盛装衣姿だったことを知っているセオドアは、その聞き慣れた声にそちらを見るまでもないと思いながら、あまりの場の悪さにくらくらきたこめかみにそっと手を添える。
白俐は驚いたのは一瞬で、すぐにこれは面白くなりそうだとの期待で口笛を鳴らしたし、蒼駕と碧凌の2人は、まるでこの事を予期していたかのように、変わらず無表情だった。
しかし……あの様子だとこの事を知っていたようだから、来るんじゃないかとは思ってはいたが、それにしても今とは……!
いくら自分に正直で我慢が嫌いとはいえ、もう少し時と手順を選ぶくらいの殊勝さがあった方がいいのではないかと、思う。
そう、せめて、こんな暴挙は自分が退室してからしてほしかった……。
そんな、今にも胃痛が起こりそうなほどのセオドアの思いも知らず、つかつかと部屋の中央まで歩いてきたマシュウは、となりにセオドアを見てさらに一歩前へ出ると、自信たっぷりに口を開いた。
「アルフレートさま、その魔導杖は私が感応するはずだったものではありませんか?」
「そうですね、マシュウ。たしかにあなたたちのうちのだれかに与えられる可能性はありました」
先までの驚きも、その無礼さへの怒りのようなものも一切見せず、アルフレートは率直に答える。
「なら、その感応式にはわたしも参加できるはずです!」
アルフレートの肯定に勢いづき、マシュウは一層高く言い放った。
「そうですね。ですが、ここにいる魔断は皆、セオドアをと望んでいますよ?」
その中で、はたしてできるのか? とアルフレートは彼女に自重を促したのだが、本人に向かって平然と皮肉を並べたてられる豪胆なマシュウが、それくらいで引き下がるはずがない。
マシュウは、その自信満々の笑顔をほんのわずかも崩すことなく答えた。
「いいえ、アルフレートさま。魔断との感応は関係ありませんわ。魔導杖と感応できた者のみが魔断と感応する資格を得られるという規定がある限り、わたしが感応したのであれば、他の魔断たちも取り入れた感応式を開いていただけるはずです。
それにわたしも彼女と同じで故国を持たない補充組ですし、フライアルが欲しているのが上級退魔剣士以上というのなら、わたしにも権利はあります」
幻聖宮において並ぶ者なき最高位の権威を持つアルフレートを前にして、少しも気圧されることなくはっきりと意見を述べられる者が、何人いるだろうか。
マシュウの目に不安による曇りはまるでなく、むしろ自信に満ちあふれ、不敵に輝いてさえいた。
マシュウの言葉は正しい。
上級退魔剣士候補として6年の厳しい訓練期間を終えて最終実技にも合格し、あとは魔導杖を得るのみという状態では、2年間失敗し続けているセオドアより感応できる可能性は高いと考えるのもおかしくない。
それなのに横取りするような形で密かに感応式を開こうとしているのを知れば、マシュウでなくとも見すごすことはできないだろう。ましてや魔断との感応においては考えるまでもなく、マシュウの権利請求は正当なものだ。
初めての試みということも鑑みて、アルフレートも頷くしかないようだった。
「あなたの申し入れを退ける理由はありませんね。
いいでしょう、参加を認めます。ただし、これはあくまで内密に。せめて、明後日の感応式を終えるまでは、ね」
「もちろんですわ。これは先代からの宮母さまが考案なされた試みですもの。それを台なしにするつもりはありません」
これでは一体どこまで知っているのやら……苦笑するアルフレートに、マシュウはにっこりと笑って先の態度の不作法さに対して頭を下げ、これ以上この場にいる必要はないというように、さっさと出て行ってしまった。
セオドアの横をすり抜ける際にしっかりと、勝ち誇った目を向けることは忘れずに。
「あざやかな手並みだな」
マシュウの退室後、白俐が感心の声を発した。
それは、白俐だけが思ったことではない。おそらくはこの場にいる全員、特にセオドアが強く感じていることだった。
なんという自信だろう。
セオドアは感嘆の息をつく。
彼女はあんなにも自分の持つ力に自信を持っている。そして、それを実行することができる、自分自身に。
まだ自分の物とも、セオドアの物とも決まっていない、それどころか2人とも拒み、別の者の魔導杖になる可能性もあるというのに、こういう行動に出て、そのことによって宮母や魔断たちの不興を買うことも恐れてはいない。
そしてそれは、なんとみごとなことか。
そんな彼女の思いと似たことを言葉にしたのは、紫蘭だった。
「マシュウ、か……。あの心の強さは
容姿も、人として短い命で散らすには惜しいほど美しい」
そうして隣の、年配者である蒼駕――魔断は長命種で見た目には2人ともまだ二十代だが、実年齢は蒼駕の方がかなり上をいっている――に意見を求めるよう目を向ける。
「そう、造形は言うまでもなく、あれだけの魂の輝きは、人でなくとも惹きつけられておかしくはないね」
返答を口にすることによって先の彼女の姿を強く思い起こしたのか、伏せ目がちに視線を横へ流す。
そんな蒼駕の言動に、セオドアの胸にまさかとの暗い不安が差しこんだ。