐久間の為にも、負けられねぇんだよぉぉぉぉぉぉ!!」


「が……あがっ……」


 やがて、ふっとオーガの体から力が抜ける。その巨体が揺らぎ、フラフラと地面へと倒れ伏した。


 舞い上がる土煙を腕で払いながら、俺はスコップを掲げる。


「やった……やったぞ!!」


 地面のオーガが、黒いチリとなって消えていく。同時に、体へ大量のエーテルが吸収されるのを感じる。全身に力が漲り、脳内に新しい知識が刻まれていく。俺はリストバンドを操作してステータスを表示した。


────────────────

名前:掘土竜成ほりどりゅうせい

レベル:4/4

Dダンジョンレベル:32

体力:240/250(+150)

攻撃:40(+25)

魔力:0/0

防御:15(+10)

敏捷:30(+15)

器用:15(+5)

エーテル吸収率:20%

ヒューム出力:1.00hm

スキル:

・《スコッパーI》→《スコッパーⅢ》(スコップ性能UP、新スキル習得)

・バーサクスコップ(スコップの防御が下がる代わりに、攻撃力大幅UP)

────────────────


 Dレベルの高さに驚くが、少なくともこれで元々この階層にいたモンスターに手間取ることはないだろう。


 何より、出口はもうすぐそこだ。


「井上さ──」


「きゃあっ!」


 背筋が凍った。俺が彼女の方へ視線を向けた瞬間、彼女の体が宙へと浮かび上がっていた。


 何かが彼女をかすめたかと思った瞬間、視界の端に赤黒い影がひらめく。次の瞬間、金切り音が響くと同時に、漆黒の翼が空をいた。


「な……あんだよ、あれ!」


 吸い込まれるような黒い翼。誘導灯の青白い光を弾きながら、その鋭い爪で井上さんを掴んだまま宙吊りになっていた。




 俺はリストバンドを操作する。


────[エネミースキャン]────

名前:吸血竜(ブラッドサッカー・ドラゴン)

レベル:30

Dレベル:30

体力:15,000/15,000

攻撃:600

魔力:224/250

防御:500

敏捷:250(飛行)

器用:120

スキル:

・《吸血牙》:噛みついた相手のエーテルを吸収する

・《飛行》:空を自在に移動できる

────────────────


「レベル30……!? 嘘だろ……こんなの、今の俺たちじゃどうしようもない……!」


 その姿は無駄のない筋肉が刻まれたしなやかな四肢を持ち、蝙蝠のような翼を大きく広げた小型の竜だった。赤く光る瞳、不気味にギラつく牙、そして口元から滴り落ちるのは、まだ暖かい誰かの血。


「キシ、キシシシシ!」


 威嚇なのか、まるで笑っているかのような鳴き声を上げる吸血竜。リストバンドでステータスが出るということは、過去に人類が出会ったことがあるモンスターであるのは間違いない。


 だけど、状況は全く好転しない。ステータスの数字へ目を通す度、背筋が凍りつく。あらゆる数値が、オーガが雑魚に思えるレベルだ。明らかに格上のモンスターだった。

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