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第6回

 必要以上のことは尋ねられてもしゃべらない。この幻聖宮で、およそ彼ほど無口で愛想のない魔断はいないだろうと定評のある男だ。しっかりと背を見せられては、もう何を訊いたところで実となるものは得られないだろう。


 しかし……今朝の蒼駕の意味深な行為は、宮母の呼び出しにあったということか。

 相手が蒼駕なだけに、気負っていた分どこか拍子抜けしたような気がする。


 だけど、それだけであの人はあんなことを言うだろうか?


 朝早く起こしに来てまで言わなくとも時間はあるし、着替えのことも、そのとき言えばすむことだ。


「……つまり、呼び出しを知らせる前に、何か話しておこうと考えたことがあるということか?」


 歩いていた足がぴたりと止まる。


 そうでなくては寝ている自分を起こしに来るなどあるはずがない。この服といい、あの言葉といい、それはきっと、宮母の呼び出しと関係しているに違いないのだろう。


 そういったことが裏にあると、どうして早く気付かなかったのか……。つくづく無駄に時間を費やしてしまったことが恨めしい。せっかく蒼駕が作ってくれた時間を、あんなことで台なしにしてしまった。もっと早く気付けていれば、なんとしてもあの場を切り抜け、彼の元まで行ったろうに。


 振り返り、さっきまでいた別館へと続く回廊を見る。

 朝食などとらなくとも死にはしない。急ぎ駆けつけ、そのことを知りたい気がしたが、それでは今度は蒼駕の邪魔になるだろう。


 他の者なら場合によるが、蒼駕だけは例外だ。

 彼は上級退魔剣士だった母の魔断だった者であり、その母が死んだ今では自分の保護者的立場にある。


 決して社交的であるとは言えないこの性格のために、あまり他人と上手に折り合えずにいる自分を何かと庇い、慰めてくれる優しい彼のためにも、せめて立派な退魔師になろうと努力してきたにもかかわらず、自分はそれにすら沿えていない……。


 だれよりも一番大切な蒼駕。

 その彼を困らせるようなことだけは、してはならない。


 自分がどんな用で蒼駕に会いに行こうとしていたか、知らないマシュウに不満をぶつけるのは間違いで、むしろ今まで気付かずにいた自分の馬鹿さ加減にこそ腹を立てねばならないのは分かっていたが、それでもあのとき、あそこにマシュウがいなかったらと思わずにいられなかった。


 まあいい。まだ食後という時間がある。早めにすませて走れば間に合うだろう、と自己嫌悪に滅入りかけた意識をどうにかして引き戻す。


 それにしても一体マシュウはあんな所で何をしていたんだろうか?



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